第007話 旧魔王軍の生き残り
ランセルはゆっくりガーゴイルに近付き聖剣の切先を眉間に突きつけた。
「ここでなにが起きたのか正直に答えなさい。
嘘をつけば首を刎ねます」
抑揚のない声で告げるランセルにガーゴイルの虚ろな瞳が向けられる。
左右の瞳孔が明後日の方向を向いており、まるで焦点が合っていない。
なにがここまでガーゴイルを追い込んだのだろうか。
「悪魔だ……悪魔がやって来たんだ……」
「悪魔? 何の話しをしている」
ランセルが眉をひそめると、ガーゴイルは両手で頭を抱え小刻みに震えはじめた。
「悪魔は悪魔だ!
新魔王軍を名乗る魔族と人間の混血が3人。
リーダー格の赤髪と凄腕の魔導師、それに魔獣を従える召喚士。
そいつらが魔国領の魔族を蹂躙していったんだ!」
……新魔王軍?
突拍子もないことを言うガーゴイルにランセルは首を傾げる。
しかもガーゴイルはたった3人の魔族と人間の混血に魔王軍が壊滅させられたと吹聴しているのだ。
そんな話しは帝国内でも上がっていないし、常識的に考えればガーゴイルが嘘をついていると判断すべきだろう。
仮に我々が帝国を出てから魔国領内で革命が起きたとしても、只の魔族と人間の混血が魔王サタンの軍勢に勝てるはずもない。
ただ、ランセルは常軌を逸した怯え方をしているガーゴイルが嘘を付いているようにも見えなかった。
「その3人の特徴を詳しく教えてください。
どんな能力を持っていてどう戦うのか。
洗いざらい話せば命まではとりません」
ガーゴイルの言う新魔王軍なる者たちが本当にいるのなら、ここで情報を引き出しておくべきだ。
どちらにせよ我々の敵であることに変わりはない。
目の前でうずくまっているガーゴイルをじっと見据えていると、ガーゴイルは俯いたままポツポツと喋りはじめた。
「俺たちも他の塔の魔族経由で奴らが来ることは掴んでいたんだ。
だから迎え撃つための準備も万全だった。
だが、銀髪の魔導師ひとりに俺たちは無力化させられた。
一般的な魔導師の扱う魔法とは異なり、奴は重力を操っていたんだと思う。
弱い魔族はその場で圧死し、その他大勢の魔族は身動きが取れなくなった」
「――重力を操る魔法?
そんな魔法があるなど信じられない!
事実なのですか?」
「俺たちも初めての体験だったさ。
広範囲に渡って地べたに締め付けられるなんてな。
だけど本当の地獄はその後だった。
ピンク髪の召喚士が見たことのない魔獣を何十匹と呼び出したんだ。
角の生えた狼のような魔獣だ。
召喚士はその魔獣を饕餮と呼んでいた。
動けなくなった魔族は生きたまま魔獣に喰われ、一瞬にして集落は阿鼻叫喚の地獄と化したんだ」
ガーゴイルから凄惨な内乱の話しを聞きランセルの背中に悪寒が走る。
召喚士は本来、聖なる獣を呼び寄せるクラスだ。
魔族を喰らうモンスターなど召喚できるはずがない。
だが、これまで訪れた塔の集落に魔族の死体がなかったのも事実。
饕餮という魔獣に全て喰われたのであれば妙に納得もできる。
「それでも、このふたりだけならまだ良かったんだ。
こっちにもサタン様に塔の守護を任せられた幹部クラスの魔族がいたからな。
実際、幹部たちは重力の影響をさほど受けていなかったし、魔獣とも互角に渡り合えていた。
だが、3人目のリーダー格の赤髪。
マキナと名乗る混血がとんでもない化け物だったんだ」
「…………マキナ?」
「あぁ……奴は身体強化魔法であるバフィカルしか使っていなかった。
いや、それ以外の魔法は使えないのかもしれない。
にも関わらず幹部陣を赤子を捻るように軽々と倒していったんだ。
どんな攻撃も奴には無意味。
剣撃は弾かれ魔法も効かない。
まさに手の打ちようのない化け物だった。
きっとサタン様も奴にやられてしまったんだろう。
何日待てど一向に救援が来ないからな」
「バ、バフィカルの魔法だけであの魔王サタンを!?
バカな!!
そんな世迷いごと絶対にありえない!!」
ガーゴイルの語るマキナの特徴を聞いて、ランセルの声も思わず大きくなる。
バフィカルは魔術師だけでなく、戦士でも扱える基礎魔法のひとつだ。
自身の身体能力を向上させる目的で使われるが、上昇幅にも限度がある。
つまり、バフィカルだけで魔王サタンを倒すなど確実に不可能なはずだ。
「……俺たちにも信じられない光景だったさ。
子供でも扱える魔法に幹部たちが軒並みやられるなんてな。
だけど嘘はついていない。
全部本当の話しだ。
理由は分からないが、奴らは魔族を憎んでいるようにも見えた。
無表情で魔族を蹂躙していく奴らの顔が俺の脳裏から離れないんだ。
頼む!
お前に言うのも変な話しだが早く魔王を討ってくれ!
奴らがいる限り俺たち魔族に未来はない」
ひと通り思いを吐露したのか、ガーゴイルは卒然と俯き黙り込んだ。
その様子を見てランセルも肩をすくめる。
魔族に魔王の討伐を依頼されるとはおかしな話しだ。
「貴方に頼まれなくとも魔王は我々の敵。
私は誰が相手だとしても決して負けない。
すぐに魔国領は帝国の管理下に置かれるでしょう。
その時まで身を潜めているがいい」
ランセルは冷然と答えると、ガーゴイルに突き付けていた聖剣を鞘に収めた。
そのまま魔王城に向けて踵を返しかけたその時――
突如、そばにいたルーカスが大剣を勢いよく振り上げた。
鈍い音を立て宙を舞うガーゴイルの首。
咄嗟の出来事に驚くランセルを尻目に、ルーカスは頬に付いた返り血をペロリと舐めるのだった。




