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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第057話 黄金色の琥珀


「――こんな宝石、持ってたかしら……」


 ベヨネッタが俺の前でぼそりと呟く。

 おいおいまじかよ。

 どれだけ宝石を溜め込んでれば、自分のモノかすら判断できなくなるんだよ。

 やっぱ貴族ってのは常人とかけ離れてるぞ。

 俺が半ば呆れつつ眺めていると、ベヨネッタは宝石箱から琥珀を取り出し俺の手のひらにのせた。


「ええ……構いません。

 どうぞ、お納めください」


 その様子に周囲の反応が再び揺れる。


「なんとお優しいのベヨネッタ様……」

「さすがはグリニッジ侯爵家!」

「魔王令嬢と違って器が大きいですわ!」


 はいはい、どうせ俺は下賤な魔族ですよ。

 賛辞の言葉が飛び交う中、俺は静かにため息をつく。

 器が大きいのはどう考えても謝罪を要求しなかった俺の方だろ。

 ――まぁいっか。

 タダで宝石も手に入ったことだし。

 もしこいつが神樹様の琥珀だったとしたら大金星だ。

 そんなことを考えていると、クレアが手を叩いて場の空気を引き締めた。


「よし! 騒ぎはここまでだ!

 おまえら、さっさと席につけ!

 講義を再開するぞ」

 

 あれだけ緊張と興奮に満ちていた講義室が、瞬く間にいつもの日常へと引き戻されていく。

 学生たちは名残惜しそうに着席し、俺も静かに琥珀を懐にしまった。

 

 講義が終わったあともなお、教室のあちこちで興奮冷めやらぬ声が飛び交っていた。

 その中をひとりだけ異質な空気を纏った人物がこちらに向かってくる。

 ベヨネッタだ。

 いつもの取り巻きの姿はない。

 ベヨネッタがひとりで、しかも自分から俺に近づいてくるなんて今までになかったことだ。


「――スカーレットさん?」


 まるで何かを飲み下すような声には微かな緊張があった。

 スカーレットさんねぇ。

 さっきまで“魔王令嬢”呼ばわりしてたくせに。

 どういう風の吹き回しだよ。

 俺が黙ってジト目を向けていると、ベヨネッタは少しだけ顎を引いて口を開く。


「先ほどは……その、皆の前で謝罪を求めなかったこと、感謝しています」


 その瞬間、俺の胸の内が小さく跳ねた。

 あのプライドの塊みたいなベヨネッタが俺に礼を言うだって?

 本気で言ってるのか?

 眉をひそめてベヨネッタの顔を覗くも、その瞳には一切の偽りや誤魔化しがなかった。


「――まぁ、みんなの前であなたに謝罪させてもお互いに得なんてないでしょ?

 私は宝石を貰えただけで満足ですから」


 俺はわざと軽口を叩いて肩をすくめてみせた。

 そうしなければ、こっちまで調子を狂わされそうだったからだ。

 そんな俺を見て、ベヨネッタがふっと口元を緩める。

 いつもの強気な面影は影をひそめ、年相応の柔らかさが表情に現れていた。


「けれど、あなたも魔国領の当主。

 あの程度の琥珀なんて珍しくもないでしょう?

 なぜあんなものを喜んで受け取ったのか不思議でなりませんの」


 ふっと、笑いそうになる。

 あの程度の琥珀ねぇ。

 こっちは日々の食費を切り詰めながら生活してるってのに。

 まぁ貧乏なことを明かしても仕方ねぇか。


「――少々、約束があったのです。

 とある側近に宝石をひとつ渡すって。

 だから、ちょうどよかったのよ」


「……そうですの」


 ベヨネッタは一瞬だけ言葉に詰まり、視線を落とした。

 何かを言いかけては飲み込むような仕草。

 その目が俺の懐に収めた琥珀をじっと見つめていた。


「それと、もうひとつだけ」


 ふっと息を吸い、ベヨネッタが一歩踏み出す。

 香水の甘い香りが、ふわりと風に乗って俺の鼻をくすぐった。


「これは大きな借りですわ。

 ですから――困ったことがあればいつでも相談してください。

 グリニッジ侯爵家の名にかけて力になりますわ」


 その口調に冗談はなかった。

 少しでも俺が曖昧な態度を取れば、それを恥と受け取るような凛とした空気。

 意外と真っ直ぐなやつじゃねぇか。

 俺に対する態度で損してるが芯は通ってる。

 こういう教養はさすが侯爵家の娘ってとこか。


「そう、じゃあ遠慮なく使わせてもらうわ」


 俺がわざと優雅に微笑んでみせると、ベヨネッタも釣られたように口元を緩める。

 その瞬間、ふたりの間に張り詰めていた緊張の糸が解けた。

 そこにはもう敵対の気配はない。

 むしろどこか認め合うような空気さえ流れている。


 ベヨネッタに別れを告げると、女子寮へ向かう道すがら、俺は懐からそっと琥珀を取り出した。

 日の光を吸った琥珀がほのかに魔力を揺らす。

 やっぱり、ただの宝石じゃねぇ。

 はやくルシウスに見せてやらねぇと。


 自室に戻った俺はすぐさまゲートリンクをくぐって魔王城に向かった。

 ルシウスがいるとすれば図書室だろう。

 あいつのことだから夜通し本を読み漁って情報収集してるに違いない。

 何度か廊下の角を曲がって図書室の中に入ると、長い書架の列の奥、蝋燭の明かりに照らされる銀色の髪が目に映った。


「喜べ、ルシウス!

 神樹様の琥珀を手に入れたぞ!」


 

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