第047話 裏庭での騒動
なんだよこの状況。
俺は思わず顔をしかめた。
好奇心で足を運んだまでは良かったが、そこにあったのは学園劇のいじめシーンのような光景だった。
フィオネはスカートの裾を握り締めて肩を震わせてるし、その周囲には複数の令嬢たちが溢れかえってる。
先頭にいる金髪は――セリアか?
確か、セリアはベヨネッタに付き従う子爵家の令嬢だったはず。
いつも派手なピンクのドレスに身を包んでいるからよく覚えている。
俺が冷ややかな目を向けていると、セリアは青ざめた顔で呟いた。
「……ど、どうして魔王令嬢がこんなところに」
俺って未だに魔王令嬢って呼ばれてんのかよ。
まぁ、どう呼ばれても構わないけどさぁ。
「なにやら騒々しかったものでつい。
いったいなにをなさっていたんですか?
はためには、フィオネ殿の昼食を奪いにきた野盗のようにしか見えませんでしたけど。
昼食を分け合うのは素晴らしいことですが奪い取るなんて、さすがに野蛮では?」
俺が一歩詰め寄るとセリアも一歩後ずさる。
だが、足元の芝生で滑り、危うくバランスを崩しそうになっていた。
「べ、別に食事を奪おうなどとは考えていません!
こんなところで寂しく食事をとっていたフィオネを哀れんでいただけです!」
「――あら?
驚きました。
あなたは群れないと食事もとれないほど小心者ですの?
私もいつもこの辺りで昼食をとっていますが」
俺がクスクス笑う仕草をみせると、セリアは頬を赤く染め唇を噛みしめる。
「…………冗談ですわ」
バツが悪そうにそれだけ言い残すと、セリアは取り巻きを引き連れて足早に去っていった。
これだけ威圧しときゃ、しばらく裏庭には来ないだろう。
ここは俺のお気に入りの場所だからな。
これ以上、騒がしくされてたまるか。
セリアの背中をじっと見送ってから、俺はフィオネに向き直る。
「大丈夫ですか?」
「…………は、はい。
ありがとうございます、スカーレット様」
「いえ、お礼をいわれるほどのことはしていません。
それより――」
カハクの話を切り出そうとしたそのとき
グゥ〜……
場違いな音が静寂の中に響いた。
なんでまたこのタイミングで。
俺が視線を落とすとフィオネのバスケットが目に映る。
おそらく、バスケットから漂う旨そうな匂いに反応してしまったんだろう。
朝からロクなもん食べてなかったからな。
安物のパンだけじゃどうにもならん。
俺が気まずそうに目をそらしていると、フィオネが慌ててバスケットを開き、布に包まれたサンドイッチをひとつ差し出してきた。
「よ、よろしければ、おひとついかがですか?
私が作ったものですけど……」
「――あ、ありがとうございます」
呆気にとられながらサンドイッチを受け取ると、ひとくちかぶりつく。
「こ、これは!
想像以上の美味しさです!」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、とても!
私の側近も料理ができますが、同じくらいこのサンドイッチも美味しいです。
フィオネ殿は料理もお上手なんですね」
パンはふんわりと焼かれ、中の具材は絶妙なバランスで調和している。
特にソースの風味が素晴らしい。
俺が夢中でむさぼっていると、フィオネは照れくさそうに笑っていた。
「あ、あの……よろしければ、私のことはフィオネとお呼びください。
殿なんて、つけられるほどの身分じゃないですから。
それと――もし許していただけるなら、たまに昼食をご一緒させて頂けないでしょうか?
もちろん、スカーレット様の分も作って参ります」
フィオネが少しソワソワしながら俺の顔を見つめてくる。
まじかよ。
まさか魔王の俺と昼食をとりたいなんて言う人間が現れるとは。
やっぱりこの子ちょっと変わってるぞ。
まぁ俺はタダで飯食えるなら全然いいけどよ。
「え、ええ……私は構いませんよ。
フィオネ殿――いえ、フィオネがそれでいいのなら」
「は、はい! ありがとうございます!」
フィオネの表情がぱっと明るくなり、口元が嬉しそうにほころんだ。
その様子があまりに嬉しそうで、見ているこっちまで笑えてくる。
そのあと一緒に昼食を終え、木陰に並んで座っていると、心地よい風が頬を撫でた。
たまには誰かと食事をとるのも悪くないな。
あとはカハクの情報を集めるだけだが。
俺はちらりとフィオネの横顔を盗み見てから、気になっていたことを口にした。
「少しお尋ねしてもいいかしら?
フィオネは森の精霊カハクをご存知です?
昨日の晩、私の側近から話を聞きました。
黒斑病の原因に関わっているかもしれないと。
帝都では知れ渡ってる伝承なのでしょうか?」
「森の精霊カハク、ですか?
は、はい、一応。
ガンダルディア帝国に伝わる古い伝承のひとつです。
カハクは帝国領土に広がる樹海の奥地にて神樹様のお世話をしていると伝えられています」




