第039話 魔王城の変貌
ゲートリンク? なんだよそれ?
俺が腕を組んで首を傾げていると、ルーシーが部屋の壁にペタペタ呪符を貼りはじめた。
呪符によって描かれる人ひとりが通れるサイズの門。
あっという間に全ての呪符を貼り終えると、完成した門の前で得意げに手を鳴らす。
「で、できましたぁ!
これがゲートリンクですぅ!」
「いや、だからなんだよゲートリンクって!
ただ単に呪符をアーチ状に貼り付けただけじゃねーか」
俺がジト目を向けると、ルーシーがドヤ顔で説明しはじめた。
「ゲートリンクはキョンシー族が編み出した移動呪術ですぅ。
ふたつの異なる拠点にゲートを設定することで、誰でも簡単に拠点間を行き来できるようになります。
ちなみに反対側は魔王城のエントランスに繋がってますぅ」
「――簡単に拠点間を行き来できる?
すげぇ〜なおい!!
ってことは、このゲートをくぐればいつでも魔王城に戻れるってことだよな?
いったいどういう原理なんだ?」
「げ、原理は難しくて私もよく分かってないですぅ。
ゲート内の空間を歪ませることで移動を可能にしてると呪術書には書いてありましたが」
目を輝かせる俺の前でルーシーが急に自信のない表情を浮かべる。
だ、大丈夫かよ。
一気に不安になってきたぞ。
「い、今までトラブルなんて起きてないですし、問題ないですよぉ!
とりあえずゲートの中に入ってみてください!」
ルーシーに背中をぐいぐい押され仕方なくゲートに手を伸ばす。
壁に触れようと試みるも、吸い込まれるように通過するため手を添えることができない。
なるほど……あながち嘘でもないわけか。
そのまま意を決してゲート内に飛び込むと、一瞬にして視界が開けた。
「――な、なんだよこれ!」
向こう側に出た瞬間、思わず声が漏れた。
目の前に広がる光景が俺の知っている魔王城ではなかったからだ。
燦然と輝くシャンデリアに磨きあげられた大理石の壁。
城内を覆い尽くしていたクモの巣や青臭い蔦は綺麗に取り除かれ、しわひとつない絨毯が一面に広がっている。
塗装の剥げていた天井は新しく塗りなおされたのか幾何学模様のフレスコ画が永遠と続いていた。
「ど、どうなってるあるか?
まるでお城みたいあるよ!!」
あとからやってきたリアンも後ろで素っ頓狂な声を上げている。
いや、魔王城は元から城だっての。
まぁこの変わりようを見れば驚くのも無理ねえか。
俺も唖然としながら周囲を見渡していると、こちらに駆け寄ってくるルシウスの姿が見えた。
「ま、魔王様~!!
いつ戻られたのですか!!」
「久しいなルシウス。
たった今、ゲートリンクを使って戻ってきたとこだ。
それよりどうなってんだよこれは!?
もはやガルディア城のエントランスじゃねーか!!」
俺が変わり果てた城内を指さすと、ルシウスが満更でもない表情を浮かべる。
「キョンシーたちがいささか掃除を張り切りすぎたようで。
私も驚きましたが格段に過ごしやすくなりましたよ。
鼻につく蔦の匂いも綺麗さっぱりなくなりましたし」
いや、掃除ってレベルじゃないぞこれは。
むしろ大規模なリフォームに近い。
改めて周囲に目を向けると歴代の魔王が描かれたタペストリーまで綺麗に修復されている。
死神の異名を持つ初代魔王や魔眼を持つと恐れられた二代目魔王。
よくみると俺のタペストリーも最後に追加されていた。
――なぜか女の姿で。
「おいっ!!
なんで俺のタペストリーが女の姿になってんだよ!?
俺は男だろーが!!」
俺が怒りに震え自分のタペストリーを指さすと、ルシウスは罰が悪そうな顔を浮かべた。
「ま、魔王様少し落ち着いてください。
万が一、人間の来訪者が来た時に男の姿では性転換がバレてしまいます。
レベルキャップの解放手段が手に入るまでは、このままにしておくべきです」
ちくしょう。
そういうことかよ。
理由は分かったけど、タペストリーが目につくたびに俺は女装してる自分の姿を見なきゃいけねーのか。
くそ、自分の城だってのに気が滅入るぜ。
「それより、魔王様いいんですか?
魔王城にキョンシーたちを招きいれて。
キョンシーは元々人間だと聞いてますが」
「ん? 別に問題ないだろ?
人間との共生なんてあいつらじゃできないだろうし。
その点では俺たち混血と似たようなもんだ。
あとは……ほれ」
そう言いつつ、ポケットの中から金貨袋を引っ張り出すとルシウスに手渡した。
「これは?」
「ノブリージュ活動で手に入った報酬だ。
俺の食費にあてがおうと考えてたが辞めた。
ひとまずお前に預ける。
魔王城に住むやつも一気に増えたしな。
それに、これだけの働きっぷりをキョンシーに見せつけられて無報酬ってわけにもいかないだろ?
俺は自分がタダ働きするのは嫌だが、誰かにさせるのはもっと嫌だからな」
これで明日以降も毎日パン生活確定か。
金貨袋の重さに目を丸くしているルシウスを眺めながら軽くため息をつく。
まぁ毎日ドブネズミ喰ってたガキの頃に比べりゃ遥かにマシだけどよ。
「それと、今後のオペレーション・クロスドレッシングの方向性を相談させてくれ。
どうも勇者はジャクリットの野郎に口止めされてるみたいだからな。
勇者とさらに親交を深めて口を割らせる方向でいくのか、それとも口止めしているジャクリットの野郎に矛先を変えるのか。
ルシウス、お前の考えを聞かせてほしい」




