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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第049話 ベヨネッタとの対峙


 ベヨネッタの声は氷のように冷たく、俺に対する敵意が全身から滲み出ていた。

 突き刺さるような視線に思わず眉をひそめる。

 なんだよいきなり。

 こいつの気に障るようなことでもしたっけ?

 いや、ありえない。

 こいつとの接点なんて俺にはないし、今まで学院で話したことすらねぇ。

 俺が責められる筋合いなどないはずだ。

 

「――なんでしょうか?」


 わけがわからず問い返すも、ベヨネッタは俺に答えることなく、あごの先をくいっと後ろに向けた。

 促されるままに目を向けると、数人の学生に背中をさすられている女子学生の姿がみえる。

 ――セリアだ。

 先ほどまでの傲慢な態度は消え失せ、小刻みに肩を震わせている。

 泣いているのだろうか。


「セリアから聞きました。

 あなたから裏庭で暴力を振るわれたと」


 ――は?

 

 一瞬、理解が追いつかず固まってしまう。

 その間に学生たちの視線が次々集まってきた。


「なにを言ってるのですか?

 あの方に手を上げた覚えなどありませんけど」


「どういう意味かしら?

 つまりあなたはセリアが嘘をついているとでも?」


「そうとしか思えません。

 そもそも先ほど裏庭で少し言葉を交わしただけで、あの方との関わりなど私にはありませんし」


「…………呆れた」


 ベヨネッタは小さく息をつくと、冷え切った目を俺に向けてくる。

 

「まさか自分の非を認めないどころか彼女を嘘つき呼ばわりするなんて。

 さすが魔王令嬢と呼ばれるだけのことはあるわ」


 ベヨネッタの言葉には一切の迷いがない。

 もう完全に俺が加害者ってことで確定してやがる。

 くそ、だんだん腹が立ってきた。

 こいつ、誰に喧嘩売ってるのか分かってんのか?

 こんな姿になっても一応、俺は魔王だぞ!?

 言い返そうと口を開きかけたその時、急に横からフィオネが割って入ってきた。


「そ、それはおかしいです!

 スカーレット様はそんなことしていません!」


 俺の隣で小さく拳を握りしめ、勇気を振り絞るように声を張る。


「ベヨネッタ様!!

 私もその場に居合わせていましたがスカーレット様はセリア様に指一本触れていません!」


 だが、ベヨネッタはフィオネを一瞥すると静かに息をついた。


「あなたのこともセリアから聞きました。

 魔王令嬢に騙されていると」


「だ、騙されている?

 それはいったいどういう意味でしょうか?」


「セリアが言っていました。

 魔王令嬢は巧妙に人心を操り周囲の者を自らの信奉者に仕立て上げている、と。

 こうして庇う姿を見る限り、確かにその通りですね」


 あまりに突拍子のない発言に思わず言葉を失ってしまった。

 俺がフィオネの心を操ってるだと?

 どこをどう捻じ曲げたらそんな話しが出てくるんだ!

 ふざけんなよ!

 怒りが沸々とこみ上がる中、ふと視界の端にセリアの姿が映った。


 涙に濡れた瞳を伏せ、小さく肩を震わせている。

 そんな彼女の唇が、ほんのわずかに弧を描くのを俺は見逃さなかった。

 してやったりという笑顔。

 隠しきれない悪意がその微笑みから滲み出ている。


 ――そういうことか


 こいつは最初から俺を嵌めるつもりで嘘をついていたわけだ。

 周囲の同情を誘い、俺より爵位の高いベヨネッタを焚きつけ、俺を加害者に仕立て上げるために。


「――なるほど」


 俺が立ち上がると講義室に緊張が走った。

 俺の視線に気付いたのか、セリアが慌てて表情を作り直す。

 対するベヨネッタは依然として冷たい眼差しを俺に向けていた。


「何かしら?

 まさか、言い逃れでもするつもり?」


 言い逃れ? 馬鹿馬鹿しい。


「あなたの言いたいことは分かりました。

 少し話しを整理しましょうか」


 ひと息つくと、ベヨネッタとの距離を一歩詰める。


「私が暴力をふるったとのことですが、具体的になにをしたのでしょう?

 まさか、なんの根拠もなく私に突っかかってきたわけではないでしょうね?」


「ええ、もちろん。

 胸ぐらを掴まれ突き飛ばされたとセリアからは聞いています。

 その証拠にセリアは足首を捻っていますので」


 そう言うと勝ち誇ったように胸を張るベヨネッタ。

 それはあいつが勝手に足を滑らせただけだろ!

 なんで俺のせいになるんだよ。


「そんなことスカーレット様はしていません!

 スカーレット様は――」


「もう結構です、フィオネ」


 ベヨネッタが冷ややかに言い放ち、俺を鋭く睨む。


「スカーレットさん?

 あなたはどうしても罪を認めないのですね?」


「ええ、もちろん。

 私はなにもしていないので。

 証拠もなしに私を断罪するあなたの方こそ無理があるのでは?」


「私は証拠を先ほど述べました。

 あなたに突き飛ばされたセリアの足首は赤く腫れています。

 それがなによりの証拠です」

 

 堂々と言ってのけるベヨネッタに俺は心の中でため息をついた。

 このままでは埒が明かない。

 こいつは育ちがいいせいか、今まで他人に騙された経験がないのだろう。

 だからこそ、友人の言葉を疑いもせず盲目的に信じようとする。

 それがどれだけ強引な主張だとしても、擁護する姿勢を崩さない。

 厄介だな。

 話し合いで解決できる相手じゃねぇぞこれは。


「どうしてランセル様はこのような方と和平を締ぶ手助けをしたのでしょう。

 私にはさっぱり分かりません」


 ベヨネッタは呆れたように首を振ると、視線をチラリと周囲に滑らした。

 だが、講義室に勇者の姿はない。

 未知の病いを治す方法でも探し回っているのだろうか。

 呻きの洋館の時も講義に出ていなかったし、今日の午後は戦闘に特化した講義だからな。

 敵知らずの勇者が受講したところで意味ないし。


「――おい、なんの騒ぎだこれは?」


 突如、鋭い声が講義室に響きわたった。

 振り向くと講義室の入り口で仁王立ちしているクレアの姿が目に飛び込んできた。


 

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