1-12 こちら警視庁異星人捜査課
私たちの現在と少しだけズレた世界線の日本。そこでは異星人の移住を受け入れていた。すると当然のごとく異星人による犯罪も起こるようなっていた。そのため異星人の犯罪を捜査する組織「警視庁異星人捜査課」が設立されていた。
その頃、連続して行方不明者が出ていた。しかも死に至るほどの出血量の血溜まりを残して。捜査線上にはイグナスカ星人のジャマメルシンという男が浮かんでいたが、死体がないことと地球とイグナスカ星が政治的に微妙な関係にあることから手が出せずにいた。
そのことについて正義感の強いある若手の捜査一課の刑事が異星人捜査課の課長に噛みついて来たが、課長にアッサリあしらわれてしまう。しかし、捜査できないことを不満に思っていた異星人捜査課の最古参のだまさんに声をかけられて2人だけで捜査を開始することになった。
(惨虐になるシーンは省略しています)
「どうして異星人捜査課は動かないんですか? 犯人は『饕餮』とあだ名されるイグナスカ星人のジャマメルシンなんでしょう?」
若い刑事は物凄い剣幕でまくし立てた。
「はぁ? そもそも死体が無いから行方不明事件でしかない? そんなことを言っても、どの現場にも致死量をはるかに超えた血液が残されている! これは明らかに連続殺人事件だ! 死体が出ないのはジャマメルシンが残さず食べているからに決まっている!」
しかし、課長の口から出た言葉は、
「君も学校でイグナスカ星と地球の関係は習っただろう?」
だった。
「た、確かに、イグナスカ星と地球が政治的に微妙な関係で、迂闊に動けないのは分かりますが……」
「では、話はここまでだ」
そういって課長は席を立った。
「あ、ちょっと……」
若い刑事はその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「クソッ!」
先程の若い刑事が廊下の片隅でひとり毒づいていると。
「捜査一課のイケメン刑事さん!」
「あんたは?」
「異星人捜査課の最古参の平刑事だよ。『だまさん』って呼ばれてる」
「だまさん?」
「『饕餮』食物と財産を食いつぶす人面牛の東洋の化け物。立派な角を持ち性格は醜悪」
「なにが言いたい?」
「ついてきてくれないか?」
「ここは?」
「やっこさんの職場だ」
だまさんは事もなげに言う。
「ええっ?」
「なぁに、ちょっと話を聞くだけだ」
「それだって十分マズい!」
「来ねぇ、ってんなら、俺、ひとりで行くぜ」
「えっ? ちょっと!」
「ガハハハッ、まぁまぁ、良しなに良しなに、吉永小百合」
大きな声が聞こえて来る。
「なんだ? あの、寒いオヤジギャグは?」
「あれが饕餮だ」
「ええっ?」
「すいません。お邪魔します」
「邪魔するなら帰ってください」
真顔なら凶悪なそうな顔に満面の笑みを浮かべた身の丈2メートルほどの男が言った。
「そうですか。では、帰ります」
「ええっ?」
イケメン刑事は驚いた。
「あんたノリいいねぇ! 誰だい?」
「警察です」
「軽率?」
「あ、ひょ~いひょい」
「本当に軽率にノルねぇ。本当に警察?」
「警察なんですよ~」
「で、その警察さんが何の用?」
「実は道に迷っちゃって~。教えてください」
「道に迷った人に道を教えるのが警察でしょ~。それじゃ逆だよ~」
「しかしスリッパな……、いや、ご立派なツノをお持ちですね~」
「こりゃ、ありがとう。『ツノ キラユキ』って名乗ろうかなぁ~?」
「それを言うなら『オオタニ ショウヘー』でんがな!」
「おいおい? そこは『紀貫之だろ!』ってツッコむとこだろ?」
「そうでしたね~。しっつれ~しました~」
「イケメン君、飯にしよう。おごるから選んでくれ」
ジャマメルシンの会社を後にしてすぐにだまさんは言った。
「だまさん! なんなんすか? さっきの茶番劇は? 怒りますよ?」
「で? その茶番劇の一部始終は、すべて覚えてるんだろうな?」
「えっ?」
「どうなんだ?」
「そりゃあ、もちろん」
「それでよし! 捜査一課じゃあ捜査は足でやれって教えられるんだろうが、異星人捜査課の捜査は足と耳でやるんだ」
「はぁ?」
「容疑者の言葉のクセと似たクセを持つヤツを容疑者の周りから探すんだ。そいつが容疑者の言葉の先生だ」
「ああっ!」
「それは、そっくりそのまま容疑者の人間関係だ」
「なるほど!」
「異星人の事件の捜査の基本中の基本だ」
「は、はい!」
「それから、その理屈の応用でヤツのギャグの師匠も探れ」
「はい!」
「これを俺たち2人で手分けしてやる」
「え? 捜査は2人1組が原則では?」
「もとより惑星間法を破ってるんだ。原則もクソもあるか」
「確かに」
「で? ヤツをどう思う?」
「はぁ? ふざけたやつですね」
「俺はそうは思わん。『紀貫之』を知らない日本の高校生がどれだけいると思う?」
「ああっ!」
「ヤツは異星人なんだぞ? それが紀貫之を知っている」
「そうか……」
「ダジャレにしたって、母国語以外でダジャレを自由自在に言えるということがどういうことか分かるな?」
「ヤツは……相当……頭がいい?」
「そう思っておいた方がいい」
「だまさん……俺……」
「ヤツの凶暴そうに見える外見に騙されちゃいけない。あなどるな。ヤツは身体能力だけでなく頭脳も我々の上を行っている」
「だまさん……、我々はそんなヤツに勝てるんでしょうか?」
「『勝てるか?』じゃない。勝つんだよ」
ある日。
「警察さんこんにちは! また来たジマサブロー?」
「また来たジママイ!」
「そりゃまた、古過ぎヤマキヨタカ」
「お~すまんサンコン」
またある日。
「警察さんさん、太陽サンサン!」
「今日も暑いですな~」
「もう、私、溶けそうです。ってか、溶けてます」
「型にハメてもろて~」
「私は型にハマらない!」
「自由人!」
またまたある日。
「ポリスマ~ン! ポリポリポリ袋~」
「今日も絶好調ですね~」
「なに? ゼップ・トーキョー?」
「アンコール!」
「アルコール?」
「消毒液!」
「交友関係はあらかた分かったが、あのオヤジギャグの出どころがサッパリ分からんな」
だまさんが言った。
「それなんですがね、あのオヤジギャグ、イグナスカ星人の本能のようです」
「イグナスカ星人の本能?」
「ええ、イグナスカ星人は、みんな程度の差こそあれ、あのようらしいです」
「ほぅ? なぁ、このことはよく覚えておけ」
「え? なんすか? 急に?」
「あんたは異星人とやりあったことがないから教えておくんだ。ギリギリのところで、こういう事が勝負を分けたりするもんなんだ」
「わ、分かりました」
そんなある日。
「ご協力ありがとうございました」
イケメン刑事が聞き込みを終えてふと見ると。
「あれっ? 饕餮? いつもと違う方に行くぞ? あとをつけてみるか?」
「角を曲がった」
「ん? あの家へ足跡が? 行ってみるか?」
「この家に入ったのか?」
「いいや、おまえの後ろさ」
突如、背後から声がした。
「グゥッ!」
「ざまぁねぇな」
「お、おまえ……、自分の足跡を踏んで後ろにさがって……」
「『バックトラップ』っていうんだ。野生動物だってやることだ」
「く、くそっ……」
「さぁて、いただきます」
「……俺の苗字は田部だ」
「ふんっ! それがどうした?」
翌日の朝。
「イケメン……、どうした? ……なぜ、連絡がつかない?」
「なんだ? 異星人捜査課が騒がしいぞ?」
「人間の腰と思われる肉塊が発見されて身元の特定を急いでいる?」
「まさかな?」
「肉塊の身元が判明した? イケメンだったのか……。やはりな……」
「山さん、頼みがある。俺の後ろを、走ってついてきてくれ」
だまさんはジャマメルシンの勤務する会社に駆け込んだ。
「ジャマメルシンっ!」
「な、なんだ?」
「このやろっ!」
「あ、あががががががああああああああ!」
だまさんはジャマメルシンの口に持っていたハンカチを捻じ込むと好き放題にこねくり回した。
「こんなもんかぁっ!」
「な、なにしやがる!」
「さて、山さん! 見てたよな! 俺が、さっき、このハンカチを、そこのコンビニで買って、ジャマメルシンの口に突っ込んでこねくり回して出した一部始終をよぉ!」
「ハ、ハンカチ?」
「そう、そこのコンビニで買ったばかりの新品のハンカチだ。これで、もし、このハンカチにイケメンの細胞が着いてたら、おまえの口の中にイケメンの細胞があったとしか思えない!」
「お、俺は惑星間法に守られているから捜査できない……」
「捜査されるのは俺だよ! あ、ボス! いいところへ! あなたの部下が惑星間法を破った唯一の物的証拠です! 大切に持ち帰って厳重に調べて下さい!」
「そ、そんな……」
「じゃ、俺は帰るぜ!……じゃなかった。連行されるぜ! ジャマメルシン!」
その後、ジャマメルシンは逮捕された。
「さぁて、あのハンカチからイケメンの細胞が出たぜ」
「お、俺は……」
「分からねぇのは、だ」
「あぁ?」
「なんで、おまえ、いつもみてぇに、全部、食っちまわなかったんだ?」
「お、俺は……」
「なんだよ?」
「あ、あいつが……」
「イケメンが?」
「あいつが食われる直前に『俺の苗字は田部だ』なんて、言うからぁぁぁあああ!」
「……ほう? それがどうした?」
「だから……、だから、俺は……、田部の腰を『食べ残し』たくなっちまったんだよぉぉぉぉぉおおおおおお!」
「ほほぉぉう! なるほどなぁ!」
「ううっ! うう! うう……、うう……」
「おまえさんに一ついいことを教えてやろう」
「なんだ?」
「ヤツの苗字はな? 『山田』だ。 や・ま・だ」
「は? ああ? なんだと? お、俺は……、騙されたってぇのか?」
「そういう事になるな」
「う、うううううぉぉぉぉぉおおおおおお! おおおおおお! おおおおおお! おおおおおおーーーーーーーーっ!」
「うーるっせぇっ! おい! ぶち込んどけ!」
「そーかぁー。『田部の腰』ねぇ。最っ高のダジャレじゃねぇか! 山田よぉ!」
笑うだまさんの頬を涙が流れて行った。





