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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第064話 戦闘を終えて


 森に静けさが戻った。

 あれほど空気を焦がし、破壊の限りを尽くしていた魔力の奔流は跡形もなく消え去り、代わりに木々のざわめきと鳥のさえずりが戻ってくる。

 逃げられた。

 俺は拳を握り締め、奥歯を噛みしめる。

 ガブリエルのやつ――いつの間に第二階位の古代魔法なんて習得したんだ?

 昔は第一階位の神悪(ジオ)しか扱えなかったはず。

 成長したのは俺だけじゃないってことか。


 深く息を吐き全身に渦巻く炎を鎮めると、俺はあらためて身体を後ろに向けた。

 至るところで帝国魔導師たちが地に伏し、あるいは座り込み、満身創痍の表情を浮かべている。

 そんな彼らをルシウスが中心となって介抱にあたっていた。


「マ、マキナ!」


 俺が近づくと、ハクアの姉御が真っ先に立ち上がる。


「ちょ、ちょっと……いったい、どんだけ強いのよあんた!

 私たちがやっとの思いで倒したグレーターデーモンより、はるかに手強いアークデーモンと真正面から渡り合うなんて」


 顔を真っ赤にして詰め寄ってくるハクアの目が驚きと戸惑いに揺れている。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、まるで幻でも見ているかのように俺の顔を見上げてきた。

 

「それに、あのアークデーモンの最後の一撃。

 あんなの受け止められる人間、普通いないから!

 どういう構造してんのよ、あんたの身体は……!」


「そ、そうですか?

 まぁ、これでも一応、魔王ですから。

 勇者と比べれば、たいしたことありませんけど」


 俺は肩をすくめ、茶化すように答える。

 だが、ハクアは受け流すことなく真剣な表情で見つめ返してきた。


「いいえ、たいしたことあるわ。

 あんたが来なかったら、間違いなく私たちは全滅してた。

 助けてくれて、本当にありがとう」

 

 ハクアはそう言って深々と頭を下げる。

 ――まいったな。

 ハクアの姉御がここまで礼を尽くしてくれるなんて。

 胸の奥がくすぐったいような、そわそわした気分になる。


「――ところで、どうやってここまで来たの?

 私たちが戦っているど真ん中にちょうど現れたけど」


「ああ、それはですね。

 側近の魔族が召喚した魔獣に導かれて来たんです。

 ある魔力の痕跡を辿っていて。

 魔獣の示す方向に進んでいたら、偶然ガブリエルとハクア様の姿が見えたんです」


 そう口にすると、頭上からバサッと羽ばたく音が聞こえてきた。

 ルシウスに預けていたウェントが、まるでタイミングを見計らったように俺の肩へ舞い戻ってくる。

 肩の上で胸を張るウェントに俺は苦笑いを向けた。


「……なるほど。

 そんな便利な生き物がいるのね」


 ハクアが頷き、ふと視線を森の奥へ向ける。

 その表情にはわずかな警戒の色が浮かんでいた。

 

「――あのアークデーモン、妙なことを言ってたわ」


「妙なことですか?」


「ええ、あいつらは森の精霊カハクを探してると。

 カハクの鱗粉で誰かを癒すために。

 カハクなんて古い伝承にしか出てこないはずなのに、どこでそんな情報を見つけてきたのかしら?」


 癒すため?

 その言葉が胸の奥に引っかかる。

 いったい誰を癒そうとしてるんだ?

 そんなことのためにアークデーモンまで動かして。

 いずれにせよ、ウェントのクチバシの示す先に、そいつもいる可能性が高い。

 伝承が本当なら神樹様もこの先にいるはずだ。

 そして、おそらくガブリエルとヘイズバルも。

 俺は振り返って、ルシウスに目配せする。


「ルシウス。

 ハクア様と他の魔導師たちのことを頼めますか?

 重症者もいるみたいですし」


 俺の言葉に、ルシウスは眉をひそめた。


「おひとりで行くつもりですか?」


「ダメよ!! 危険すぎるわ!!」


 すぐにハクアの姉御が食ってかかってきた。

 

「ここで待って体勢を立て直すべきよ!

 しばらくすればランセルも来るかもしれないし!」


「いえ……おそらく勇者は来ません。

 セルバンさんから別の公務に就いていると聞きました。

 仮にこちらへ向かったとしても、この霧の中を突破できる保証はありません。

 それに、ここから先は私の問題でもあるんです。

 サタン軍の残党とは、きちんとケリをつけないといけないので」


 しばしの沈黙の後、ルシウスが小さく肩をすくめ口を開く。


「……分かりました。

 ですが、どうか――ご無事で」


「ええ、もちろん」


 その場を離れようとしたとき、背後からハクアの声が飛んできた。


「マキナ! 絶対に死ぬんじゃないわよ!」


「ふふ、ハクア様は私を誰だと思ってるんですか?

 当代の魔王ですよ?

 大船に乗った気でいてください」


 小さく手を振って別れを告げたあと、俺はウェントの指し示す先に歩きはじめた。




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