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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第070話 魔王城の沼地


 ゲートリンクをくぐった瞬間、空間がぐにゃりと歪む。

 視界が一瞬にして切り替わり、次の瞬間には魔王城のエントランスが目の前に広がった。

 床には大理石が広がり、頭上には高く広がる天井、その四方を囲むのは彫刻の施された円柱たち。

 何度見ても壮観だ。

 とはいえ、ここまで足繁く通うようになると、その感動も次第に薄れてくる。

 最初にこれを見たときは、あまりのスケールの大きさに空いた口が塞がらなかったからな。


「うおぉぉ、戻ってきたあるー!!

 食い物はどこあるかー!?」


 リアンが両腕を広げて広間をぐるぐる回りはじめる。

 もはや飢えた野生動物だ。


「まずは残り物があるかどうかだろ?

 とりあえずルシウスを探そう」


 俺はリアンの背中を軽く押しながら漆黒の廊下を歩きはじめた。

 しんと静まり返った空間に俺たちの靴音だけがコツコツと響く。

 すると――


「魔王様?」


 角を曲がった先で偶然ルシウスと鉢合った。

 銀色の髪を後ろに束ね、手には杖を握っている。


「よぉ、ルシウス。

 ちょうどよかった。

 リアンが腹が減ったとうるさいんだ。

 なにか食堂に残ってねぇか?」


 俺が肩越しにリアンを親指で示すと、ルシウスは苦笑いを浮かべ首を横に振った。


「残念ながら今日はなにも残っていません。

 最近はなにかとバタバタしているので」


「うええええっ!? マジあるか……!」

 

 リアンが大袈裟に地面に崩れ落ちる。

 まったく、大声だけは元気だな。

 俺がため息をつくと、ルシウスがふと思い出したように声を上げた。


「でしたら、裏手の森まで木の実でも採りに行きましょうか」


「――木の実?

 なに言ってんだよ。

 裏手には汚ねぇ沼地が広がってるだけだろ?」


 記憶のなかの風景を思い出しながら眉をひそめる。

 毒の沼地に湿った腐臭。

 とても木の実なんて取れる場所じゃない。


「そういえば、魔王様はまだご覧になっていませんでしたね。

 今はもう、あの見慣れた沼地はありません。

 説明するより先に見ていただいた方が早いかと」


 そう言うなり、ルシウスはくるりと踵を返した。

 沼地がない?

 なに言ってんだこいつは?

 わけが分からず首をかしげるも、リアンを引きずり起こしてルシウスのあとを追う。

 魔王城の裏手に通じる大扉を開け、外気が頬を撫でたその瞬間――


「な、なんだ、こりゃ……?」


 思わず驚嘆の声が漏れた。

 そこに広がっていたのは、かつての毒々しい沼地ではなかった。

 一面に広がるのは生命の息吹に満ち溢れた大森林。

 深い森の木々はどれも背が高く、葉は日の光を反射してキラキラと輝いている。

 湿った沼地の腐臭はなくなり、代わりに草花の心地よい香りがそこいらに広がっていた。

 この土地が本当にあの沼地だってのか?


「ま、まじかよ……」


 呆然と立ち尽くす俺の隣でルシウスが誇らしげに胸を張る。


「カハクたちと共にやってきた神木様のおかげです。

 神木様がこの地に根を下ろされたことで浄化が始まり、やがて毒の沼は湖に変わり、植物が育ち始め、気が付けばこのような大森林になっていました」


「そ、そんな、バカな……神話の世界じゃあるまいし」


 つぶやきながら俺は森の奥へと足を進めた。

 ついこの間までギガントードの巣窟だった沼地が、今では美しい湖畔に姿を変えている。

 その湖の中央には蔦に覆われた人影が根を張るように立ち尽くしていた。

 神木様だ。

 荘厳な佇まいが周囲の空気を神秘的なものに変えている。


 ――と、そのとき。

 湖畔の茂みから小さな影が姿を現す。

 カハクだ。

 以前、樹海で少し言葉を交わしたボーイッシュな雰囲気の少女。

 こちらに気づくと、ぱたぱたと跳ねるように駆け寄ってきた。


「神木様は眠っておられます。

 この土地を森に変えるため、あまりにも多くの力を使われたようです。

 今は身に危険が迫らない限り、お目覚めになることもないでしょう」


 その口ぶりは穏やかだったが、どこか寂しげでもあった。


「だけど……とんでもない力だな。

 魔国領の枯れた大地をこんなふうに蘇らせるなんて」


「神木様は何千年も生き続ける“永遠の命”を持つ存在ですから」


「永遠の命、ねぇ……」


 俺はその言葉を噛みしめるように繰り返し、再び神木様へ視線を向けた。

 そんな存在が魔王城の裏手で眠ってるなんて……正直、いまだに実感が湧かない。


 ――と、そのとき。


「木の実は!?

 木の実はどこあるかーっ!?

 空腹で死ぬあるよぉぉ!!」


 リアンが地面に寝転がりバタバタと暴れはじめた。

 ……おい、ちょっと感動してたのに全部吹っ飛んだわ。

 ルシウスが困ったように笑いながら、リアンの腕を取り森の奥へと導いていく。

 俺はその姿を見送りながら、再び神木様に目を向けた。

 すると――


『…………永遠の命など不幸しか呼ばん』


 しんとした空気の中に、ひときわ重く、低い声が響いた。

 テイレシアスだ。


「……なんだよ、突然」


 返答はない。

 いつもおしゃべりなくせに、肝心な時は口をつぐむらしい。

 けれど、その声の余韻が妙に胸を打った。


 ――永遠の命など不幸しか呼ばん。

 

 その言葉が俺の頭の片隅でずっと引っかかるのだった。



第3章はここまで。

次話から第4章に入ります。

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