第004話 呪いの効果
意を決して口の中の尻尾を咀嚼するも何も味がしない。
旨味のないスジ肉を噛んでいるような感覚だ。
そのまま飲み込んだ次の瞬間、全身が高熱を帯びたように熱くなり心臓に異常な痛みが走った。
「っっ!!」
「魔、魔王様!!
大丈夫ですか!?」
ルシウスが驚いた顔で何かを叫んでいるのが分かる。
胸の痛みが邪魔をして上手く聞き取れない。
なんだよこれ……
こんな副作用があるなんて聞いてねーぞ。
まるで太いロープで心臓を締め付けられているような感覚だった。
思わず片膝をつき胸をおさえる。
意識も朦朧としかけ薄っすらと死を覚悟したその時、徐々に心臓の痛みが引いてくるのが分かった。
体の感覚も少しずつ戻り始める。
――うまくいったのか?
立ちあがろうと膝に手を当てると、右手の甲に何かが刻まれていることに気付いた。
黒い鱗に覆われた2匹の蛇と一本の杖。
杖に纏わりつくように交錯する蛇の紋章が妖しく手の甲に浮かびあがっている。
「魔王様? ご無事ですか?」
「ああ、俺はなんともない。
ただ特に身体に変化を感じないぞ。
テイレシアスの呪いってのはデタラメだったのか?」
「そんなはずはないです。
少々ご無礼致します。ていっ!!」
突如、ローブの内側から杖を取り出したルシウスに俺は頭をしばかれた。
「いてっ!! いきなりなにしやがる!!」
打たれた頭を両手で抑え、咄嗟に言い返すもすぐに違和感に気付く。
――あれ?
いつもより声色が高くなってる?
耳に聞こえてきたのは普段の俺の声ではなく透き通った女の声だった。
訝しげに顔を上げると、驚いたように口をポカンと開けているルシウスとリアンの姿が目に映った。
「す、素晴らしい!!
魔王様!! 実験は大成功です!!」
「これは凄いある!!
あのマッキーがとんでもない美人になっちゃったあるよ!!」
「なんだよお前ら!?
実験とか人をモルモット扱いしやがって!!
俺の顔は一体どうなっちまったんだ!?」
自分の顔をペタペタ触っているとリアンが滑車のついた姿見をどこからともなく持ってきた。
急いで姿見を覗き込む。
そこには端正な顔立ちの女性の姿が映っていた。
顎から首筋にかけてすっきりとしたフェイスライン。
トップス越しでも分かるほどの豊かな胸の膨らみ。
筋肉質だった頃の面影は消え去り、程よくくびれた腰がスタイルの良さを物語っている。
一方、元々の真紅の髪や赤い目の特徴は色濃く残っており完全に別人というわけでもなかった。
「まじかよ……これが俺。
いける、いけるぞルシウス!!
この見てくれなら勇者を落とすなんて楽勝だぜ!!」
肩まで伸びた艶のある髪を手で払いながらルシウスに向けて歓喜の声を上げる。
だが俺と目が合った瞬間、なぜか頬を赤らめ目を逸らすルシウス。
おい、なんだよその反応。
複雑な気持ちになるからやめろよ。
外見は女になっても中身は男のままなんだぞ。
俺が真顔でジト目を向けていると、ルシウスは羞恥心を誤魔化すようわざとらしく咳払いした。
「――失礼しました。
あまりの神々しいお姿に動揺してしまいまして」
な〜にが神々しいお姿だよ。
外見が女になっただけじゃねーか。
「それではさっそく本題に入りましょう。
オペレーション・クロスドレッシングですが、この作戦は大きく3つのステップに分かれます」
「3つのステップ?」
「はい、まず最初のステップは勇者の気を引き親交を深めるフェイズです。
勇者を惚れさせることで偽りの和平を結び、長い時間をかけ勇者と親密な関係になる。
出来れば恋仲の関係にまで至れば理想的でしょう。
ここまでがステップ1になります」
勇者と恋仲の関係になる?
なんでまたそんなことを?
とりあえず和平を結ぶだけじゃダメなのか?
頭の中で疑問が湧いて浮かび作戦の狙いが分からない。
そんな俺を置き去りにしてルシウスは話しを続ける。
「勇者との関係を築いたら次のステップに移ります。
レベル上限の突破方法を探るフェイズです。
勇者のあの異常な強さは異次元のレベルに起因しています。
本来であれば99で止まるはずのレベルを勇者はなんらかの方法で突破している。
その方法をそれとなく聞き出す。
これがステップ2の全貌です」
なるほど……やっと分かった。
レベル上限の解除方法を聞き出すために勇者との関係を深めるわけか。
確かに、ある程度の関係を築いていなければ聞き出せない情報ではある。
出会って数日で尋ねたら逆に怪しまれるからな。
表面上とはいえ勇者と恋愛ごっこなどしたくないが、まぁ背に腹は代えられないか。
贅沢をいえるような状況でもねぇし。
「なんとなく作戦の全貌が分かってきたぞ。
最後のステップではレベルを上げて鼻の下を伸ばしている勇者をぶっ飛ばす。
これで合ってるか?」
「はい、魔王様のご認識の通りです!
同じレベル同士であれば魔王様の敗戦など絶対にありえません。
私の計算では数秒もあれば勇者を抹殺できます!!」
ルシウスが目を輝かせながら自信満々に言い放つ。
オペレーション・クロスドレッシングというネーミングセンスはさておき内容は実に理にかなった作戦だ。
これならしばらくの間はなんとかなるかもしれない。
「よし!! この作戦でいくぞ!!
今の俺の外見なら勇者の心を鷲掴みにするのも時間の問題だろ。
とりあえず勇者が来るまでだらだら過ごすとするか」
「なにを言ってるのですか!
外見はよくなっても今の振る舞いでは無理です!
あまりのギャップにドン引きされるに決まってます!」
俺の安易な提案をバッサリと斬り捨てるルシウス。
「振る舞いって言われてもな〜
外見は変わっても中身は男なんだし、いきなり女らしく振る舞えって言われてもできないぞ」
頭をポリポリと掻きながら俺が呟くとルシウスは不敵な笑みを浮かべた。
「その辺りに関しても抜かりはありません!
このルシウス、貴族社会の令嬢について徹底的に調べておきましたので。
今日から勇者が来るまでの間、魔王様には令嬢作法を身に付けるための特訓を受けて頂きます!!」