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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第054話 帝都の時計師


「ルーシー?

 こんなところでなにしてるの?」


 俺が声をかけると、ルーシーはびくっと肩を震わせ振り返った。


「えっ、あ……マキナ様」

 

 俺に気付いた瞬間、ほっと胸を撫で下ろす。

 ルシウスに化粧されたのか、いつもより血色がよく頬にはうっすらと朱が差していた。


「ルシウスさんにお使いを頼まれて、西区まで来てたんですぅ。

 その帰り道に、ちょうど荷車が壊れて困っているおばあさんを見かけて。

 どうにか直せないかと見てたんですけど難しそうで」


 視線を辿ると、車台の大きく傾いた荷車がぽつんと置かれている。

 さすがに荷物を載せ過ぎだ。

 重さに耐えきれず車軸がずれちまったってとこか?


「参ったねぇ……店まであと少しだってのに」

 

 おばあさんが額の汗を拭いながら深いため息をつく。

 

「仕方ありません。

 私とルーシーで持ち上げて運びましょう。

 さして重くもないでしょうし」


 俺がそう提案すると、ルーシーは一瞬目を丸くしてから、不安げにあたりを見渡した。


「さ、さすがにまずくないですかぁ?

 そうとう周囲の目を引くと思いますけど」


「別に問題ないでしょ。

 私が魔王なのはすでに知れ渡ってますし。

 あれこれ考えるより、さっさと運んでしまった方が早いです」


「そ、それはそうですけど……」


 言い淀みながら、ルーシーはソワソワと手をいじる。

 長いこと洋館に閉じこもってたせいで、人目を浴びるのに慣れてないんだろう。

 まぁ、仕方ねぇか。

 これくらいなら俺ひとりでも持ち上げられる。

 俺が腕をまくって荷車に手をかけると、ルーシーも意を決したようにそろそろ近づいてきた。


「……や、やってみますぅ」


「いいのか? 

 ――よし。

 じゃあ、せーのっ――!」


 合図とともにあっさり持ち上がる荷車。

 その光景に道行く人々が足を止め、ぽかんと口を開けている。


「え、ええっ!? 荷車ごと持ち上げてる?」

「なんだあの娘たち……いや、あれって……スカーレット辺境伯様じゃないか?」

「まさか、あんな華奢な体で……?」


 広がるざわめきを背に、俺とルーシーはおばあさんに道を尋ねながらゆっくり歩き始めた。


「いやはや、おふたりとも本当に力持ちで。

 わたしゃ腰を抜かしてしまいましたよ。

 まさかこんなに軽々運んでいただけるとは」


 目をしぱしぱさせながら、おばあさんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 商業区の喧騒を抜け、石畳の小道に入り込むと、少し奥まった場所に小さな工房が見えてきた。

 木製の看板には精巧な歯車の模様と共に『ウィスタリア時計店』の文字が刻まれている。

 店先には陶器の植木鉢が並べられ、紫の小花が静かに揺れていた。


「ここが私の店です。

 本当に助かりましたよ、お嬢さん方。

 いえ、スカーレット辺境伯様」

 

「たいしたことはしてないですよ。

 私たちは日頃から鍛えていますので。

 あれくらいの荷車を持ち上げただけでは汗ひとつかきません」


 軽く微笑んで応えると、ルーシーもどこか誇らしげに胸を張った。

 店内へ入ると、壁にはさまざまな時計が掛けられており、それぞれが異なるリズムで時を刻んでいた。

 金属の枠は美しく磨かれ、振り子が規則正しく揺れ動いている。


「私は時計師なんですよ。

 これはかつて夫と作りあげた時計たちです」


「ご主人と……?」


 俺が問いかけると、おばあさんは少しだけ目を伏せ、ゆっくりと頷いた。


「ええ。

 以前は夫とふたりでこの工房を切り盛りしておりました。

 ですが数年前に病いで先立たれてしまいまして。

 長らく店を閉めておりましたが、いまだに時計を求めてくださるお客さんの声もあり、亡き夫に申し訳なく思って。

 それで再び時計を作ろうと部材を仕入れていた矢先に、あの荷車が壊れてしまったというわけです」


 おばあさんが遠い目をしながら、ゆっくりと語りはじめる。


「時計には刻んだ時間の分だけ思い出が宿るんです。

 それはかけがえのない価値になります。

 夫もよくそう言っていました……」


 そう言って、おばあさんは店の奥から小さな懐中時計をひとつ取り出した。

 銀細工の施された手のひらサイズの精密な時計。

 ぱちり、と蓋を開けると、微かなゼンマイの音が耳に心地よく響いた。


「これは……?」


「夫が私に贈ってくれた時計です。

 結婚して最初に作った時計でね。

 毎日この音を聞きながら、一緒に時を重ねてきたんです。

 彼がいなくなってからも、これを開くと当時のことを鮮明に思い出す。

 彼の笑い声も、工房での会話も、ぜんぶ……」


 そう言いながらおばあさんが静かに時計を撫でる。

 その指先には長い年月を共に歩んできたぬくもりが感じられた。

 刻んだ時間の分だけ価値が宿るか――待てよ?

 これってクレアから出された課題にぴったりなんじゃねーか?

 懐中時計なら木材のサイズ的にも丁度いいはず。

 木の質感を活かしつつ、時を刻む機能を持たせれば、クレアもうなる作品になるかもしれない。

 俺がちらちら視線を送っていると、おばあさんがキョトンとした顔を向けてきた。


「どうされましたか?」


 どれだけ依頼料をとられるか分からねぇが、ここは一度頼んでみるか。

 

「お、おばあさん!

 少し頼みたいことがあります!」


 

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