第040話 作戦会議
「もちろんですとも!!」
勢いよく頷いたルシウスは、まるでこちらの考えを先読みしていたかのように続ける。
「実は私も同じことを考えておりまして、既に準備を整えてあります」
そう告げると、ルシウスは俺たちを城の奥――評議室まで案内しはじめた。
評議室は魔国領の塔主たちが一堂に会し、領内の方針や軍事戦略について議論を交わすための場所だ。
重厚な石造りの壁には大きな地図が立てかけてあり、中央には漆黒の円卓が鎮座している。
とはいっても、俺とルシウス、リアンの3人になってからは永らく放置されていたため、いつしか評議室も埃をかぶり記憶の片隅に追いやられていたわけだが――
「……へぇ、見違えたな」
扉を押し開けた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは完璧に磨き上げられた床と並べられた椅子、そしてそのひとつに足を組んで座っているイレーネの姿だった。
特徴的な四角帽と青の刺繍が施された官服。
呻きの洋館で出会った時と同じ姿だ。
「ご無沙汰しております、マキナ殿」
椅子からすっと立ち上がり、優雅な所作で一礼するイレーネ。
相変わらず無駄のない動きで隙がない。
「イレーネも元気そうだな。
だけど、正直驚いたぞ。
あれだけ荒れ放題だった魔王城がここまで綺麗になってるとは。
この評議室だって埃ひとつ落ちてねぇ」
「居候させていただいている以上、隅々まで掃除するのは当然です。
それより私のほうこそ驚いていますよ」
イレーネは少しだけ目を細めると、まじまじと俺の顔を見つめてきた。
「まさかマキナ殿が性転換の呪いを受けていて元々の性別が男だったなんて。
はじめてお会いした時と比べて、口調もまるで別人ですし……」
肩をすくめ、少し呆れたように笑うその姿に、俺は小さくため息をついた。
俺が女の姿で帝都に潜伏している事情はルシウスと合流したその日に伝えられたらしい。
みな半信半疑だったみたいだが、俺がジッポウの鏡を通して男の姿に戻ると目を剥いて驚いていた。
むしろここまで令嬢口調を極めた俺の努力をもっと誉めて欲しいぜ。
「まぁ生き延びるために俺も必死だったからな。
勇者の野郎の実力を見ただろ?
今の俺たちじゃ逆立ちしたって勝てっこねえ」
「…………確かにそうですね」
イレーネは静かに頷くと、顎に手を添えて考え込むような仕草を見せた。
「あの人間の限界を超越した異次元の剣捌き。
間違いなく勇者はレベルの概念を壊しています。
いったいどんな禁術に手を出しているのやら。
なんの代償も払わず、あれ程の力を手に入れるなど不可能ですので」
数百年を生きるキョンシーが知らないのだから、並の禁術ではない。
となると、勇者の背後にいるジャクリットの存在がより一層際立ってくる。
くそ、ジャクリットの野郎はいったいなにを勇者に吹きこみやがったんだ?
「それと魔王様」
突然、ルシウスが会話に割って入ってきた。
「先日、魔王城にサタン軍の残党の襲撃がありました。
これを見てください」
ルシウスが俺に手を伸ばしてくる。
まだ新しい赤褐色の毛が数本。
これは――レッサーデーモンの毛か?
「数体のレッサーデーモンが魔王城の宝物庫に忍び込んだ模様です。
近くにいたキョンシーが即座に対処しましたが、奴らは口を割る前に自害してしまいました」
「……宝物庫に?」
イレーネが俺を見やりながら言葉を継ぐ。
「捕らえた者の話によると何かを探していたようです。
サタン軍の財宝でも取り戻しに来たのでしょうか?」
なるほど。
確かにイレーネの推察通り、ふつうに考えれば残された財宝狙いだろう。
だが、襲撃した魔族がレッサーデーモンだった点が気になる。
デーモン族は基本的に集団行動を好まないからだ。
ある例外を除いて――
「…………ヘイズバルが絡んでいるかもしれない」
俺が呟くとルシウスが驚いたように目を見開いた。
ヘイズバルは第三塔の元塔主だ。
アークデーモンやグレーターデーモンといった超好戦的なデーモン族を束ねる長でもある。
口を割らないようレッサーデーモンが自害したのなら、裏にヘイズバルがいる可能性が高い。
統率者の現れたデーモン族は高度な社会性を形成するからだ。
「た、確かにジャクリットが生き延びているのであれば、ヘイズバルも同じようにどこかに潜んでいるはず。
奴らの狙いが分からないのがやっかいですが」
ルシウスは手にしたレッサーデーモンの毛を見つめながら、顔をしかめた。
ジャクリットの野郎に続いてヘイズバルまで裏で動き出してるわけか。
そもそも、なんであいつらは魔王サタンを裏切ったんだ?
どちらも忠誠心なら1、2を争うサタンの腹心だったはず。
どうにもきな臭いな。
「私も魔王城に残った方がいいあるか?
デーモンの数が多くなるなら私の召喚獣が有効あるね」
今まで黙っていたリアンが口を開くとイレーネが首を横に振った。
「我々もいますので問題ありません。
デーモン如きにやられるほど、やわな鍛錬を積んでいませんので。
何体襲撃に来ようが全て返り討ちにしてみせます」
不敵に笑ったイレーネに続いて、ルーシーも自信満々に頷く。
内功を会得したキョンシーならデーモン族にも引けを取らないだろう。
しかも、鏡さえなければ不死身だ。
なし崩し的に魔王城に住んでもらったが、なんとも頼もしい限りだぜ。
「本題に移りますが魔王様」
真剣な面持ちでルシウスが口を開いた。
「魔王様は引き続きオペレーション・クロスドレッシングを遂行してください。
勇者との接触を密にし、可能であればジャクリットとの面会の場を設けてもらう。
そうすれば、ジャクリットがなにを企んでいるか尻尾を掴めるかもしれません。
つまり双方から情報を集める。
これが今後の作戦の肝になります」
勇者とジャクリットの双方から真相を探るか。
確かに今はそれしかない。
今後も真面目な令嬢の振りをして、勇者の気を引くことに専念するか。
「分かった、その方向でいこう」
ルシウスの提案に頷くと、俺はリアンを引き連れて女子寮の自室に戻るのだった。
第2章はここまで。
次話から第3章に入ります。




