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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第二章 呻きの洋館
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第029話 呻きの洋館③


 ガルディア学院の座学は商業に関するものが多い。

 大多数の貴族は商家の出身であり、より多くの富をもたらすべく商才を伸ばす方向に重きを置いているからだ。

 そして帝都の西区にはこれらの商家を取りまとめる商業ギルドがある。

 商業ギルドは商家への人材斡旋や商家同士の揉め事を仲裁するための組織であり、帝国に属する商家は必ず商業ギルドに加盟しなければならない。

 といっても、商業ギルドに加盟すれば帝国の庇護を受けられるため、それほど悪くない話しだ。

 

 例えば貴族の領土に魔物や隣国の襲撃があれば帝国が即座に騎士団を派遣することになっている。

 これが敵国への抑止力にもなっているため、商人は安心して事業に取り組めるわけだ。

 その代わり、領主は商業ギルドを通じて帝国に税金を納めなければいけない。

 俺も金を稼ぐために毎日欠かさず講義を聞いているわけだが、正直まったくついていけていなかった。

 

 特にたった今聴講している帳簿の講義はなおさらだ。

 帳簿とは商人が事業を行ううえで発生する取引や金の流れを記録するための紙面を指す。

 理解していれば便利な紙なんだろうが基礎知識のない俺にはさっぱり分からなかった。

 しかも午後の講義ということも相まって眠気が尋常じゃない。

 周りを見渡しても気を失ったように眠っている学生がほとんどだ。

 眠気を誤魔化すため、先ほど気になっていた吊り橋効果を小声でテイレシアスに尋ねてみる。


「なぁ? さっき苦笑してた吊り橋効果の勘違いってなんなんだ?」


『なんじゃ突然……今は講義中じゃぞ?』


「いや、眠気の限界でもう瞼が落ちる寸前なんだ。

 ほとんど催眠術に近いぞこの講義。

 気分転換も兼ねてちょっと教えてくれよ」


『しょうがないのう。

 まず、吊り橋効果とは吊り橋によってもたらされる恐怖や緊張を恋愛感情という間違った意識に誤認させることじゃ。

 つまり相手が幽霊を恐れていない限り、そもそも恋愛感情など芽生えん。

 今回の相手は帝国の皇太子殿下であり、この国の勇者なのじゃろ?

 どう考えても勇者がお化け如きに恐怖を抱くとは思えんからな。

 十中八九、吊り橋効果など期待できんはずじゃ』

 

「なるほど、そういうことか。

 危うくまたルシウスの提案に嵌められるところだったぜ」


『くく、じゃがギャップ受けはあながち間違いではないかもしれんぞ?

 美貌を兼ね備えた魔王がお化けを怖がる素振りを見せるなど中々のギャップじゃからな』


「――ギャップ受けねぇ……」


 テイレシアスの忠告を聞きつつ、お化けに怯えている自分の姿をぼんやりイメージする。

 俺がいうのもなんだが演技力は高い方だと思う。

 なんてったって、学院の女子寮で男だとバレずに堂々と暮らしてるくらいだ。

 ふつうの奴ならすぐに見破られて打首にされているはず。

 そう考えると少し練習してから試してみるのもいいかもしれない。

 最初の頃は女らしく振舞うことに抵抗を感じていたが、慣れてきた今では徐々に面白くなってきていた。

 自分の演技で他人が容易く騙されるのは愉快なものだ。

 

 そんなことを考えていると講義の終わりを告げる終礼が鳴り響いた。

 それと同時に続々と学生たちが立ち上がり講義室から出ていく。

 そういえば午後の講義で珍しく勇者の姿を見かけなかったな。

 サボってどこかに遊びに行ってるのだろうか。

 くそ、結局俺ひとりで洋館の調査すんのかよ。

 他の学生たちが全員立ち去ってから俺も重い腰を上げ、ノブリージュ活動用に用意された部屋へ向かう。

 ガチャリとドアを開け部屋の中に入るとすでに勇者が椅子に座って待っていた。


「は、早いですね。

 午後の講義は欠席されたのですか?」


 俺が対面の椅子に座り喋りかけると、いつもの優しい微笑みを勇者が向けてくる。


「はい、呻きの洋館のことを色々調べておきたかったものでつい。

 おかげでそれなりに情報が集まりましたが」


 ふと周囲を見渡すと散らかっていた部屋もどこかスッキリしている。

 どうやら勇者がひとりで整理整頓したようだ。

 意外に綺麗好きなんだなこいつ。


「マキナ殿は今回の犯人が魔族や魔物の仕業だと思いますか?」


「いえ、従者にも確認しましたが魔族や魔物の類いではないと考えています。

 帝都の騎士団が魔力の痕跡を見落とすはずありませんので。

 おそらく魔力を宿していない人間のいたずらではないかと……」


 昼休みに推察していた考えを勇者に話すも、さすがに現実味のない幽霊のせいだとは言えなかった。

 アホな奴だと思われて心の中で笑われたくはない。


「私も同意見です。

 少なくとも魔族や魔物は絡んでいないと思います。

 そもそも衛兵の目をかいくぐり帝都に侵入できるはずがないので。

 ただ、呻きの洋館を調査した騎士団員に話しを伺いに行ったのですが、少し気がかりなことを言っていました」


「…………気がかりなことですか?」


「はい、その団員は帽子を被った少女の姿を見たと報告した者です。

 少女は我々と同じ16歳程の見た目らしく、生気をまったく感じさせない顔に綺麗な黒い瞳が特徴的だったとのこと。

 団員と目が合った瞬間、その場から瞬く間に消えてしまったようですが」


「黒い瞳であれば少なくとも魔族や魔物ではないですね。

 魔族や魔物は皆赤目なので。

 特徴を聞くにただの人間とも思えませんし――人間でもなければ魔族でもない者。

 つまり呻きの洋館には幽霊が潜んでいると?」


「はい……騎士団の勇敢な戦士が今でも怯えているくらいです。

 信じられませんが幽霊と呼ばれる何かが本当に潜んでいるのかもしれません」


 顎に手を添えた勇者が重たい口調でそう呟く。

 まじかよ。

 幽霊なんて絶対にありえないと思ってたが本当にいるのか?

 未だに信じられないぞ。

 

「取り急ぎ、まずは呻きの洋館の管理人に会う必要がありそうです」


「そうですね。

 報酬の金額も確認しなければなりませんし。

 費やした時間以上の金額は確実に提示して貰わないと」


 幽霊について考えていた俺が上の空で応えてしまい勇者がポカンとした表情を浮かべる。

 やべぇ、つい本心を口走っちまった。

 適当に誤魔化さねぇと。


「わ、私もちょうど管理人に会いたいと思っていたところでした!!

 ほ、報酬も大事ですけど事件の解決が最優先ですもの」

 

「ふふ、そうですね。

 それではさっそく向かいましょう」


 そう言うと唐突に立ち上がる勇者。


「え? 向かうってどこへ?」


「もちろん呻きの洋館を管理している者のところです。

 事前にクレア先生にお願いして本日顔を合わせる約束を取り継いで貰いました。

 呻きの洋館の管理者は商業ギルドの長でもあるハワードさんです」


 

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