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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第069話 帰還


 帝国全土を覆っていた白い霧が晴れてから、はや一週間が過ぎた。

 長らく病に伏していた住民たちは、まるで夢から覚めたように次々と快方に向かい、元の暮らしへと少しずつ戻り始めている。

 フォーリッジ領の中心地サイプレスも、かつての喧騒と賑わいを取り戻しつつあるそうだ。


 一方で、カハクたちはルーシーの用意したゲートリンクを通じて、魔王城の裏手に広がる毒の沼地へ移住を果たした。

 あの過酷な環境にも関わらず、彼女たちは今、自らの手で土地を整え、瘴気を浄化し、新たな森を創りあげようとしているという。

 

 ――で、俺はというと、朝からコルキス皇帝陛下に呼び出されていたわけだ。


「――貴様、虚偽の報告ではあるまいな?」

 

 魔王サタンの転生話をした途端、いつものように眉間にシワを寄せ、全力で疑ってくる皇帝。

 延々と詰問されるわ、過去の話を引っ張り出されて揚げ足を取られるわで、完全に嘘つき扱いである。

 俺だって好き好んでこんな話をしているわけじゃないってのに。


 結局、ハクアの姉御とルクソール公国の魔導士たちが間に入ってくれたおかげで、ようやく事態は収束。

 気がつけば夕陽が傾き、解放されたのは夜も更けかけた頃だった。

 とぼとぼと北区の大通りを歩き、女子寮の門をくぐったのは――まさかの夜の八時。

 すでに門限ぎりぎりの時間だ。


 玄関を抜けて階段をのぼるたびに、疲労がどっと全身にのしかかる。

 背中が重く、足が鉛のようだ。

 あのクソ皇帝――朝から晩までこき使いやがって。

 いつかとっちめてやるから覚悟しとけよ。


 ぶつぶつと恨みごとを呟きながら自室の扉を開けると、薄暗いランプ明かりのもと、ベッドの上で丸くなっているリアンの姿が見えた。

 ピンクの髪から覗くタヌキの耳が、寝息と共にピクピク動いている。

 ようやく戻ってきた自分の居場所に安堵しつつ、そのままべッドに倒れ込んだ、そのとき。


 ――ぐぅぅぅ。


 何とも情けない音が響いた。

 しかも、俺の腹からじゃない。

 リアンの腹からだ。


「マッキー、腹がへって眠れないあるよ……」


「なんだ、起きてたのか」


 欠伸混じりに寝返りを打つと、不貞腐れた顔を浮かべたリアンと目が合う。

 

「がまんしろよ。

 俺だってパン一個で毎日凌いでんだぞ?

 期待してた報酬も手に入らなかったからな」


 本来なら黒い斑紋の原因を突き止めた功績を賞され、金貨1000枚もの報奨がもらえるはずだった。

 だが、帝国が世間に発表したのは『神樹様が神秘の霧で帝国を癒した』というお伽話のような美談。

 今のところ、帝国の窮地は神樹様によって助けられたことになっている。

 実際は俺が命懸けで樹海に潜って、魔族と戦って、蔦の化け物と交渉して、その場をなんとか丸くおさめたってのに。

 どうにも納得いかない。

 だが、カハクたちの存在を人間に明かさないと約束した以上、表沙汰にもできなかった。


「だけど、このままじゃ絶対に眠れないあるよ!!」

 

 リアンがベッドの上でのたうち回るように叫ぶ。

 

「こんな食生活してたら発育にもよくないあるね!

 わたしの身長がこれ以上伸びなくなったら、どうしてくれるあるか!」


「し、知らねぇよ!

 一日一食あれば充分だろ!

 寝る子は育つって言葉もあるくらいだし、さっさと寝ろ!」


「そんなの信じられないあるよ!

 もう無理ある!

 その辺の池でカエルでも捕まえて食べてくるあるね!!」


「お、おいっ! やめろっ!!」


 バッと跳ね起きたリアンを慌てて後ろから羽交い締めにする。

 扉に手をかけたところを何とか引き戻し、じたばたと暴れまわるリアンを無理矢理ベッドまで引きずった。


「寮母の婆さんに見つかったらどうすんだ!

 夜に無断で出歩いたら次こそ本気で退寮処分だ。

 明日の朝まで我慢しろっての!」


「朝まで待てるわけないあるね!

 このままじゃ餓死しちゃうあるよ!

 もう限界ある!」


「わ、分かった、分かったから!

 すこし落ち着け!!」


 暴れるリアンの腕を掴み、ずるずると壁際まで引っ張っていく。

 貼っていたポスターをぺりぺりと剥がし、その裏に隠していた魔王城へのゲートリンクを露出させた。


「魔王城に戻れば、なにかしら残ってるはずだ。

 ルシウスに夜食でも作ってもらおう。

 それで文句ねぇだろ?」


 その言葉を聞いた瞬間、リアンの瞳がぱぁっと輝きを取り戻す。


「さすがマッキー! 物分かりがいいあるね!」

 

「お、おう……って、くっつくな!

 腹減ってるくせに元気だな、おまえ」


 苦笑いしながら、俺はゲートリンクの前で呆れたようにため息をついた。



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