第009話 魔王と勇者
再び魔王視点
魔王城の玉座に座っていた俺は勇者を目の当たりにして時が止まったように硬直していた。
いや、正確に言えば勇者の容姿に目を奪われていた。
雪のように白い肌にすらりとした細身のスタイル。
青と白を基調とした軽装の鎧を身に纏い、金糸のようなブロンドの髪を後ろでひとつに束ねている。
どことなく憂いを帯びた青い目と中性的な顔立ちのせいで顔を直視できない。
ありえなくないか!?
あいつ男だぞ!?
なんで心臓の鼓動が早くなってんだよ俺……
自分の体の異変に戸惑っていると、ふとリアンが前に言っていたことを思い出す。
魔族は雌雄同体が多いから、いつか心も女になって勇者と結婚できるという戯言だ。
まさか、リアンの言った通り心まで女になりかけてるってことないよな?
――いや、落ち着け!!
そんなことは絶対にありえない!!
とりあえず、こっちの動揺を悟られないよう上手く無表情を見繕わねぇと。
顔の表情筋をぐっと引き締め口を真一文字に結び、勇者の取り巻きたちにそっと視線を移す。
キザったらしい茶髪のいけすかねえ野郎がひとりと、司祭のローブを纏った純白の髪のお嬢様がひとり。
見た目から察するにおそらく戦士と僧侶のクラスだろう。
身体からほとばしる魔力を見ても、それほど手強そうな相手ではない。
再び眼前の勇者に視線を移す。
先ほどまでは俺の姿を見て驚いたように目を丸くしていたが、今では殺気を込めた顔で聖剣の柄に手を添えている。
そして、他のふたりとは比べものにならない魔力を全身から漂わせていた。
魔力量だけに着目すれば俺や魔王サタンを遥かに凌ぐレベルだ。
なるほど……
正攻法では勝てないとルシウスが判断するわけだぜ。
「貴方が魔王マキナか?」
「はい、ご認識の通り私が魔国領の魔王マキナです。
どこで私の名前を?」
「魔国領内の集落に潜んでいたガーゴイルから聞き出しました」
「そうでしたか。
お手間を取らせて申し訳ありません。
魔王サタンの軍勢はひとり残らず排除したと思っていましたが、どうやら私の詰めが甘かったようです」
唐突に勇者から話しかけられるも、焦ることなく冷静に対応する。
掴みは悪くない。
案外バレないもんだな。
ここにきて、ルシウスから念仏のように叩き込まれた令嬢口調の成果が出ている。
あとはどう話しの流れで和平に持ち込むかだが――
ひとまず玉座から立ち上がり一歩前に踏み出すも良い案が思いつかない。
勇者を目の前にして、ふたりの間に得も言えぬ空気がただよう。
そんな沈黙の中、先に口を開いたのは意外にも勇者の方だった。
「もしかして――マキナ殿は私たち人間と和平を結びたいと考えていますか?」
「――へ? 痛っって!!
は、はい実はそうなんです!!」
思わず素の反応が出てしまい、隣にいたリアンに肘で脇腹を小突かれる。
――あ、あっぶねぇ。
危うく計画がおじゃんになるところだった。
失態を誤魔化すべく、たははと笑う俺をみて勇者は眉をひそめていた。
これ以上ボロを出さないよう気を引き締め直さねぇと。
平常心を取り戻した俺は軽く咳払いし、勇者に近づきながら疑問を投げかけた。
「勇者殿はどうしてそう思われたのですか?」
「我々と敵対する素振りを見せないですし、魔王サタンの軍勢もマキナ殿が壊滅させてしまったようなので。
それに魔王城の城門に吊り下げられていたボード。
ボードの記載から察するに、新しい魔王は我々との友好を求めているのではないかと考えました」
つらつらと自身の見解を述べる勇者を前にして、俺の顔も思わずほころぶ。
――まじかよ。
こんなに簡単にことが進むとは。
女たらしで世間知らずのぼんぼんを想定していたが、どうやら俺の思い違いだったらしい。
「は、はい、実は勇者殿のご推察の通り私たちは人間との和平を望んでいます。
荒れ果てた魔国領を立て直すには友好関係を結ぶのが一番の近道だと考えているからです。
そのために凶悪な魔王サタンを討ち倒し、私が新たな魔王となりました」
「そうでしたか!!
こちらとしても無益な争いを避けられるのは助かります!
ただ…………」
そこまで言いかけて勇者は口を噤んだ。
まぁ無理もない。
魔族と人間は大昔から歪みあっていた関係なだけに、勇者の独断で和平を結ぶ判断など下せないのだろう。
確か……ルシウスに聞いた話しでは勇者はガンダルディア帝国の第一皇子だったはず。
名前はランセルだったか?
ガンダルディア帝国は魔国領の西に位置する大国であり、陸続きで魔国領と接している唯一の国でもある。
順当にいけば帝国の皇帝と謁見し、正式に和平を締結する流れになるはずだが――
そのためにも今は勇者をたらし込み、俺たちの味方に引き摺り込まなければならない。
第一皇子を懐柔しておけば和平までの道のりがぐっと近づくはずだ。
しばらく反応を待っていると、顎に手を当てなにやら考え込んでいた勇者がおもむろに顔を上げた。
「すみません、私だけでは判断を下せないです。
まずはガンダルディア帝国に出向きコルキス皇帝陛下の判断を仰ぐべきかと。
おそらく問題ないと思いますが……」
よし! ここまでは計画通り!
申し訳なさそうな表情を浮かべる勇者に何百回と練習してきた優しい微笑みを向ける。
あとは予定通り魔国領が誇る絶品料理を振る舞って勇者との親交を深めるだけだ。
「なるほど……承知しました。
私共も一筋縄ではいかないと思っておりました。
昔から長いこと魔族と人間は争い合っていましたから。
まずは食事でもとりながら親交を深めましょうか。
ルシウス!!
勇者一行を魔王城のダイニングルームまでご案内しなさい」
パンっと両の掌を叩きあらかじめ段取りを組んでいたルシウスに話しを振る。
いける、いけるぞ!!
オペレーション・クロスドレッシングのステップ1は案外ちょろかったな。
心の中でほくそ笑みながらルシウスの方をチラ見するとすぐに異変に気付いた。
青ざめた顔のルシウスが足を振るわせながら、その場でじっと立ち尽くしていたからだ。
――まじかよ。
大丈夫かルシウスのやつ?
昔から極度のあがり症なのは知ってたが流石にガチガチすぎる。
ここにきて下手を打たなければいいが。
「ル、ルシウス? 聞こえていますか?」
「は、はい! もちろん聞こえていますとも!
魔王様の側近のル、ルシウスと申します。
さ、ささやかながらご昼食の準備をしておりますのでダイニングルームまでご同行ください!」




