第003話 テイレシアスの尻尾
目の前でふんぞり返っているリアンをジト目で眺めながら俺は苛立ち混じりのため息をついた。
こいつはいったい何を言ってるんだ?
俺が女装して勇者に色仕掛けするだって!?
そんな無茶苦茶な作戦が成功するわけないだろ……
「面白くない冗談はやめろ。
勇者が来るまであと1週間しかないんだぞ!!」
「冗談じゃないある!!
魔王と勇者で偽りの和平を結んでしばらく時間を稼ぐ。
むしろこの方法以外、助かる道なんてないあるよ」
「百歩譲って色仕掛け作戦でいくにしてもリアンが勇者を落とす役でいいだろ。
俺がわざわざ女装する必要性が分からん!」
「この作戦は魔王であるマッキーが勇者と和平を結ぶことに意味があるあるよ。
仮に私が勇者を籠絡させても勇者にとって魔王は邪魔な存在なだけあるね。
最悪、私以外は処刑されるかもしれないある。
私だけが助かっても意味ないあるよ」
なるほど。確かにリアンの言い分も一理ある。
こいつはこいつで俺たちのことも考えてたわけか。
こういうところがあるから憎めないんだよな。
「とりあえず俺がハニトラを仕掛けなきゃならん理由は分かった。
だけど流石に女装は無理があるぞ。
仮に外見は誤魔化せたとしても声ですぐバレるって。
女の声なんて俺には出せねーし」
「そこも対策を考えてるから大丈夫あるね。
これを食べれば問題ないあるよ」
そう言うと、リアンはポケットから何かを取り出し俺に差し出してきた。
なんだこれ?
目を細めてよく見ると茶色く干からびた細長い物体が手のひらに置かれている。
ぱっと見ではトカゲの尻尾にしか見えない。
指でつまみ上げ、しげしげと観察しているとルシウスがコホンと咳払いした。
「魔王様、それはテイレシアスの尻尾です」
「テイレシアスの尻尾?」
「そうです。
口にすれば予言者と称される賢者テイレシアスの知能を授かれます。
代償として木の棒で頭を叩かれると性別が反転する呪いを負いますが」
「魔王城にあったのを私が見つけたあるよ。
世にも珍しい神話級のアイテムある。
マッキーの女装に都合のいい呪いだし、賢者の知能も授かれる。
今の状況だとまさに一石二鳥あるね」
頭の後ろで手を組んだリアンがニコニコしながら無責任なことを言い放つ。
木の棒で頭を叩かれたら性別が反転するだって?
しかもこれを俺に喰えと。
もはや女装じゃなくて性転換じゃねーか!!
「冗談じゃない!! 俺はそんなもん喰わねーぞ!!
性別が変わるなんて呪い絶対嫌だからな!!」
「大丈夫ある! 魔族は雌雄同体が多いあるね!
サイクロプスにオーク、ゴブリンにコボルトまで。
マッキーもいつかは心も女の子になって勇者と結婚できるあるよ」
「そんなわけあるかっっ!!」
俺は大声でツッコミを入れるとテイレシアスの尻尾を地面に叩きつけた。
「な、なにするあるかー!!」
床を点々と転がる尻尾を慌てて拾いに向かうリアン。
なーにが大丈夫だ!
心まで女になってたまるかっての。
「魔王様!!
ですがこの方法以外に打つ手がないのも事実です。
荒廃した魔国領を発展させるというご自身の野望を諦めるのですか?
呪いと言っても木の棒で叩けばいつでも元に戻れます。
野心のためなら多少の犠牲は払うべきかと」
ルシウスが神妙な顔で諭すよう俺に意見を述べてくる。
ここまでルシウスが必死になるのも珍しい。
正攻法では本当に勇者に勝ち目がないのだろう。
だけど……まじでこれ喰うのかよ。
そもそも性別が女になったくらいで勇者の気を引けるのか?
俺には乙女心なんてまったく分からんし、いくら勇者が女好きだからって和平を結べるとは思えんぞ。
疑心暗鬼に陥りつつリアンが拾ってきたテイレシアスの尻尾にチラリと視線を向ける。
だが、俺もこの腐りきった魔国領を立ち直したいという野望は忘れていない。
こいつらとバカ騒ぎする日々もなんだかんだで充実していたのも事実だ。
仕方ない。最後の瞬間まで足掻くのも悪くないか。
「分かったよ! 喰えばいいんだろ、喰えば!
こうなりゃヤケだ!!
勇者だろうがなんだろうが俺の美貌で骨抜きにしてやるよ!!」
俺は威勢よく啖呵をきると、リアンからテイレシアスの尻尾をひったくり口の中へ放り込むのだった。