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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第四章 帝国生誕祭
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第076話 カリナの教養(後編)

 

 カリナが嵐のように去ったあと、勇者は所在なさげに視線を泳がせていたが、やがて小さく呟いた。


「……ごめんなさい、私のせいですね」


「そ、そんなことは……!」


 慌てて否定の声を上げるも勇者は首を横に振った。


「いいえ、マキナ殿も私の過去をご存知でしょう?

 彼女だけでなく、多くの民衆は私に憎悪を抱いていますから」


 勇者の声は深く沈んでいた。

 まるで重罪を背負い込んだ囚人のようだ。


「けれど、それは……」


 俺は言いかけて言葉を飲み込む。

 確かに勇者に関する悪評は絶えない。

 素行の悪さや女たらしの噂、それに善良な市民の首を刎ねたという、とんでもない噂まで。

 だが、どれもすべて伝聞に過ぎない。

 本人の口から語られたことはないし、なにより俺の目に映る勇者はそんな人間ではなかった。

 俺は勇者との距離をゆっくり詰め、静かに言葉を選びながら語りかける。


「勇者殿が何を考えているのか正直私には分かりません。

 ですが、ひとつだけ確かなのは、あなたが過去の過ちを軽んじていないことです。

 自分の行動がどう語られ、どう憎まれているかを理解した上でこの場に立っている。

 それができる人間はそう多くありません。

 過ちから逃げる者より、過ちと向き合い続ける人間のほうが、私はずっと信頼できます」


 勇者の肩がわずかに揺れ、ゆっくりと顔を上げたその瞳には様々な感情が渦巻いていた。


「――ありがとうございます、マキナ殿」


「いえ、ひとまず私はカリナを追いかけます。

 今日はお開きということで勇者殿はお帰りください」


 そう言い残し、俺は重苦しい空気を断ち切るよう部屋を出る。

 教室棟をひとつひとつ覗きながらカリナの行方を探す。

 どこに行ったんだよ、あいつ――。

 食堂にも図書室にもいない。

 すれ違う者たちに尋ねてみても「見てない」と首を振るばかり。

 カリナの騎士の官服は目立つ。

 学院内にいれば誰かしら見かけてるはずなのに。

 

 もしかして……もう学院を出てしまったのか?

 そんな不安が胸をよぎった、そのときだった。

 学院の裏庭の奥、ぽつんと置かれた切り株の上に誰かが座っている。

 ――カリナだ。

 背筋をピンと伸ばし、膝に肘をついて何かを考え込んでいる。

 そんなカリナに歩み寄り、俺は声をかけた。


「……こんなところにいたのですか」


 カリナは顔を上げない。

 それでも俺の足音に気づいていたのか、黙ったままわずかに身体を引いた。


「どうしてそこまで勇者殿を敵視するんですか?」


 しばらく沈黙が流れた。

 風が草木を揺らし、切り株に座るカリナの髪がふわりとなびく。

 やがてカリナはぽつぽつと喋り始めた。


「私の兄とランセル殿下は子供の頃から特に仲が良かったんです。

 公爵家の長兄と帝国の皇太子殿下という間柄もありましたから。

 けれど、それはランセル殿下に悪い噂が流れるようになってからも変わらなかった。

 兄はずっとあの人のことを庇い続けました」


 カリナの声は淡々としていたが、その奥には隠しきれない激情がにじんでいた。


「でも……そのせいでライオネット公国は“愚かな勇者に肩入れする公国”だと嘲られるようになってしまったんです。

 市民を守るべき騎士の国が、逆に市民の敵を庇っていると。

 ライオネット公国は騎士の誇りを捨ててしまったって。

 ただでさえ、ライオネット公国の評判は他の三公国より芳しくないというのに」


 カリナの拳が膝の上でぎゅっと握られる。


「だから、私はあいつを許さない。

 たとえ兄の親友だとしても、剣聖である私はあいつを特別扱いなんかしない。

 絶対に罪を償わせてやる。

 必ず……」


 その声には怒りだけではなく苦しみもにじんでいた。

 まるで、心の中にため込んでいたものが、ようやく言葉になったかのように。

 俺はひと呼吸置き、静かにカリナに問いかける。


「勇者殿が市民に手をかけた現場にカリナは居合わせていたのですか?」


 カリナはゆっくりと首を横に振った。


「となると、ただ噂に踊らされている他の民衆と同じです。

 少なくとも私の目に映る勇者殿はそんな人にみえない。

 先ほど勇者殿と会話を交わしたカリナなら、違和感に気付いたはずです」


 俺の言葉にカリナは小さく唇を噛んだ。

 だが、それ以上反論はしなかった。

 膝に視線を落とし、眉をひそめたままじっとしている。

 少しは響いたかもしれない。

 どちらにせよ、これ以上ここで問い詰めても余計に心を閉ざすだけだろう。

 カリナはしばらく草むらを見つめていたが、静かに立ち上がって俺の顔を見つめ返してきた。


「――ランセル殿下のことはもういいです。

 それよりお姉さま?

 そろそろ私に身体強化魔法を教えてもらえませんか?

 ちゃんとクレア先生の指示通りに補習を受けたので」



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