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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第063話 アークデーモン


 ハクアから視線を外した俺は正面の魔族に向き直った。

 骨で形成された漆黒の翼。

 甘く艶めいた声で相手を嘲弄するあの態度。

 間違いない――ガブリエルだ。

 ヘイズバルに仕えるアークデーモン三姉妹の長女。

 旧魔王軍時代、第3塔の主力として幾度となく戦場に駆り出された上位種中の上位。

 脳裏に焼き付いていた記憶が鮮明に蘇ってくる。

 

 あの見た目に騙されてはいけない。

 貴族のような所作と女の子じみた振る舞いとは裏腹に、あいつの本性は悪鬼のごとく残虐だ。

 ようやく再会できたな化け物め。

 俺はスカートの裾を引きちぎり、下に仕込んでおいた真紅のズボンを露出させた。

 リアンに作ってもらった戦闘用の軽装だ。

 軽くて伸びがよく、脚の動きにぴたりと馴染む。

 ガブリエルは赤いズボン姿になった俺を見て、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「――あらあら?

 その目の色……魔族なのね?

 でも、ずいぶんと人間くさいじゃない。

 混血かしら?」


「ええ、私の名前はマキナ。

 当代の魔王です。

 ふふ、まさか魔族のくせに今の魔王の顔も知らないんですか?」


 俺はあえて挑発的に微笑み、嘲笑った。

 ガブリエルの眉がぴくりと跳ねる。


「う〜ん、当代の魔王?

 知らないわ、どこの田舎者?

 まぁいっか……どこの誰だろうと、もうすぐ死体になるんだし」


 その言葉と共にガブリエルが詠唱を始める。


「――闇より生まれし深淵よ。

 我が影に応え、すべての光を葬り去れ」


 空気が一変する。

 刺すような魔力が皮膚をひりつかせ、空間そのものが重く沈む。


「さようなら、当代の魔王さん。

 冥刻の影吼(アビス・ロア)!」


 黒き狼影が咆哮と共に飛びかかってくる。

 だが、俺は右掌を突き出し、それを真正面から受け止めた。

 獣影が霧散し、辺りに黒い煙が立ち込める。


「……えっ?」


 予想外の対応だったのか、ガブリエルの目が丸くなった。


「そんな魔法で私を倒せるとでも?

 それとも、先ほど放ったジオの反動で魔力を練れないのかしら?

 どちらにせよ、次は私の番ですね。

 バフィカル!!」


 溢れ出た気力が内功へ収束する。

 呻きの洋館の時は力を抑えるしかなかったが、この森の中なら全力を出せる。

 俺は内功に性質変化を加えた。

 魔王サタンを倒すために編み出した俺の最終奥義。

 内功に火の性質を加え、燃え盛る炎へと昇華させる。

 全身の筋肉が跳ね、体中の経脈に熱が巡り、体から溢れ出た熱波が周囲の空気をうねらせた。

 瞬間、ガブリエルとの距離を詰め、高く跳躍する。


「飛炎連脚ッ!」


 両脚にまとわせた炎を連続で叩き込む。

 紙一重でかわされるも、ガブリエルの黒翼の一部が焼け落ちた。

 そのまま着地し、連撃に繋げる。


「紅蓮拳ッ!」


 拳から放たれる炎塊の連撃。

 瞬時に魔法障壁を展開されるも、数発が突き抜け、肩や脇腹を次々に打ち焼いていく。


「ぐっ……!

 い、いい加減にしなさい!」


 怒声と共にガブリエルが古代語を詠唱する。

 漆黒の球体が指先に現れ、空間を歪ませながら膨張していく。

 くそ、またジオか!

 なら、こっちも――俺は拳を引き絞り、螺旋を描くように身体を回転させた。


「紅蓮――渦葬拳ッ!」


 放たれた炎の渦が火龍のごとく黒球へ襲いかかる。

 瞬間――空気が爆ぜた。

 地を抉る衝撃と森全体を震わす熱風。

 その中心を突破した俺の拳が、ガブリエルの顔面を一直線に撃ち抜いた。

 吹き飛ばされたガブリエルが激しく木に叩きつけられる。


「……はぁ、はぁ……」


 地に膝をつき、荒く息を吐くガブリエル。

 その目は、もう笑ってなどいない。

 ようやく俺を強敵として認識したみたいだ。


「――なるほど。

 当代の魔王を名乗るだけのことはあるかしら」


 ガブリエルが微笑を浮かべながら立ち上がり、ゆっくりと両腕を向けてくる。


「やっと少しは楽しめそう。

 バ・ジ・ラグド・ジン……アグラ=トール……」


 低く、重く、呪詛のような古代語の詠唱が始まった。

 先ほどよりもさらに重たく、空間をねじ伏せるような響き。

 嫌な予感が背筋を這い上がってくる。

 先ほどのジオとは次元が違う。


「まさか……!」


 俺が察した瞬間、ガブリエルが不敵に笑った。


「お遊びはここまで。

 消し飛びなさい! 神弩(ジハード)!!」


 ガブリエルが手のひらを開いた瞬間、漆黒の魔力が轟音と共に向かってくる。

 世界の理を否定するような破壊の奔流。

 ハクアの姉御たちが背後にいる以上、避けるわけにもいかない。

 ――間に合うか?

 考えるより先に、身体が動いていた。


「くっ――!」


 両腕を前に突き出し、内功を限界まで展開する。

 全身から噴き上がる炎が一箇所に集束し、眼前に巨大な重盾を形成した。

 黒い奔流が炎の盾に激突し、火花を撒き散らしながらせめぎ合う。

 視界が白く塗り潰され、耳をつんざくような轟音が森中に響き渡った。

 ――耐えろ!

 歯を食いしばり、足を地にめり込ませる。

 腕が焼け、内功の回路が軋む。

 意識が遠のく寸前、ようやく光線が尽き、炎の盾が崩れ落ちた。


「はっ、はぁ……っ」


 その場に膝をつき、肩で息をする。

 吐息が煙のように白い。

 前を見ると、すでにガブリエルの姿はなかった。


「……いない?」


 代わりに黒い翼の切れ端が風に乗って宙を舞っている。

 その風に混じって、微かな声が俺の耳に届いた。


「残念だけど今回はここまで。

 私も忙しいの。

 また遊びましょ、マキナちゃん?」



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