第078話 生命の残滓(前編)
「さすが、ルーちゃん!!
いい提案あるね!
さっそくみんなで魔王城に戻るあるよ!」
リアンの目がぱあっと輝いた。
まるで子犬が尻尾を振るような勢いで頬を綻ばせている。
「歓迎会ですかっ!?
ぜひ参加させてください、お姉さまっ!」
カリナもすかさず飛びついた。
いや、リアンはたぶん飯が喰いたいだけだぞきっと。
とはいえ、ルーシーの機転のおかげで俺の失言も有耶無耶にできたし、ここは素直に乗っかっておくか。
そう決めると、俺たちは呪符のゲートリンクをくぐり、魔王城のエントランスに出る。
「――すごい……これが魔王城ですか」
カリナがぽつりと呟いた。
燦然と輝くシャンデリアに鮮やかな幾何学模様の描かれた広大な天井。
呆気にとられた顔で周囲をキョロキョロ見渡している。
そういや、人間をここに通すのは初めてか。
ちょっと前まで青臭い蔦に覆われた汚ねぇエントランスだったんだけどな。
「私たちはルシウスを探して宴の準備をするよう伝えるある。
マッキーはその辺で時間でも潰すあるよ!」
そう言って、リアンとルーシーはすたすたと廊下を曲がって姿を消した。
ここで時間を潰せって言われても、どうすんだよ。
特にやることなんてねーぞ。
俺が頭を悩ませていると隣から声がかかった。
「お姉さま? すこし、よろしいですか」
振り向くと、カリナが真面目な表情を浮かべている。
「今日の話の続きなんですけど、結局、内功とやらはどうすれば身につくのですか?」
ああ、そういえば。
学院の廊下を歩いてる時、そんな話をしていたっけ。
勇者とのいざこざで有耶無耶になっちまったが。
「うーん……実を言うと私もあまり詳しくないんです」
肩をすくめながらも、俺は続けた。
「ただ、魔王城にはその手のことに精通してる人物がいます。
名前はイレーネ。
俺の従者で武術の達人です。
今から話を伺いに行きましょうか」
「はいっ!」
カリナは張り切って頷くと俺の隣にぴたりと並んだ。
おそらく、イレーネは鍛錬室にいるだろう。
鍛錬室は俺やキョンシー族の武術を磨くために特別に作らせた訓練スペースだ。
冷気がほのかに漂う石造りの広間で、天井は高く、音がやわらかく反響する造りになっている。
鍛錬室につくと、予想通りイレーネが中央で坐禅を組んでいた。
キョンシー族特有の四角い帽子を被り、瞑想状態で微動だにしない。
俺たちの気配に気づいたのか、すっと目を開け、静かに立ち上がる。
「どうされましたかマキナ殿?
あと、その人間のお嬢さんは?」
「この子はカリナ。
今日から内功を学びたいと弟子になった者です。
ただ、私は生まれつき内功を扱えていたので、あとから身に付ける方法を知りません。
イレーネなら知ってるかもと思って」
「お願いします!
剣聖とは名ばかりの未熟者ですがどうかご指南を!」
カリナも張り切って頭を下げる。
「なるほど……内功をですか。
承知しました。
武道を志す者が増えるのは喜ばしいことです。
まず最初にですが――おふたりは内功と魔力の違いをご存知ですか?」
俺は少し考え込み、過去の記憶を辿る。
「たしか、内功は……魔力と気力を混ぜ合わせた第三の力と教わりましたが」
「少し違いますね。
ちなみに生命の残滓という言葉を聞いたことはありますか?」
「生命の残滓……?」
なんだそれ?
聞いたこともない。
カリナも同じく首を傾げている。
「では、そこから説明しましょうか。
ですがその前に――まずはこの世界の成り立ちから説明しなければですね。
イノセンスは死に抗う力によって生まれた目に見えない塵のような粒子です。
死とは本来、肉体が自然に還る過程にすぎません。
けれどかつて、天地を創造した神人であるアカシャ族はそれに逆らいました。
彼らは死を恐れ、とある手段を使って不老不死になったのです」
イレーネの語りは静かだが、その言葉には妙な説得力があった。
「しかし、不老不死とは自然の摂理に抗う禁忌の術。
一見、耳障りのいい言葉ですが、死ぬことができないのは恐ろしいことなのです。
何千年と生き延びた彼らの心は次第に疲弊し蝕まれていきました。
やがて自我を保てなくなった彼らは心を閉ざし、地に根を張り、樹木のような姿――“樹骸”と呼ばれる存在になりました」
「……樹木になる?」
カリナが驚いたように呟く。
「そうです。
帝国の人間たちが信仰している神樹様とは樹木の骸となったアカシャ族の成れの果てなのです。
そして、彼らの終わりなき命から溢れ出す目に見えない微細な粒子。
それがイノセンスです。
このイノセンスは大地に染み込み、空気に漂い、世界そのものを包み込みました。
そして、それを媒介にして新たな命が生まれたのです」
俺も思わず息を呑んだ。
「つまり……」
「そう。
この世界に存在する人間も獣も死を拒んだアカシャ族の残滓から派生した存在。
いわばアカシャ族の分身のようなものです。
そしてこのイノセンスには、ふたつの活用法があります」
イレーネは指を一本立てる。
「ひとつ目は魔力。
これは自然界に漂うイノセンスを自身に取り込み、魔法という形で外界へ放つ技術です。
取り込めるイノセンスはその者の才能に左右されます。
時間と共に魔導師の魔力が回復するのは、このイノセンスが自然と体内へ流れ込むためです」
続けて、もう一本の指を立てる。
「ふたつ目は内功と呼ばれる力。
これは自らの肉体に宿るイノセンスを練り上げ、制御する技術です。
これにより常人では考えられない身体能力、治癒力、感覚の拡張が可能になります」
「……つまり、外側の力を使うか内側の力を使うかってことですか?」
俺が尋ねるとイレーネは静かに頷いた。
「はい。
言うなれば、魔力は自然界のイノセンスを借りる力。
内功は己のイノセンスを磨く力。
これが両者の違いです」




