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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第055話 決闘当日


 決闘当日の朝。

 俺とフィオネは学院の講義室――その最前列、窓際の席に腰を下ろしていた。

 勝敗を下すクレアはまだ来ておらず、静かな講義室に落ち着かない雰囲気が漂っている。


「……本当にやるんですね、これ」


 フィオネが不安混じりの声を漏らした。

 俺も曖昧に笑って返す。


「まあ、ここまできたら引くに引けませんし。

 決闘とはいっても、ずいぶん穏やかな内容ですが」


 目線を移すと講義室の反対側――壁際の席にはベヨネッタが陣取っていた。

 すでに勝ち誇った笑みを浮かべ、いつもの取り巻き令嬢たちにぐるりと囲まれている。


「ふふ、クレア先生がどんな顔をするか楽しみです。

 けれど、帝都の職人にツテなんてない魔王令嬢はどんな商品を持って来たのかしら?

 木炭にでもしてしまったのかもしれませんね。

 まぁ、どんな商品であれ私の勝ちに揺るぎはないですが」


 そんな言葉がかすかに耳に入る。

 ――そして数分後。

 カツン、カツンと足音が廊下から響き、講義室の扉が勢いよく開いた。

 いつもの黒髪にピシッとした長袖の白シャツ。

 片手にコーヒーカップを持ったクレアだった。


「やれやれ、今日も暑いな……さて、講義を始めるぞ。

 前回は水にまつわる第一階位の魔法だったな。

 今日は第ニ、第三階位の魔法の理論から――」


「――ちょ、ちょっと待ってください先生!」


 何事もなく講義を始めたクレアに俺が勢いよくツッコミをいれる。


「ん? なんだスカーレット?」


「なんだって……今日は決闘の予定ですよね?

 私とベヨネッタが商品を持ち込んで対決する」


 クレアが一瞬眉根を寄せ思案顔になる。

 ――こいつまじか……?

 あれだけ俺たちを焚きつけといて当の本人はすっかり忘れてやがる!


「あー……うん?

 あったな……確かに……えーと……今日だっけ?」


「今日です」


「そうか……いや〜すまんすまん。

 すっかり忘れていたぞ」


 苦笑いしながらコーヒーを一口すするクレア。

 そのあまりに悪びれない謝罪に講義室のあちこちから笑いが起こった。


「どれだけ適当なんですか、この学院の教師は……」


「まぁまぁ、いいじゃないか。

 ひとまず講義は後回しにして、その対決とやらを先に見届けよう。

 ――では早速、お前らの“商品”とやらを見せてもらおうじゃないか」


 その声に講義室がぴしっと静まり返る。

 椅子を引く音、衣擦れの音。

 そんな中、俺とベヨネッタは同時に立ち上がり、それぞれの作品を手に取った。


「では、私から」


 俺はポケットから懐中時計を引っ張り出しクレアに差し出す。

 銀細工の蓋には淡く波打つ模様。

 文字盤の中央には小さく**Wisteria**の文字が刻まれていた。


「これは、とある時計師の方に作って頂いた品です。

 木製の懐中時計でして、文字通り“時を刻む”ことに価値があります」


 そう言いつつ、小さく鳴るゼンマイの音に耳を傾ける。

 くるくると回る歯車が、静かに講義室の時間を紡いでいるようだった。


「――この時計を作ってくださった方はご主人を亡くされたあと、しばらくお店を閉めていたそうです。

 けれど、再びお店を開こうと決心された矢先、たまたま私が手助けすることになりまして。

 そのご縁でこの時計を作っていただきました」


 話しながら、あの小さな工房の静けさを思い出す。

 店の前の紫の花、壁一面に掛けられた無数の時計、そして懐かしげに語るおばあさんの声。


「時間は唯一、誰にでも平等に与えられるものです。

 その使い方によって個人の生き様や想いが、かたち作られていきます。

 この時計は時間と共に、そのかけがえのない思い出も刻むもの。

 おばあさんの言葉を借りただけですが、私もそう信じています」


 俺が語り終えると教室の空気が一瞬揺れた気がした。

 だが、そんな静寂を打ち破るようベヨネッタがひらりと髪を払って前に出てくる。


「――ふん、感傷で勝てると思って?

 これが私の商品です。

 帝都でも名のある名匠――カルダモン工房の手による世界に一つだけの宝石箱」


 すっと蓋を開けると、中には鮮やかな宝石がぎっしりと詰まっていた。


「この中に入れるのは、あなたの懐中時計のような安い思い出ではありませんの。

 本物の価値――宝石ですわ。

 ルビー、サファイア、エメラルド。

 その美しさを保ち、映えさせるための機能美と格式を兼ね備えた一点物。

 どこに出しても恥ずかしくない逸品ですのよ」


 ベヨネッタが、取り巻きの学生たちに向かって微笑むと、すぐに拍手が湧き上がる。


「やっぱりベヨネッタ様のは違うなぁ……」

「帝都の名匠って、本物しか作らないもの」

「それに比べて魔王令嬢のは……どこの誰に作らせたものなんだか」


 囁き声が講義室中をかけ巡る。

 ――くそ、むちゃくちゃ言いやがって。

 別に誰が作ったかなんて今回の決闘に関係ねぇだろ!

 それに、あのばあさんは誰よりも誇り高い時計師だ。

 店に陳列された時計を見りゃ、素人の俺にだってすぐ分かる。


「――ふふ、それで?

 その懐中時計はどなたの作品なのかしら?

 無名の露天商かしらね?」


 ベヨネッタが勝ち誇ったように鼻を鳴らしたそのとき――俺の手元の懐中時計に目が吸い寄せられた。

 その細い指が震えるように俺の懐中時計を指差している。


「そ、その刻印!!

 ちょ、ちょっと見せなさい!」


 なんだよ急に。

 ベヨネッタの変わりように困惑しつつ懐中時計を傾けると、そこには小さく**Wisteria**の刻印が光っていた。

 次の瞬間――


「ウィ、ウィスタリアですって!?」


 ベヨネッタの顔がみるみる青ざめていく。

 途端に講義室がざわつき始めた。


「――ウィスタリアってあの!?」

「帝都でも伝説の時計師じゃ……」

「でも、どうして魔王令嬢がウィスタリアと?」


 なんだなんだ?

 周囲の反応をみるに、あのばあさん――ただ者じゃなかったのか?

 俺が混乱していると、フィオネが耳元で囁くように教えてくれた。


「ウィスタリア時計店って本当にあったんですね。

 私もその名を聞いたことがあります。

 時計作りにおいて他の追随を許さない凄腕の時計師がいると。

 数年前に急に時計作りを辞めてしまったとも伺っていましたが」


 

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