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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第三章 霧に紛れた病い
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第048話 神樹様


「――神樹様?」


「はい、そうです。

 神樹様は全身が蔦に覆われた神様で、帝国の守り神として古くから祀られています」


 フィオネの話しをまとめるとこうだ。

 帝国各地に広がる樹海の奥地には神樹様と呼ばれる神様が点在しているらしい。

 伝承によれば、自我をなくし動くことさえできなくなった神々の末裔であり、森の精霊カハクがその身のお世話をしているんだとか。

 おそらく、ガルディア修道院や商業ギルドにあった彫像も、この神様を模したものなんだろう。


 ちなみにフィオネの故郷である領都サイプレスは木材の生産と流通で栄えた街であり、特に神樹様への信仰が強いそうだ。

 住民の多くは苗木の健やかな成長を願って、ほぼ毎日神樹様への祈祷を奉げているらしい。

 俺は顎に指先をあて、少し考え込んだ。


「なるほど。

 神樹様とその精霊が、未知の病いと関係していてもおかしくはないですね。

 ちなみに、その神樹様とやらはどこにいるんです?」


「正確な場所は誰にも分かりません。

 あくまで古い言い伝えに過ぎませんから。

 伝承上では、獣も道を見失うほどの深淵の森に佇んでいると語られています」


 獣も道を見失うほどの深淵の森か。

 テイレシアスが口にしてた話しと一致するな。

 偶然にしては出来すぎている。

 人間の侵入を阻む何らかの結界でも張っているのだろうか。

 だが――仮に黒斑病の原因が神樹様とカハクにあるとして、なぜ今になって人間に害をなすようになったんだ?

 話を聞く限りだと人間との関係は良好そうにみえるのに。

 どちらにせよ、現地に行って確かめるしかねーか。


「最初の感染源がサイプレスだとするなら、その周辺の樹海を調べるのが手っ取り早そうです。

 直接足を運んで確かめてみましょう」


「えっ……?

 で、でも、サイプレスは現在封鎖中ですよ?

 今は特別な許可を得た者しか入れないはずです」


 なるほど。

 さすがに帝国も対応が早い。


「――ちなみに誰の許可が必要なんです?」


「商業ギルド長の許可が必要だと伺っています。

 けれど、私はそんな方と繋がりはありませんし……」


 商業ギルド長?

 ってことは、ハワードのおっさんか。


「ふふ、大丈夫ですよ。

 商業ギルド長のハワードさんとは知り合いですから」


 ぽかんと口を開けたフィオネが、目を見開いたまま聞き返してくる。


「そ、そんな繋がりがスカーレット様に?

 帝国の領主ですら面会に苦労すると聞いていたのに」


「ええ、以前ノブリージュ活動でちょっとした縁があったんです。

 それに魔王である私に毒の類いは効きません。

 ですので、十中八九立ち入りの許可を頂けるはずです」


 内功を会得した武闘家に毒は通じない。

 全身の経脈に巡らせた内功が毒に侵される前に解毒してしまうからだ。

 この力は治癒功とも呼ばれ、至高の境地に達した武闘家が無敵と称される所以のひとつでもある。

 俺が得意げに胸を張っていると、フィオネが小さく俯いてぽつりと呟いた。


「――スカーレット様はどうして思いつくままに行動できるのですか?

 それも自信に満ち溢れた顔で。

 帝都にやって来てまだ日も浅いはずなのに」


 なんだよ突然。

 どうしてって言われても、特に考えちゃいないだけだが。

 もしかして、衝動的に動くアホだと思われてる?

 いや、フィオネに限ってそれはねーか。


「私はスカーレット様のように自分に自信がありません。

 運動も苦手ですし、頭もよくない。

 これといって容姿も優れていません。

 だから、いつも周りの目が気になってしまうんです」

 

 小さな声でそう打ち明けるフィオネを見て、俺は自然とため息が漏れた。


「周りの目なんて気にしても仕方ないですよ。

 他人と自分を同じ物差しで測ろうとするから、足りない部分ばかり目に付くんです」


「でも……」

 

 フィオネの言葉を俺は手を伸ばして止める。


「フィオネがもし周りと違う部分に悩んでいるのなら、それが強みになる可能性だってあります。

 誰にでも他人にはない何かがあるものです」


 これはかつて、俺がエミスから言われた言葉だ。

 俺も魔国領で暮らしていた時は、よく周りの魔族と自分を比較しては落ち込んでいた。

 他の魔族が順当に成長していく中、いくら鍛えても伸びない己の魔力量に絶望していたくらいだ。

 だけど俺は内功を扱えるという隠れた強みに気付けたおかげで、今となってはどんな奴にも負けない武術を身につけることができた。

 偉大な魔導師になるというガキの頃の夢は叶えられなかったが、後悔はしていない。

 フィオネはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷く。

 

「…………私の強みも、いつか見つかるといいな」


「ええ、きっと見つかりますよ。

 苦手なことを克服するより、自分の強みを伸ばす方がずっと楽ですから。

 さ、昼休みも残り少ないですし、早く午後の講義に向かいましょう」


 そう言いながら重い腰を上げると、フィオネと共に講義室に向かった。

 いつもの角席に腰を下ろしたものの、久しぶりの満腹感と心地よい日差しのせいでとてつもなく眠い。

 今日はもう集中できそうにないな。

 思わず大きな欠伸をしかけたその時。

 目の前に鮮やかなオレンジ色のドレスを纏った令嬢が立ちふさがった。

 朱色の髪に大きなリボン。

 ベヨネッタ・グリニッジだ。

 不機嫌そうに眉根を寄せ、腕を組んで俺の顔をじっと睨みつけてくる。


「スカーレットさん? 少しよろしいかしら?」



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