第077話 自室にて
「い、今からですか!?」
俺は思わず目をしばたたかせた。
すでに日も傾き、夕日が赤く空を染めている。
ってか、切り替え早いなこいつ!
「はい、もちろんです!
それに、いつでもいいと仰ったのはお姉さまの方じゃないですか」
カリナがまっすぐな瞳で返してくる。
――くっ、確かに言った。
言ったけど……!
なんで、そんなにやる気満々なんだよ。
別に明日でも明後日でもいいじゃねーか。
「で、ですが、学院内での魔法の行使は禁止されています。
いくら身体強化魔法とはいえ、さすがにこの場では――」
「では、今からお姉さまのお部屋にお邪魔させてください。
話だけでも聞いておきたいので!」
「……は?」
突然の申し出に固まってしまう。
なんで俺の部屋?
「ま、まぁ……話だけであれば構いませんが」
「では、決まりですねっ!
お姉さまのお部屋、たのしみです!」
そう言って、カリナは意気揚々と学院の女子寮へ歩きはじめた。
――はぁ……なんでこんなことに。
俺は小さくため息をつき、その後ろを追いかける。
だが、こちらも約束を交わした以上、あまり無下にもできない。
部屋にはリアンがいるけど大丈夫だろうか。
変な問題を起こさなければいいが。
「ところで、クレア先生の言っていたノブリージュ活動ってなんなんですか?
あまりよく分からず、受けてしまいましたが」
カリナが歩きながら俺に尋ねてくる。
そういえば、なにも説明してなかったな。
「ノブリージュ活動とはノブレス・オブリージュという奉仕精神をもじった造語です。
筆記試験で赤点をとった者は罰としてこの活動を補習代わりにさせられます。
ただ、私はクレア先生が補習指導をサボりたいがために作った活動ではないかと疑っていますが」
「その活動にどうしてランセル殿下が加わっているのですか?」
「…………ど、どうしてって、さぁ?
勇者殿はなし崩し的に巻き込まれた感じですし」
「ふ〜ん――」
そんな他愛もないやり取りをしているうちに、俺たちは女子寮までたどり着いた。
部屋のドアの前で念のためカリナに忠告する。
「部屋の中には私の魔族の従者がいます。
少々変わり者ですが気にしないでください」
「はい!
つまり、私の兄弟子みたいなものですよね?
問題ありません、お姉さま!」
元気よく敬礼するカリナの姿が逆に不安をあおるが、構わずドアを開けた次の瞬間。
「じゃあ、ルーちゃんまた明日あるねー」
リビングの壁のど真ん中、ゲートリンクに足を踏み入れているルーシーにリアンが手を振っている真っ只中だった。
「――な、なにやってんだよ、おまえら!!」
「お、おまえら?」
カリナがぴたりと動きを止め目を見開く。
しまった……!
俺は瞬時に姿勢を正し、口調を戻した。
「い、いえ……“おまえら”などという小汚い言葉は口にしていません。
“おまえたち”の聞き間違いでは?」
言いながら、リアンとルーシーを睨みつける。
リアンはこいつ誰だよと言わんばかりにカリナをみつめ、ルーシーは申し訳なさそうに目を伏せていた。
「そ、そうですか……それより、お姉さま?
あの壁に貼られた札の囲いはなんなんですか?」
カリナが指さす部屋の壁。
そこには、呪符で形成されたゲートリンクがあらわになっている。
くそ……!!
こればっかりはもう誤魔化しきれねぇ。
「これは…………え〜っと、あれです。
私の仲間が作った魔王城へ戻る秘密の抜け道です」
額に手を添えながら秘密を打ち明ける。
「普段はポスターで覆って隠しているのですが、たまたま従者が使っていたようです。
寮母のおばあさんにバレたら退寮になる可能性があるので、これはここだけの秘密でお願いします」
「大丈夫です、お姉さま!
私は口が堅いので心配ありません!
騎士の名にかけて誰にも告げ口しないと誓います!」
その場に片膝をついてカリナが誓いのポーズをとる。
騎士道精神がいい意味で暴走してるから大丈夫か。
こいつのバカ正直なところだけは信用できる。
リアンとルーシーを連れてきて簡単に紹介すると、カリナは嬉しそうにふたりに握手した。
「私はガンダルディア帝国の剣聖であり、今日から正式にお姉さまの弟子となりました。
不束者ですがよろしくお願いします」
ずいっと胸を張るカリナに、リアンとルーシーが同時に目を見開く。
「帝国の剣聖!?
すごいあるね、マッキー!
どうやって仲間になるよう言いくるめたあるか?」
「バッカ、俺が言いくるめたわけじゃねーよ」
「――お、俺?」
再びカリナが目をぱちくりさせた。
やべぇ、またやっちまった……!
くそ、こいつらが近くにいるとどうしても普段の口調が出ちまう。
どうする……?
不穏な空気を察知したのか、ルーシーが即座に口を挟んで誤魔化してくれた。
「せ、せっかくだし、今からみんなで魔王城に向かうのはどうですかぁ?
新たな仲間の歓迎会を盛大にやるべきですぅ~!」




