表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第四章 帝国生誕祭
75/83

第075話 カリナの教養(前編)


 勇者は読んでいた本を静かにカバンに戻した。

 代わりに取り出したのは薄くて素朴な見た目の一冊。

 表紙には金色の大きな文字が浮かび上がっており、全体的にやさしい雰囲気が漂っている。

 おそらく、いや、間違いなく――


「……こちらは小等部用の教科書です」


 どこか申し訳なさそうに呟くと、勇者は言葉を選ぶように顔を上げた。


「まずは簡単なところから今のレベルを確認させてください」


 一瞬の沈黙。

 その言葉を聞いたカリナの目がギラリと光る。

 完全に喧嘩を売る奴のそれだ。


「…………はあ?

 あたしをバカにしてるわけ?

 なんで中等部のあたしが、小等部のテストを受けなきゃいけないのよ!」


 あー、ダメだこりゃ。

 完全に地雷を踏んでる。

 下手すりゃ机ごとひっくり返しかねない勢いだぞ。

 大丈夫かよこいつら。

 勇者もさすがにたじろいだのか、尻すぼみに小さくなる声で答えた。


「い、いえ、決してそのようなつもりは……

 ただ、どこから教えればいいのか、今の実力を確認したかっただけです」


 勇者の弁明もむなしく、カリナは射抜くような目を逸らさない。

 このままだと部屋の空気が血の匂いになりかねん。


「ま、まぁいいじゃない。

 問題なければ教材を変えてもらえばいいんだし」


 俺がなるべく柔らかい声で口を挟むと、カリナは一瞬むっとした顔をみせたが、やがて小さく唇を尖らせて視線を逸らした。


「……お姉さまがそう言うなら別にいいです」


 渋々といった風に椅子を引き寄せ腰を下ろす。

 勇者の方へ向き直ったものの、その目は完全に敵意を捨てきっていない。

 だが、勇者は安堵したように小さく息を吐くと、俺に“ありがとう”と目で訴えかけてきた。


「――では、どうぞ。

 設問はどれでも構いません」


 勇者から教科書を受け取ったカリナは表紙を見つめ、やがて困ったように首を傾げる。


「……お姉さま?

 この文字はなんと読むのですか?」


 時が止まった。

 ――へ?

 カリナの指さす先には金文字で堂々と書かれた”帝国“の2文字。

 ただし、子供用のフリガナは振られていない。

 ど、どういう意味だ?

 もしかして、これが読めないってことなのか?


「……え、えーっと、”ていこく“ですかね」


「てい……こく?

 へぇ〜、これがあの……」


 カリナが感心したように小さく頷く。

 本気か?

 帝国騎士が“帝国”を読めないなんて何の冗談だよ。

 横目で勇者を盗み見ると、案の定口元を引きつらせている。

 なるほど。

 小等部の教材を持ってきた理由はこれか。

 俺も自分の頭の悪さは自覚してるが、こいつは俺以上の逸材なのかもしれん。


「……す、すみません」

 

 勇者は無理に笑顔を作りながら、そっと教科書をその手に取り戻した。

 

「私が設問を読む形式にしますね」


 その場を取り繕うようパラパラとページをめくり、ゆっくりと息を整える。


「で、では、次は読解問題です。


 『老夫婦は森の中で静かな余生を過ごしました』


 この文章の意味を変えずに、別の文章に作り変えてください」


 カリナは腕を組み、真剣な表情で考え込む。

 やがて、しばらく熟考したのち得意げに口を開いた。


「……暗殺者は森の中で見つからないよう潜伏した。

 こんな感じですかね?」


「……あ、暗殺者?」


 思わず声が裏返りそうになった俺に、カリナがキョトンとした顔を向けてくる。


「――え?

 老夫婦って暗殺者の隠語じゃないんですか?

 だって、森の中で老人が暮らしてるなんて怪しいですし」


 絶対に違うわ!

 なんだその血なまぐさい読み替え!

 どうしたらそんな発想になるんだよ。


「……ぶ、文学の問題はやめましょう。

 今度は計算の問題に変えます」


 勇者も引きつった笑みを隠しきれていなかったが、何とか仕切り直そうとしている。


「――では、簡単なものを。

 4つのリンゴを2人で分け合う場合、1人いくつになりますか?」


 さすがにこれは失礼すぎるだろ、と思ったその矢先――カリナはぱっと目を輝かせ、にっこりと笑った。


「これは簡単ですね!

 ひとり4つです!」


「……え?」


 勇者が硬直し、俺も喉を詰まらせかけた。


「ど、どうしてそうなるの?」


「え? なに言ってるんですかお姉さま?

 ひとりで4つ食べてしまえば相手は戦意を失います。

 食糧線を断つのは兵法の基本ですよ?」


 アホだ……!

 もはや感心すら覚えるレベルで軍事脳。

 こいつ、日常生活のすべてを軍略に置き換えて考えてやがる。

 クレアが俺に『教養を叩き込んでくれ』と依頼してきた理由はこれか。

 勇者のパーティーにこいつの兄貴が加わったのも、この頭の悪さが原因なのかもしれない。

 そりゃ間違いなく問題を引き起こすぞこれ。

 俺が額に手を添え呆れ返っていると、カリナがむっと唇を尖らせた。


「……な、なんなんですか!

 せっかく答えてあげてるのに失礼です!!

 もう不愉快なので帰ります!!」


 乱暴に椅子を引いて立ち上がるカリナ。

 勇者を睨みつけ、唇を噛みしめたままバサッとポニーテールを振り乱してドアに向かう。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 勇者が慌てて手を伸ばすも、カリナは勢いよくその手を払いのけ怒鳴り返した。


「あたしに触るな!!」


 突然の怒号に思わず言葉を失う。

 カリナは最後に勇者を睨み据えると、勢いよく扉を開けて出て行ってしまった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ