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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第四章 帝国生誕祭
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第079話 生命の残滓(後編)


 生命の残滓――

 イレーネの口から唐突に語られた言葉が脳内にこだまする。

 ってことは、カハクたちが信仰していた神木様ってのも古代に存在した神様の成れの果てだってのか?


「……なんとも信じがたい話ね」


 ぽつりと言葉がこぼれる。

 口にしたその言葉には理屈を越えた戸惑いが混じっていた。

 魔力と内功の正体が神様から溢れ出す残滓だなんて、エミスでさえ口にしなかった話だ。


『――こやつ、なぜイノセンスのことを知っておる?

 いったい何者なんじゃ』


 頭の奥底、意識の内でテイレシアスの声が響く。

 ぶつぶつと何かに取り憑かれたよう呟いていた。

 どうやらイレーネの話には、それなりに信憑性があるらしい。


「それで?

 どうすれば内功を身につけられるんですか?」


 目を輝かせたカリナが真っ直ぐな眼差しでイレーネに尋ねる。


「そうですね――まずは外気中に漂うイノセンスを感じ取れるようにならなければなりません。

 内功は自然界のイノセンスと自身の気力を触媒にして体内のイノセンスを活性化させる体術ですので」


 いつになく真剣な表情で語るイレーネの声には、どこか神秘的な響きがあった。


「ですが、内功を極めようとする者は神の呪いとでも呼ぶべき精神的重圧に苛まれます。

 それは、神が樹骸へと堕ちる際に感じた存在が消えるという根源的な恐怖。

 その恐怖は内功が深まるほどに現実の幻影や精神の錯乱として現れます」


「……精神の錯乱?」


「ええ。

 己の自我が掻き消えるという理性の根幹を揺るがす恐怖です。

 それを乗り越えた者だけが真に強き者となれるのです」


 恐怖に打ち勝つことでしか辿り着けない境地か。

 まるで神が人を試すような試練だな。


「だけど私はそんな恐怖など感じたことがありません。

 それでも生まれつき内功を扱えます。

 これはなぜでしょうか?」


 俺が問いかけると、イレーネは珍しく言葉に詰まったように眉根を寄せ、困った表情を見せた。


「……正直なところ、私にもなぜマキナ殿が生まれながらに内功を扱えるのか分かりません。

 天性の才なのかもしれませんが」


「……天性の才、ね」


 気づけば拳を握っていた。

 俺には生まれたときの記憶がない。

 母親や父親の顔さえ知らない。

 ただの偶然の産物だとしたら、俺はいったい何者なんだ?

 ――まあ、今はそれはいい。

 重要なのはイノセンスってやつだ。

 空気中にどれほど濃く漂っているか。

 その濃度が高ければ、カリナのような素人でも感知できるかもしれない。

 となりゃ、あそこだな。

 魔王城の裏手に最近できた森。

 カハクたちの神木様が根を張るあの湖畔なら、きっと色濃くイノセンスが漂ってるはずだ。


「私はカリナを連れて城の裏手にある森へ行ってみます。

 少しでも多くの残滓を感じるには、あの場所が適してるはずなので」


「……分かりました。

 ですが、ご無理はなさらぬように。

 イノセンスに深く近づけば、精神に影響を及ぼす可能性がありますので」


 その忠告に軽く頷き、俺はカリナを連れて森へと向かっう。

 久々に足を踏み入れた森の空気はひんやりと澄みきっており、どこか幻想的な静寂が辺りを包み込んでいた。


「……なんだか普通の森とは空気が違いますね」


「ええ、確かに。

 生命の……いや、死の名残のような」


 歩を進めるほどに肌にまとわりつく冷気が強くなっていく。

 前に来た時はなかった感覚だ。

 神木様から徐々にイノセンスが流れ出しているからなのだろうか。

 やがて木々の合間から視界が開け、目の前に美しい湖畔が姿を現した。

 そして、その中央――

 蔦に覆われた神木様が、まるで時の止まった巨木のように静かに根を張っていた。

 葉の緑が柔らかく湖面に映り、空気は透明度を増しているようにみえる。


「……すごい……こんな場所があったなんて」


 感嘆の息を漏らすカリナ。

 と、その時――静寂を破るよう枝の擦れる音がした。

 振り返ると湖畔の茂みから小さな影が姿を現す。

 カハクだ。

 俺と面識のあるボーイッシュな少女のカハクだったが、宙に羽ばたきながら大きく目を見開き、顔色をみるみる青ざめさせていく。

 その視線の先にはカリナが立っていた。

 や、やべぇ――

 そういえば人間にこいつらの正体を明かしたらダメなんだったっけ?


「マ、マキナ様?

 ど、どうしてここに人間を?」



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