第038話 呻き声の犯人
今後のノブリージュ活動?
あ〜、なんとなく読めたぞ。
きっと勇者はこのわけの分からない活動から早く抜け出したいんだろう。
今のよそよそしい振る舞いをみるに間違いない。
呻きの洋館の問題は解決したわけだし、そもそも勇者は補習の対象ですらないからな。
クレアの要望で半ば強引に巻き込まれたようなもんだし。
「勇者殿の仰りたいことは分かります。
ノブリージュ活動から抜けたいんですよね?」
俺が名残り惜しむように答えると、勇者は目をパチパチさせた。
「残念ですが仕方ありません。
私の補習にこれ以上付き合って頂くのも申し訳ないですし。
今後は私ひとりでも大丈夫です。
クレア先生には私の方から伝えておきますね」
「い、いえ、そういうわけでは!!
むしろ逆です!!
明日以降も一緒にこの活動を続けたいなと。
できれば依頼のない日もあの部屋に集まる形で」
「………………へ?」
予想外の返答に思わず間抜けな声が漏れてしまう。
明日以降もこの活動を続けたいだって?
――いや、意味がわからん!
ほぼ罰ゲームみたいな活動だってのに。
わけがわからず戸惑っていると、俯きかげんに歩いていた勇者がぽつぽつ喋りはじめた。
「正直に言うとですね。
とても楽しかったんです。
誰かと気兼ねなくお喋りできる日なんて私には来ないと思ってましたから。
理由は――マキナ殿なら分かりますよね?
みんな私を心のどこかで避けてますから。
できればこんな日が明日以降も続けば嬉しいなって。
ど、どうでしょうか?」
そう言い切ると、勇者が不安そうに俺の顔色を伺ってくる。
淀みのない澄んだ瞳に捉えられ俺の心臓が急速に高鳴る。
や、やばい――いつものやつだ。
しかもいつもより激しいやつ。
そのせいか自分の意思で目を逸らすことができない。
こ、これが本物の上目遣いってやつなのか?
いや、落ち着け!!
こいつは男なんだぞ!!
――――違う!!
むしろ男とか性別を意識するからダメなんだ。
そうだ、こいつはトロールだ。
ちょっと痩せたその辺のトロールだと思い込め!
頭の中で棍棒を携えたトロールに勇者の姿を挿げ替え、変な間をあけないよう強引に口を開く。
「…………べ、別にわた、私は構いません、けど?」
噛みまくりだった。
しかもなぜか問うように投げ返してしまう。
だが、そんな俺の返答でも満足したのか、勇者はホッと胸を撫で下ろしていた。
「あ、ありがとうございます。
それではまた学院で――」
それだけ言い残すと足早に去っていく勇者。
照れがあったのかどことなく横顔が赤い。
その後ろ姿を呆然と眺めていると、テイレシアスが唐突に喋りかけてきた。
『なるほどのう。
オペレーション・スケアブリッジはうまくいったようじゃな。
吊り橋効果のせいか、好意的な感情を誤認させることに成功しとるわい。
まさか勇者の苦手なものが幽霊だったとは妾も読めなかったぞ』
「そ、そうだな……そうなのか?」
成功と言われても実感が湧かない。
確かにお化けのごたごたのせいで勇者との仲は多少深まった気がする。
だけど、レベル上限を突破する方法は結局聞き出せていないからだ。
今回の活動を通して分かったのはジャクリットの野郎が関与してることだけ。
勇者との親交をこれ以上深めたところで新しい情報を引き出せるとも思えないし……う〜ん、どうしたもんか。
今後の展望をじっと考えていると、夜通し活動した反動で急に瞼が重くなってくる。
とりあえず、今日はもう寮に戻ろう。
作戦はまた明日ルシウスと話し合えばいい。
さっきの体の異変も睡魔のせいだと思いたいが――たぶん違うんだろうな。
帝都の街を明るく照らしはじめた太陽に背を向け、俺も急いで自室に戻るのだった。
◇ ◇ ◇
呻きの洋館の依頼を終えてから数週間が経った。
勇者と別れたあの日からも、俺はいつもと変わり映えのない日々を過ごしていた。
もっとも、女子寮に門限があったと知らず寮母の婆さんにど叱られた苦々しい記憶だけは、いつまでも残り続けているが。
そんなこんなで、今日は学院が休みなため自室の机に向かってレポートを仕上げていると、ベッドに寝そべり本を読んでいるリアンの姿が目に映る。
時折にやけながら一心不乱にページを捲っていた。
いったいどんな本を読んでんだか。
暇を持て余してるなら部屋の掃除でもしてろよな。
これならキョンシーを呼んだ方がマシだぜ。
心の中で悪態をつきつつ、目の前のレポートに改めて意識を集中させる。
ジッポウから聞いた話では、キョンシーはあのあとすぐに魔王城にたどり着きルシウスと合流できたそうだ。
最初はルシウスにぐちぐち小言を言われたが、今となってはあまり文句を聞かない。
どうも想像の斜め上をいく働きっぷりをキョンシーたちがみせているらしい。
いったいなにをやらせてんだか。
まぁ、あの汚ねぇ魔王城が少しでも綺麗になるなら俺は一向に構わないけどよ。
そんなことを思っていると突然
――――コンコンコン
誰かがドアをノックする音が部屋に響いた。
くそ、朝っぱらから誰だよ?
寮母の婆さんでもまた来たのか?
重い腰を上げてドアに向かうと、外には茶色のベレー帽を被った可愛らしい少女が立っていた。
なんとなく見覚えのある顔だ。
「お、おはようございますぅぅ!」
俺と目が合うと大袈裟にお辞儀をする少女。
このどこか気の抜けた声はルーシーか?
だけど、最後に洋館で会った時から見た目が別人になっている。
特徴的な四角い帽子はベレー帽に変わってるし、青白かった肌も血色の良い肌色に変わっていた。
服装だって帝都の女の子がよく着ている流行り物だ。
「…………ル、ルーシーだよな?」
「は、はい、そうですよぉ?
気付きませんでしたか?
ルシウスさんから人間にバレないよう化粧をされたり、目立たない服を用意してもらいましたけど、マキナ様が気付かないなら大成功ですね」
そう言いながらルーシーが屈託のない笑顔をみせる。
確かにこの見てくれなら街中をうろうろしても変な奴だと思われないだろう。
だけどルシウスの野郎、どこで化粧のやり方なんて覚えてきたんだ?
付け焼き刃の技術にしてはレベルが高すぎる。
――まぁ細けえことはいいか。
キョロキョロ周囲を見渡しているルーシーを急いで部屋の中に招き入れると、空いているソファーに座るよう促した。
「だけどビックリしたぞ。
どっからどうみても人間の女の子にしかみえない。
他のキョンシーたちも驚いてなかったか?」
「そ、そんなことないですぅ。
私は見た目が良くないので。
少しでも綺麗になれるよう努力はしてるんですけど」
俺の問いかけにルーシーがぶんぶんと両手を振る。
見た目が悪いって――そんなことねぇだろ。
どちらかといえばかわいい部類だ。
恥ずかしがって謙遜でもしてるのか?
怪訝に思っていると、テイレシアスが脳内に喋りかけてきた。
『キョンシー族は字が綺麗な者ほど美しいと評されるんじゃ。
彼女たちの本体は呪符だからのう。
外見を重視する人間の美学とはちと異なる。
つまりルーシーは字を書くのが絶望的に下手なんじゃろう』
なんだよそれ。
独特な価値観だな。
そういや、洋館の書斎にルーシーって汚い文字で埋め尽くされた帳簿が散らかってた気もする。
あれは名前を書く練習用に使ってた残骸だったわけか。
「――まぁ、あれだけ帳簿に名前を書いてりゃそのうち字も上手くなるって。
隅から隅までびっしり書いてあったし」
俺がなんとなくフォローを入れると、ルーシーの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「や、やっぱりあの時見てたんですね!?
あれは恥ずかしいので忘れてください!!
あまりの字の汚さに呻く私の声がうるさいと、姉さんに毎回叱られてたくらいですからぁぁ!!」
急にワーワー言いながらルーシーが俺の肩をつかみ揺さぶってくる。
そのあまりの勢いに俺の頭もガクガク前後に揺さぶられた。
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
ってか、呻き声の犯人はおまえだったのかよ。
しかも、なんて残念な理由なんだ……
「それで? 今日はなにしに来たんだ?」
落ち着きを取り戻したルーシーに改めて問い直すと、ルーシーは肩から斜めにぶら下げたポーチを開き、机の上になにかを出し始めた。
ぱっと見では呪符の束のようにみえる。
「そういえば、まだ伝えていませんでしたね。
今日はゲートリンクを作りに来たんですぅ」




