第080話 森の中で
咄嗟に口が動いた。
「こ、この子は……ピクシーですっ!」
思いのほか声が裏返って驚く。
こんなんで押し通せるか?
ピクシーなんてどう考えてもゴブリン寄りの面構えだってのに。
可愛らしい見た目のカハクとは月とスッポン、いや、月とヘドロくらいの差がある。
「――ピ、ピクシー?」
俺の予想通り、カリナが眉根を寄せ小首をかしげる。
「なんだか、私の知ってるピクシーとは姿形がまったく違う気がするんですけど……」
「そ、それは――あれです!
魔王城のピクシーはちょっと特殊なんです!
ピクシーにも地域差があるので。
ほら、ここに住んでるピクシーは可愛らしい妖精さんみたいでしょ?」
我ながら苦しい言い訳だったが今は押し通すしかない。
「ち、ちなみにボクはドリーといいます!
ボクたちは最近、マキナ様の傘下に入りました」
少し間をおいてカハクが名乗り出た。
俺の意図を読んで、話に乗っかってくれたみたいだ。
――あれ?
そういえば、こいつの名前って俺もはじめて聞いたな。
ドリーって名前だったのか。
すると、さっきまで怪訝な顔をしていたカリナが急に無邪気な笑顔をみせた。
「なるほど!
場所が変われば見た目も変わるんですね!
はじめて知りました。
私はカリナと申します!」
嬉しそうに握手をしようと近づくも、ドリーが思いのほか小さいことに気付き、手を振る方向に切り替える。
対するドリーもぎこちなくお辞儀をしていた。
慣れない人間相手にしては上出来だろう。
だけど、こいつがアホの娘で助かったぜ。
ちょっと魔族に詳しい奴だったらすぐにバレてる。
そもそもカハクは魔族じゃねぇから目も赤くねぇし。
「それで、マキナ様?
今日はどうされたんですか?」
顔を上げたドリーが俺に尋ねてきた。
声色は落ち着いているが、どこか探るような響きがある。
「先ほどイレーネから生命の残滓について教わったんです。
カリナがイノセンスを学びたいと。
ここならイノセンスを感じ取れるかも、と思って」
「イノセンス……ですか?」
ドリーの目が細くなった。
明らかになにか知ってるような口ぶりだ。
「ええ、ドリーはなにか知ってるの?」
「はい、ずっと神木様のお世話をしてきましたから。
それなりに詳しいとは思います」
その言葉に一瞬、俺はまばたきを忘れた。
なるほど、カハクたちもイノセンスを扱えるのか。
「ちょうど良かった!
じゃあ、イノセンスの操り方を教えてよドリー!」
カリナが両の手をパンと叩いて身を乗り出す。
その仕草が子どもが物をねだる時みたいで、ドリーも少し笑っていた。
「まずは目を閉じてください。
イノセンスの流れを掴むところからはじめます。
ここはイノセンスが濃いので、他の場所より感じ取りやすいかと」
俺たちは言われるままに目を閉じた。
湖のさざ波がそよ風と混ざり合い、耳の奥底で小さくさざめく。
意識を澄ませていくと――確かに、なにかが見えた気がした。
巨木となった神木様の全身から細い粒子が絶え間なく吹き出している。
それは光の粉のように舞い、ゆっくりと空気に溶け込んでいた。
これが……イノセンス?
魔力の流れに似ている。
いや、イレーネが魔力は自然界のイノセンスを取り込んだものと言ってたし、似てて当然か。
そっと目を開くとカリナも同じものが見えたらしい。
ぱっと顔を上げ、嬉しそうに息を弾ませていた。
「感じ取れたら、次は操るステップです。
神木様の葉は濃いイノセンスで構成されています。
それを手を使わずに一枚引き寄せてみてください」
「引き寄せる……?」
「はい。
目を閉じて枝に生えた葉をこちらに手繰り寄せるイメージです。
最初は難しいと思いますけど」
そんな芸当ほんとにできるのか?
半信半疑のまま俺は再び目を閉じた。
意識の中で葉をつまみ取り、それを引き寄せるイメージを描く。
すると、一枚の葉が枝からちぎれ、ふわりと宙を漂ってこちらへやってきた。
――まじかよ。
自分でやっておきながら驚いてしまう。
俺は元々内功を扱えるからなのか、拍子抜けするほど簡単にできてしまった。
「さすがマキナ様!」
ドリーが感嘆の声をあげる。
一方のカリナは苦戦しているようだった。
眉間にシワを寄せ、ぎゅっと瞑ったまぶたの裏で何かと戦っているが、枝の葉は微動だにしない。
「ダメです……まったく動く気配がありません。
お姉さまはどうやったんですか?」
「う〜ん、説明が難しいけど……ただ引き寄せることに集中した感じです。
もっと強く念じるようにやってみたら?」
俺のアドバイスにカリナが無言で頷き、再び目を瞑る。
俺も感覚を忘れないよう、もう一度目を閉じ、集中しかけたその時――
ゴツン!
「いってー! なんだよ、おい!」
頭に鈍い痛みが走り、反射的に叫んでしまった。
「カリナさんが集中しすぎて、枝葉ごと折って引き寄せてしまいました」
ドリーが申し訳なさそうに説明する。
「くそ、なんでそれが俺に当たるんだよ……」
文句を言いつつカリナの方を見ると、カリナはぽかんと口を開け、目をパチパチさせている。
途端にさっきまでの声の違和感に気付く。
あれ? これってもしかして――
男の姿に戻ってる……!?




