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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第二章 呻きの洋館
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第031話 呻きの洋館⑤


 商業ギルドを出発した俺たちはハワードと共に西区の入り組んだ路地裏を進んでいた。

 この先の見晴らしの良い丘の上に呻きの洋館はあるらしい。

 昔は領民で賑わうピクニックの定番スポットだったらしいが、今では薄気味悪がって誰も近寄らないんだとか。

 しばらく歩いていると赤茶けたレンガ造りの大きな館が姿をあらわす。

 あれが呻きの洋館か?

 

 遠目には古びた屋敷にしか見えないが、夕暮れの薄明りに照らされたその姿はどこか品のある佇まいを漂わせていた。

 正門の鍵を開けるハワードを尻目に洋館の様子をしげしげ観察していると、3階の窓からこちらを凝視している人影に気付く。

 なんだあれ? 誰か居るぞ。

 勇者も人影に気付いたようだ。

 眉をひそめ険しい顔を覗かせている。

 しばらくすると人影は後ずさるようにゆっくり窓の奥へ消えていった。


「マキナ殿も気付きましたか」


「はい、何者かが潜んでいるのは間違いなさそうです。

 ただ、事前に聞いていた話しと少し異なりますね。

 あの人影からは微量の魔力を感じました。

 騎士団の調査報告が嘘だったのでしょうか」


「私もそこが気になりました。

 帝都の騎士団が見逃すはずないと思うのですが。

 なにかカラクリがあるのかもしれません。

 危険な予感がするのでハワードさんは先に商業ギルドへ戻ってください。

 犯人を拘束次第、あらためて報告に向かいます」


「わ、分かりました!

 おふたりともどうかお気をつけて!」


 ハワードに見送られながら閑散とした敷地内に入り石畳の舗装路を警戒しながら進む。

 誰も住んでいない洋館にしてはやけに綺麗な庭園だ。

 周囲を見渡しても落ち葉ひとつ落ちていない。

 洋館に潜む何者かが手入れしてるのだろうか。

 そのまま何事もなく洋館の前にたどりつくと、金色のドアノブに手をかけ内部に足を踏み入れる。

 その瞬間、体が硬直し背筋に謎の悪寒が走った。

 なんだよ今の感覚!

 金縛りの魔法をかけられたような嫌な感覚だ。


「い、今のはいったい……」


 勇者の声がわずかに震えた。

 その顔はどこか不安げで、俺を頼るような眼差しを向けてくる。

 どうやら勇者も同じ感覚に襲われたらしい。


「分かりません。

 勇者殿も感じたのであれば気のせいではなさそうです。

 これがハワードさんの言っていた異空間に迷い込んだ感覚なのでしょうか。

 けれど魔力が行使された痕跡は感じないですし……仕組みがさっぱり分かりませんねぇ。

 建物全体に作用させているのなら、かなり大掛かりな魔法のはずですが」


 足元に注意を払いながら洋館内をじっくり観察する。

 内部は思っていたよりも広く、エントランスの天井に吊るされたシャンデリアが静かに揺れていた。

 窓ガラスから差し込む夕暮れの灯りが微かに部屋を照らしている。

 なにかが潜んでいる気配はするが姿はみえない。

 いったいどこに潜んでいるのやら。

 時刻の合っていないアンティーク時計に目をやりつつ中央階段に向かうとミシリと床の軋む音がした。

 ヒッと小さく悲鳴を上げ勇者が俺の袖を掴んでくる。


「す、すみません!

 少し驚いてしまいまして……」


 俺と目が合うと慌てて袖を離し視線を逸らす勇者。

 なんだよ今の女みたいな悲鳴。

 調子狂うな。

 まさか、こいつ怖がってるのか?

 いや、流石にそれはないと信じたいが。

 勇者の異変に戸惑いつつ中央階段を登っていると、俺たちを監視するような嫌な視線に気付いた。

 それもひとつではない。

 少なくとも10人はいる。

 キョロキョロと辺りを見渡すも壁に掛けられた油絵くらいしか見当たらない。


 どの油絵にも貴族の姿が描かれており、その瞳はどこか哀しげで俺たちを見つめ返しているようにみえる。

 試しに近くの油絵に触れてみるも特に異変はない。

 ただ、油絵の女が俺の動きを目で追っているようにみえて仕方なかった。

 すると勇者がまた俺の袖を掴んでくる。


「この油絵……どこかおかしくないですか?

 私たちのことを観察するような視線を感じます」


「…………私も同じことを考えていました。

 ですが、調べてみた限り普通の油絵のようです。

 魔力の痕跡も感じませんし……変ですね。

 ひとまず人影のみえた3階の角部屋に向かいましょう」


 油絵から目を逸らし階段を登るも、なぜか勇者が袖を離してくれない。

 顔色も悪く明らかに様子がおかしい。

 なんなんだよ、さっきからいったい。

 さっさと犯人を取っ捕まえてハワードのおっさんのところに連れていきたいってのに。


 袖を引かれ若干の歩きにくさを感じながらも、俺たちはようやく三階に到着した。

 この先に問題の角部屋がある。

 長い廊下の壁際には古びた木彫りの彫刻が等間隔に並んでおり妙に生々しい。

 しかも、彫刻からも油絵と同じ嫌な視線を感じるのだ。

 まるで俺たちの一挙手一投足を観察しているかのように。


 常に視線の付きまとう感覚に苛立っていると、廊下の脇にある年季の入ったドアが目に入った。

 なぜかこのドアだけなにも手入れされていない。

 他のと比べても明らかに異質だ。

 そっとドアノブに手を掛けると、中には鏡の割れた化粧台が寂しげに放置されていた。


「どうして割れた鏡をそのままにしているのでしょう。

 他の家具は丁寧に手入れされてるのに」


 化粧台の前で立ち止まった勇者が俺に尋ねてくる。


「修繕するお金がなかったんじゃないですか?

 前の持ち主は没落した貴族とも聞いてますし」


 そう言いながら指で触れてみる。

 ホコリが堆積していたのか指が灰色に染まった。

 なんでこんな化粧台を捨てずに放置してるんだ?

 と、その時


 ――――――ミシッ


 急に背後で木材のきしむ足音がした。

 勇者がビクッと身を震わせたのが袖越しに伝わる。

 俺も反射的に振り返るが、そこには誰もいない。

 おかしいな。

 確かに人の気配を感じたんだが。

 部屋から顔を出しキョロキョロ周囲を見渡すもすでに人の気配はなく、漆黒の闇が廊下の奥まで延々と続いていた。

 いつの間にか日も暮れてしまったみたいだ。


「い、いまの物音はいったい……」


「古い木材の軋む音だと思います。

 年季の入った家具が多いのでそれが原因かと。

 ですが犯人もなかなか姿を現しませんね。

 正直、私もここまで苦戦するとは思ってもみませんでした。

 さっさと犯人を引きずり出して懲らしめてやりましょう!

 これ以上、無駄に時間を浪費されるのもシャクなので」


 俺が軽く欠伸をしながら部屋を出ようとすると。


「…………マ、マキナ殿」


 勇者のか細い声が聞こえてきた。

 振り返ると、勇者がその場に立ちすくみ俺の袖をぎゅっと握りしめている。

 ――なんだよその潤んだ瞳。

 なにか勇者の気に障るようなことしちまったか?

 まったく心当たりがないんだが。

 俺が戸惑っていると勇者は唇をわずかに震わせ口を開いた。


「マ、マキナ殿はお化けが怖くないんですか?」

 


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