第030話 呻きの洋館④
部屋から出た俺は勇者のあとを追いかけるよう学院の廊下を歩いていた。
この方向は正門のはず。
商業ギルド長に会いに行くとか言ってたが、勇者はいったいどこに向かってるんだ?
行き先が分からず首を傾げていると勇者が急に振り返ってきた。
「すみません、行き先を伝えていませんでしたね。
今から西区にある商業ギルドの本部に向かいます。
本部内でハワードさんから話しを伺う手筈になっているので」
「しょ、商業ギルドの本部ですか?
はじめて訪れる場所です」
「そうでしたか。
帝国の商家を束ねる本部なだけあり都内でも一際立派な建屋なんですよ」
そう言いながら学院の正門を出る勇者。
俺からすれば商業ギルドどころか西区に入るのもはじめてだ。
帝都の中央噴水広場をまっすぐ抜けて西区に入ると、大小様々な建屋の立ち並ぶ大通りが見えてきた。
フルーツを山積みにしている果物屋やガラス越しにアンティーク時計を展示している雑貨屋。
ガラス細工や陶器を並べている工芸店からは煙突が突き出し、細長い煙がゆらゆら立ち昇っている。
ここが帝都の商店街か。
少なくとも金のない俺には無縁の場所だろう。
おしゃれなテラスで紅茶を嗜んでいる貴族を尻目に大通りを進むと巨大な三角屋根の建物が見えてきた。
明らかにほかの建物と門構えが違う。
三角屋根の頂きには木の根を全身に這わせたような彫像がそびえ立ち、太陽の日に照らされ眩い光を放っていた。
「あれが商業ギルドの本部です。
あと、あそこに立っている男性がハワードさんになります。
私たちを出迎えるために本部前で待っていたようですね」
勇者が歩きながら指さす先にはひとりの男が立っていた。
パーマの掛かった白髪に深緑色の瞳。
年齢は50代くらいにみえる。
小太りの体にフィットした麻服をまとい足元はサンダルというラフな格好だ。
「スカーレット様ですか?
どうもはじめまして。
私が商業ギルド長のハワードです。
学院からはるばるお越し頂きありがとうございます」
俺と目が合うと物腰の柔らかそうな所作でお辞儀するハワード。
商業ギルドの長ともなれば、さぞ厳格な人物なのだろうと想像していただけについ呆気に取られてしまう。
「こ、こちらこそはじめまして。
魔国領の当主のマキナ・スカーレットです」
「ふふ、クレア教員から話しは聞いてますぞ。
容姿端麗なうえに性格も至極真面目。
さらには魔国領に伝わる徒手武術まで心得た優秀な学生だと。
まずは私が管理している洋館の現状について説明させてください」
ハワードに手招きされ商業ギルドの中に入ると至る所に机と椅子の配置されたエントランスが広がっていた。
それぞれの机を商人たちが取り囲み活発な議論を交わしている。
俺たちも空いていた角机に向かうとハワードと対面になるような形で椅子に腰をおろした。
「さっそくですが呻きの洋館の怪奇現象について教えてください。
私たちも帝都の騎士団から話しは聞いてますが、少女の幽霊が出るという噂は本当なのでしょうか?」
着席するなり勇者が問いかけるとハワードの顔色がどんより曇る。
「…………得体の知れないなにかが潜んでいるのは間違いありません。
それが幽霊なのかは私にも分かりかねます。
いつからかは覚えていませんが、ある日を境にあの洋館はおかしくなりました。
洋館内に入ると異空間に紛れ込んだような気味の悪い感覚に襲われるのです」
「異空間……ですか?」
「はい、さらには侵入した者に警告するよう家具が突然動いたり異音が鳴ったりします。
そして極めつけはおびただしい数の視線。
洋館内に入ると常に複数人に睨まれているような眼差しを浴びせられるのです。
まるで早く出て行けと言わんばかりに」
そこまで言うとハワードは沈痛な面持ちで深いため息をついた。
おびただしい数の嫌な視線か。
となると犯人は複数犯ということになる。
少女の幽霊の他にも仲間が潜んでるってことなのか?
それだけの人数が潜んでいるなら帝都の騎士団がみつけだせるはずだが。
う〜ん、さっぱり分からん。
犯人の正体について悶々と考えていると、ハワードはおもむろにポーチから金貨袋を取り出し俺たちの前に差し出してきた。
「もしこの現象の解明に取り組んでもらえるなら報酬として金貨100枚支払います。
私も売れない物件を抱えてこれ以上の赤字を垂れ流したくありませんので。
どうでしょう?
危険であることを承知で洋館を調べて貰えませんか?」
目の前に置かれた金貨袋に目を奪われ思わずゴクリと生唾を飲み込む。
もはやハワードの喋っていた内容など少しも頭に入ってこない。
まじかよ。
俺と勇者からしたら危険なんてたかが知れてるし破格な報酬だぞこれ。
やっと俺にも金運が巡ってきたようだ。
あまりの金額に心の中で小躍りしていると隣に座っていた勇者がスッと金貨袋をハワードさんに戻した。
「報酬はお気持ちだけで充分です。
ノブリージュ活動は奉仕活動みたいなものですし洋館を調べるだけならすぐに終わりますから」
突然わけの分からないことを勇者が言い出し、俺の頭が真っ白になる。
はぁ!? なに言ってんだこいつ?
無償で人助けするなんてありえねぇだろ。
こっちはパン生活からの脱却が掛かってんだぞ!
上手いこと言いくるめて俺の金貨だけでも取り返さねぇと。
喉元まで出かかった文句の数々を押さえ込み平静を取り戻すと、にこやかな笑みを勇者に向けた。
「いやいやいや、勇者殿?
ハワードさんのご好意を無碍にしてはダメですよ。
奉仕活動とはいえ教会や孤児院に寄付するなど使い道は色々あるのですから」
あくまで自分が欲しいとは言わず、勇者が押し返した金貨袋をこちらにたぐり寄せる。
我ながら素晴らしい演技だ。
これなら誰も俺が強欲な奴だと思うまい。
「そ、そうですか?
私はハワードさんの好意を無碍にするつもりなど微塵もなかったのですが……」
「先ほどの言い方では報酬が安すぎて押し返したように捉えられますよ。
ひとまず、今回のところはありがたく頂いておきましょう」
俺は自然な所作で金貨袋を手中に収めると自らのポケットに素早く忍ばせた。
よし! 貰った金額分くらいは働いてやるか。
報酬に満足した俺は勢いよく立ち上がると目の前でポカンとしているハワードをまっすぐ見据える。
「それではハワードさん!
あとは私たちに任せてください!
当代の魔王である私と勇者殿が協力すれば遅くとも明日中には解決できるはずです」
「お〜これはなんとも頼もしい!
ありがとうございますスカーレット様!!
すぐにでも呻きの洋館へ参りましょう。
私がおふた方を現地まで案内いたします!!」




