第037話 依頼を終えて
商業ギルドに到着するとハワードが机に突っ伏して眠っていた。
俺たちが戻るまでギルドで待っていたみたいだ。
近づいて起こそうか迷っていると足音で目が覚めたのか寝ぼけた顔を向けてくる。
「い、いつの間にお戻りに!?」
「ついさっき戻ってきたところです。
私と勇者殿の二人ならこれくらい造作もないですよ」
俺が意気揚々と洋館で起きた出来事を説明すると、ハワードは驚いたように目を見開き、しばらく呆然としていた。
洋館に張り巡らされた呪術に、キョンシーと呼ばれる不死の怪物。
最初は信じて貰えるか不安だったが、ハワードの反応を見るに無用な心配だったようだ。
「となると、今はなにも洋館に潜んでいないということでしょうか?」
「はい、洋館の呪術はすでに解除されています。
呻き声が聞こえたり金縛りにあうこともないはずです」
「お〜素晴らしい!!
こうしてはいられません!
すぐにでも自分の目で確かめて参ります!」
そう言うと、ハワードは急いで身支度を整え、ギルドから飛び出していった。
よほどあの洋館に頭を悩ませていたのだろう。
俺たちがギルドを出るころには、既にその背中すら見えなくなっていた。
「マキナ殿のおかげで助かりました」
夜明け前の街路を歩きながら、隣の勇者がぽつりと呟く。
「いえ、それはこちらのセリフです。
聖剣がなければどうにもならない状況でしたし」
「そんなことはありません。
マキナ殿の提案がなければ私は彼女たちを騎士団に引き渡すしかなかった。
それにお化けに足がすくんで動けなかった私をおぶさってくれたのもマキナ殿ですし。
きっと私は重たかったですよね?」
「え? 重たくなかったですよ?
むしろ、軽過ぎるくらいでした」
その言葉を口にして、俺はすぐに口を閉じた。
今のは失言だったか?
男のくせに筋肉のないヒョロガリみたいに受け取られるかも。
若干焦りながら勇者の顔色を伺うも、なぜかクスッと笑われる。
「軽かったですか。それは良かった」
俺の心配をよそに口元に手を添え嬉しそうに微笑む勇者。
その仕草にまたドキリとしてしまう。
――ちくしょう!
なんで男なのに可愛いいとか思っちまうんだよ。
まじで頭がおかしくなっちまった気分だ。
いや、待てよ。
俺の体の異変はさて置き、今の流れなら自然にレベルキャップの秘密を聞き出せるんじゃないか?
つまりオペレーション・クロスドレッシングの次のステップに移行できるはず。
ここで切り込むべきか否か。
いや、躊躇っても仕方ねぇ。
こんなチャンスはもう訪れないかもしれない。
ここは遠回しに探りをいれてみるか。
「そういえば、勇者殿はキョンシーの族長を軽くあしらっていましたけど……なにか秘密があるのですか?
私もあの異次元の動きには目を疑いましたので」
覚悟を決めて口火を切ると、勇者の動きが不自然に止まった。
どこか戸惑っているようにもみえる。
やべぇ、やっぱりまだ早かったか?
俺が焦って別の話題に切り替えようとしたその時、勇者が先に口を開いた。
「すみません、それはマキナ殿にも言えないです。
ジャクリット卿に他言禁止と釘を刺されていますので」
「…………へ? ジャクリット?
ジャ、ジャクリットってもしかして魔王サタン軍のジャクリットですか!?」
「ええ、そうですけど。
マキナ殿はご存知なかったのですか?
ジャクリット卿はだいぶ前に魔王サタンを裏切って人間側に寝返っていますが」
「は、初耳です。
私も打倒サタンに向けて修行をするため軍を数年離れていましたので……」
「そうでしたか。
今では功績を認められて卿の爵位を授与されています。
確か帝都近くのクレメンシア公国にある港町で暮らしているはずです」
そう言いながら勇者がこめかみに指を当て、記憶を探るような仕草をみせる。
――嘘だろ?
ジャクリットがまだ生きてるだって?
しかも、魔族を裏切って帝国内で暮らしてるだと?
確かに魔王サタンへの下剋上の際にジャクリットの姿はなかった。
不審に思っていたがまさか人間側に寝返っていたとは。
驚きのあまり言葉が出てこない。
ジャクリットは第二塔の塔主だった月兎族の魔族だ。
表情の読み取れない吊り目に垂れ下がった長耳。
礼儀や挨拶にやたら厳しい俺の一番苦手な塔主だった。
そうなると他の塔主も気になりはじめる。
ジャクリットどころか第三、第四の塔主も俺は姿を見ていない。
俺が打ちのめしたのは第五塔の党首だったミノタウロスのみ。
てっきり、他の塔主は勇者にやられたものと思い込んでいたが違うのか?
ミノタウロスはともかく他の塔主が簡単にくたばるとは思えない。
「人間に寝返ったのはジャクリットだけでしょうか?
他の塔主がどうなったか勇者殿はご存知ですか?」
我慢できず尋ねてみると、勇者がキョトンとした顔を向けてきた。
「ジャクリット卿以外は知らないです。
そもそも魔族の塔主についてあまり詳しくないので」
「そ、そうですか」
勇者が知らないとなると生きている可能性が高い。
どう考えても、勇者以外に負けるような連中ではないからだ。
いったいどこでなにしてるんだか。
それに勇者の言い草ではレベルキャップの突破方法はジャクリットから教わったように聞こえる。
ジャクリットの野郎は勇者になにを吹き込んだんだ?
そんな方法があるなら真っ先に魔王サタンに報告しているはず。
なにか裏があるとしか思えない。
俺がジャクリットの思惑を推察していると何か言いたげな勇者の様子に気付いた。
遠慮がちにこちらをチラチラみつめてくる。
「どうしましたか?」
「す、すみません。
私も少し尋ねてみたくて。
聞きたかったのは今後のノブリージュ活動についてです」




