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第005話 令嬢作法の稽古


 令嬢作法の特訓?

 ルシウスのやつ、いつの間にそんなこと調べてたんだ?

 貴族社会のことを調べる時間なんてあったとは思えないんだが。

 まぁ細けえことはいいか。

 肩をすくめルシウスをじっと見つめていると、ルシウスは顎に手を当て何やらぶつぶつ呟きはじめた。


「話し方の矯正に女性としての所作、それに表情の訓練。

 やらなきゃいけないことはそれくらいか。

 いや、なによりもまずあの異常にダサい服装を最優先でなんとかしないと……」


「おい! ダサい服装ってなんだよ!

 この格好けっこう気に入ってたんだぞ!」


 聞き捨てならないことを言い出すルシウスにくってかかりつつ、自分の服装にそっと視線を落とす。

 黒山羊の皮で仕立てた漆黒のレザージャケットに灰色のズボンに合わせた無骨なデザインの黒ブーツ。

 全身を黒を基調としたスタイルでまとめた素晴らしいコーデだ。


 こいつらの感性がおかしいのか、それとも俺のセンスがズレているのか。

 ただ、そういうことはそれとなく伝えろよな……

 会話の流れで乏され気落ちしているとルシウスがリアンになにやら耳打ちする。


 するとリアンはニヤリと笑い、部屋にある大きなクローゼットから人間の胴体を模したトルソーを引っ張り出してきた。

 トルソーには燃えるような真紅のドレスが飾られている。


「いつかマッキーに着てもらおうと密かに仕立てておいたドレスある!

 これを着ればマッキーも貴族の令嬢に見えるあるよ!」


「まじかよ、すごいな……

 これをリアンひとりで作ったのか?

 こんな才能があったなんて知らなかったぞ」


 ドレスの生地を触りながら驚いたように呟くとリアンが満更でもない表情になる。

 ってか、いつか着てもらおうってどういうことだ?

 勇者が向かって来ると分かったのはつい最近のはず。

 明らかに時系列がおかしくないか?

 腕を組んで訝しんでいるとリアンが慌ててドレスを近くに運んできた。


「さっそく着替えてみるあるよ!

 ルシウスは壁の方でも向いてるある!

 マッキーが着替えるの私も手伝ってあげるあるね」


「へ? 待て待て待て待て!! 少し落ち着け!!

 流石にお前に着替えさせられるのは抵抗ある。

 さっきもルシウスに言ったが中身は男のままなんだぞ!!」


「マッキーがドレスを自分で着れるとは思えないあるよ。

 大丈夫ある!!

 女体になった今のマッキーだったら私は問題ないあるね」


「お前の問題じゃなくて俺の問題だっての!!」


 必死に抵抗するもリアンは言うことを聞いてくれない。

 あっという間に着ている服を引き剥がされ、あられもない姿を晒してしまう。

 顔を赤らめモジモジしている俺を尻目にリアンはコルセットだのパニエだの見たことのない装具を次々持ち出してきた。


 コルセットはウエストを保持するために使い、パニエはスカートにボリュームを持たせるために使うらしい。

 リアンの介入により俺のドレスアップが完了し、再び姿見に視線を移すと見違えるような姿になった自分が映っていた。


 真紅の髪は黒いリボンの付いたカチューシャで束ねられ、大きく襟ぐりの開いた胸元には白い肌が露出し、大人の色気を醸し出している。

 どちらかといえば清楚なご令嬢というより悪役のご令嬢感が強い。

 ドレスには赤い色を引き立てるよう黒い装飾が所々施されており、気の強そうな雰囲気の俺に違和感なくマッチしていた。


「これで見た目は完璧あるね!

 勇者を惚れさせるのも時間の問題あるよ」


「あぁ……俺の想像を遥かに超える見てくれだ。

 外見だけ見れば100点だぜ」


「あとは喋り方ですね。

 残り1週間かけて女性らしい話し方に矯正しないと」


 さっきまで壁を向いていたルシウスがこちらへ向き直り口を挟んでくる。


「まず、一人称を“俺”ではなく“私”に変えましょう。

 できれば語尾も柔らかい表現にした方がいいです」


「いきなり難しい注文だな……

 まぁ練習はしてみるけどよ。

 だけど、変に口調は変えない方がいいんじゃないか?

 逆に怪しまれそうな気もするぞ」


「ダメです!!

 今の口調では魔王様の野蛮さが滲み出てしまっています。

 表現だけでも変えるよう努力してください。

 例えばトイレに行く時、貴族のご令嬢たちは『お花を摘みに行く』と別の表現に置き換えたりします」


「お鼻をかみに行く?

 風邪ひいてるみたいな言い方だな」


「違います!! 『お花を摘みに行く』です!!」


 俺の勘違いを訂正し、やれやれとこめかみに手を当てるルシウス。

 だけど、こうも側近たちに呆れられると悲しい気持ちになるな。

 俺に教養がないのは理解しているが一応魔族のトップに君臨する魔王なんだぞ?

 少しは敬ってくれよ……


 げんなりとしている俺に畳み掛けるようこの後もルシウスの稽古は日が暮れるまで続いた。

 ドレスの裾をつまんでお辞儀をする練習や朗らかな笑顔を作るための表情筋を鍛えるトレーニングまで。

 女性になりきるというのは思いのほか難しい。


 それにテイレシアスの尻尾を食べたというのに少しも賢くなった気がしない。

 俺の低い知力のせいなのか賢者の知能を授かれるという情報自体がデタラメだったのか。

 これでは性転換の呪いを無駄に付与されただけだ。

 若干の後悔を感じつつも、ルシウスやリアンと共に打倒勇者に向けた準備を着々と進めていくのだった。


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