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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第二章 呻きの洋館
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第033話 呻きの洋館⑦

 

 ありえない光景に窓ガラスの前で固まっていると、洋館の正門からこちらを見上げている俺自身と目が合った。

 背筋に悪寒が走り慌てて窓から離れる。

 あの顔は間違いなく俺だ。

 絶対に他人の空似なんかじゃない。

 それとも、あれも洋館に仕掛けられた魔法が関係してるのか?

 訳が分からずその場で右往左往していると、勇者が怪訝な顔を向けてきた。


「どうしたのですか?」


「い、いえ、自分の姿に瓜ふたつの者が急に洋館の前に現れたもので……」


「そ、それはどういう――」


 そこまで言いかけたところで勇者は押し黙った。

 真っ青な顔で目を見開き、口をパクパクさせながら俺の背後を指差してくる。

 なんだよ突然。

 勇者の異変に戸惑い振り返ると、部屋の隅にひとりの少女が立っていた。

 青白い肌につぶらな黒い瞳。

 頭には大きな四角い帽子を被り、青い刺繍の入った管服を身に纏っている。

 次の瞬間、背後でなにかが崩れ落ちる音がした。

 

 振り返ると苦悶の表情を浮かべた勇者がソファの上で伸びている。

 あの幽霊らしき存在を目の当たりにして気絶してしまったんだろう。

 正直、俺も驚いてるくらいだ。

 魔力を一切感じないため少なくとも魔族や魔物の類いではない。

 だが、同時に生気も感じられないため人間でもない。

 つまり言葉で表すなら幽霊としか言い表せないわけだ。

 まじで幽霊なんてこの世に存在したのかよ。

 じっとこちらをみつめる不気味な少女に動揺していると、ふと帽子に貼られた紙片が目に入った。

 目を凝らすと、帝国の帳簿をお札サイズにカットしたものにみえる。


『そうか、そういうことじゃったか!!

 分かったぞ! 呻きの洋館に潜む者の正体が!』


 突如、脳内でテイレシアスの声が響いた。


『あれは人間の動く死体、すなわちキョンシーじゃ!』


「キョンシー? なんだよそれ?」


 聞いたことのない言葉に俺の頭が混乱する。


『昔、呪術と呼ばれる特殊な力を操る人間がおった。

 呪符と呼ばれる札を生み出し、魔法のような現象を引き起こす者たちじゃ。

 その呪術の中でも禁忌と呼ばれるものが蘇生術。

 呪符に意識を移し死体を蘇らせる禁術じゃ。

 蘇った死体は永遠の命を持ち、それらはキョンシーと呼ばれ太古の昔から恐れられるようになった』


「まじかよ……そんな奴らが洋館に潜んでたのか?」


『そうじゃ!

 そう考えれば今までの現象にも説明がつく。

 魔族でも魔物でもない人間の死体じゃから、もちろんキョンシーは魔力を宿していない。

 それにあの鏡の割れた化粧台。

 キョンシーは鏡が苦手ゆえ、あらかじめ鏡を割って別の場所に隔離していたのじゃろう。

 姿がみえないのは洋館全体に姿を眩ます呪術を作動させていたからじゃ。

 その証拠に辺りをよく見ると見つかりにくい場所に呪符が張られておる。

 おそらく洋館内の至る所に同じような呪符が貼られているはずじゃ。

 どうりで誰にもみつけられないわけじゃい』


 テイレシアスの助言を受け部屋の中をキョロキョロ見渡すと、確かに帳簿を切り取った呪符らしきものがソファーの脚や本棚の隅に貼られている。

 最初に感じた金縛りも、呪術の結界に入ってしまったせいだろう。

 帳簿が大量に散らかったこの部屋はさしずめ呪符の生産部屋ってとこか?

 くそ、驚かせやがって。

 まじで幽霊が現れたと勘違いしちまったじゃねーか。

 正体がバレたことに勘付いたのか目の前のキョンシーが急にアワアワし始めた。


「は、はやく出ていくですぅぅぅ!!」


 なんだよその気の抜ける声……もうちょっと覇気のある声で喋ってくれよ。


「で、出て行くのはそちらの方です!

 私が怒る前に急いで退去した方が身のためですよ?

 ご存知ないかと思いますが、私は魔国領を統べる当代の魔王ですので」


「そ、そう言われても困りますぅぅ。

 私たちも他に身を隠す場所がないんですぅぅ」


 可愛らしい声を発しながらキョンシーが応戦する構えをとる。

 腰を落とし前足に重心をかけた構えだ。

 前手である掌を胸の前に出し、後手は腰の近くで構えている。

 この構えは八卦掌?

 こいつ武闘家だったのか!?

 俺が目を丸くしているとキョンシーは前足を軸に円を描きながらゆっくり近づいてきた。

 走圏と呼ばれる八卦掌の基本歩法だ。

 この独特な動きで相手の視覚やタイミングを狂わせ、自分の攻撃を常に有利な位置から繰り出す。


 それにこの流れるような足捌きは只者じゃない。

 俺も重心を後ろ足にかけたまま前後に足を開き、肩の位置で掌を構える。

 俺がエミスから教わった武術は形意拳。

 この構えは三体式と呼ばれる形意拳の基本姿勢だ。

 回転を主体とする八卦掌と異なり形意拳は直線的で力強い動きを得意とする。

 お手並み拝見といくか。

 俺は気を全身に巡らせるべく呼吸を整えると、近づいてくるキョンシーに合わせて地面を強く蹴り出し、拳を一直線に突き出した。


 だが、キョンシーの前手にうまく絡みとられ、円を描くように回り込まれる。

 そして体勢の崩れた俺の腹部にキョンシーの螺旋を描く掌底が打ち込まれた。

 刹那――腹部を貫く衝撃が浸透する。

 なんだこの衝撃!

 もしかして掌底に内功が込められてたのか?

 俺が腹部を抑えて苦しんでいるとキョンシーが心配そうに口を開いた。


「だ、大丈夫ですかぁ?

 は、はやく降参するですよ。

 私の掌底をこれ以上受けると内臓が破裂してしまいます」


「――ふふ、さすがは八卦掌。

 内気功武術の一角をなすだけのことはありますね」


 エミスから教わった内気功武術には3つの流派がある。

 キョンシーが先ほど見せた八卦掌と俺が会得した形意拳、そして太極拳だ。

 ちなみにエミスはどの技法も扱える超人だった。

 俺は毎日エミスにボコボコにされながら鍛え上げられたため内功には耐性がある。

 エミスの強大な内功を思えばキョンシーの内功など取るに足らない。

 抑えていた腹部から手を離すと再び三体式の構えをとった。


「ですが、遊びはここまでです。

 ここからは私も本気でいかせてもらいます」


 その言葉にキョンシーが一瞬たじろいだ。

 目線を揺らし、動揺を隠せない様子が伝わってくる。

 その反応を見逃さず、俺は唯一扱える魔法を呟いた。

 

「…………バフィカル」


 同時に膨大な内功が全身を駆け巡る。

 死なない程度に内功を拳に纏わせた俺はキョンシーとの間を一瞬にして詰め、再び拳を突き放った。


「うぐぅ……」


 キョンシーの体がくの字に曲がり、勢いよく後ろに飛ばされた。

 背後にあった本棚に激しく衝突し、まるで人形のように前のめりに倒れ込む。

 インパクトの直前に手を挟まれたが、さすがに今回は受け流せなかったようだ。

 帽子から亜麻色の髪が露出しピクリとも動かない。

 さすがに立ち上がれねぇか。

 虫の息の相手から目を逸らし、ソファーで気を失っている勇者の元に向かいかけたその時――突如キョンシーがむくりと顔を上げた。

 

 そのまま何事もなかったかのように立ち上がると衣服に付いた埃をぱらぱら払い始める。

 なんで立ち上がれんだ?

 普通の人間なら衝撃で悶絶してるはずなのに。

 信じられない光景に愕然としていると、キョンシーは目をキラキラさせながら俺に喋りかけてきた。


「お、驚きました。

 あなたも内功を扱えるのですかぁ?

 それに、これほどの形意拳の使い手は私も初めてですぅ」

 


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