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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第052話 ジャクリット卿(前編)

 

 魔力を帯びた琥珀――か。

 確かに、それさえ手に入れば持ち主の正体を掴めるかもしれない。

 俺たちには召喚魔法を扱えるリアンがいるからだ。

 本来、妖狸族の血を引く者は“四獣”と呼ばれる強力な魔獣を使役できる。

 だが、リアンは人間との混血ゆえ、その力を完全には引き継げなかった。

 契約できたのは、いわば成り損ないの魔獣たち。

 それでもリアンは普通じゃない。

 

 通常、ひとりの妖狸族が契約できる四獣は一体だが、リアンはその常識を覆して四体もの魔獣と契約している。

 魔力感知に優れたウェントに白兵戦に長けたトウテツ、一騎打ちなら負け知らずのトウコツにリアンの切り札でもあるキュウキ。

 とりわけ、ウェントの感知能力は凄まじく、もし琥珀に宿る魔力が本物で、その持ち主がどこかに存在するなら、必ず嗅ぎつけてくれるはずだ。


「だけど――そんな琥珀どこにあるんだ?

 魔力を宿した琥珀なんて今まで聞いたことねーぞ」


 俺が肩をすくめると、ルシウスは軽く首を横に振った。


「分かりません。

 琥珀の所在までは記録が残っていませんでした」


「う~ん……結局、手詰まりってことか。

 まぁ、そう簡単にはいかねぇよな」


 腕を組み、今後の計画を考える。

 琥珀について知ってる者を探しつつ、決闘で提出する商品のアイデアも考えなければならない。

 となると――まずは西区に行くべきか。

 あそこなら商品のアイデアも浮かぶかもしれないし、商業ギルドに顔を出せばハワードのおっさんにも会える。

 どっちにしろ、フォーリッジ領に入るには許可が必要だからな。

 俺はルシウスとリアンに今後の方針を伝えると、足早に西区へ向かうのだった。


 ◇ ◇ ◇


「ようこそお越しくださいましたランセル殿下。

 道中お疲れだったでしょう。

 どうぞ、ゆっくりお過ごしくださいませ」

 

「ありがとうございます。

 ジャクリット卿もお元気そうでなによりです」


 勇者である私はベルシア港町に赴いていた。

 月兎族のジャクリット卿に会うためだ。

 ガンダルディア帝国は帝都ガルディアを中心に4つの公国から成り立っている。

 騎士の誇りを重んじるライオネット公国。

 魔導の叡智を極めるルクソール公国。

 林業や農業で栄えたミストラル公国。

 そして、漁業と交易の中心地であるクレメンシア公国。

 ベルシア港町はクレメンシア公国の南方に位置する海上交易の要所であり、行き交う船と潮風に混じる魚の匂いが町の独特な雰囲気を形作っている。

 私はここで腕の聖痕のケアを受けることになっていた。

 

 ジャクリット卿は自らを魔導師ではなく魔術師と名乗り、魔王サタンを討ち倒すべく、勇者である私にレベルの上限を撤廃する魔術を施してくれた。

 ジャクリット卿いわく、魔術と魔法は根本の考え方からして違うらしい。

 例えば、魔法は自然界にある法則を魔力を消費して具現化することを指す。

 火や風を操る力などだ。

 それに対し、魔術は自然界には存在しない法則や現象を対価を支払って引き起こす。

 

 私の場合は世界の法則であるレベルの概念を壊して貰ったわけだが、その代償として腕に聖痕が刻まれた。

 定期的なケアを怠れば聖痕から体の組織が壊死してしまうらしい。

 この事実は帝国内でも限られた者にしか知らされていない。

 レベルの概念が崩れれば、帝国の秩序そのものが揺らいでしまうからだ。

 これは世界平和を望むジャクリット卿からの要望でもある。


 しばらくジャクリット卿と歩いていると目の前に大きな孤児院が見えてきた。

 ジャクリット卿の暮らしている場所だ。

 魔術の功績が認められ、父上から卿の称号を授かったあとも、ジャクリット卿は孤児院で身寄りのない子供たちのお世話をしている。

 彼の魔術のおかげでクレメンシア公国の漁獲量も劇的に改善されたらしい。

 マキナ殿との和平交渉が順調に進んだのも、ジャクリット卿の存在が大きかったのだろう。

 町を歩きながら私はふと思い出した。


「――ジャクリット卿。

 ご存知かと思いますが、ミストラル公国のフォーリッジ領にて未知の病いが広がっています。

 体の節々に黒い斑紋が浮かびあがり、進行すれば死に至るそうです。

 帝国の医師たちが総力を挙げて調査していますが、いまだに解決の糸口すら掴めていません。

 なにか知見をお持ちだったりしますか?」


 私が尋ねると、ジャクリット卿のウサギのような垂れ耳がピクリと反応した。


「はい、私も噂では耳にしています。

 ですが、申し訳ありません。

 残念ながらお役に立てそうにないです」


 その声にはどこか含みがあった。

 私は視線を向け、静かに尋ねてみる。


「……何か気になることでも?」


 しばしの沈黙のあと、ジャクリット卿は歩みを止め、低く呟いた。

 

「最近、妙な噂を耳にしていまして。

 フォーリッジの森の奥でアークデーモンを見かけた、という噂話です」


「……! アークデーモン?」


 思わず足が止まる。

 どうしてアークデーモンが帝国領に?

 アークデーモンはデーモン族のなかでも高位に位置する魔族だ。

 デーモン族の頂点に君臨するデーモンロード。

 その側近がアークデーモン。

 さらにその下にグレーターデーモン、レッサーデーモンと続いていく。

 アークデーモンほどの強力な魔族が侵入すればルクソール公国の魔導師たちが気づくはず。

 それなのになぜ――

 私が眉をひそめているとジャクリット卿が静かに続けた。


「どうも嫌な予感がするのです。

 アークデーモンが動いているのなら、その背後にはデーモンロード。

 つまり、魔王サタン軍の第三塔主だったヘイズバルが関与している可能性があります」



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