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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第二章 呻きの洋館
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第027話 呻きの洋館①

 

 呻きの洋館?

 なんだその不気味な名前の建物。

 帝都で暮らすようになってからもう1ヶ月くらい経つが、そんな洋館聞いたことねぇぞ。


「私のとある知人の管理している洋館が問題を抱えていてな。

 なんでも夜になると、どこからともなく少女の呻き声が聞こえてくるらしい。

 もちろん洋館に住んでいる者などいないのにだ。

 それで都内でも変な噂が広まったみたいで、引き取り手が一向に現れず頭を抱えているそうなんだ」


「少女の呻き声?

 なにか魔物の類いが絡んでいるのでしょうか?」


 意味深な口調で話すクレアに勇者が眉をひそめる。


「いや、帝都の騎士団の調査では魔物が潜んでいるような気配はなかったらしい。

 魔族や魔物の放つ魔力の痕跡も一切見られなかった。

 ただ調査の途中で原因不明の異常現象が度々起こったそうだ。

 ぬいぐるみの置き場所が毎晩変わっていたり何者かの足跡が廊下に薄っすら残っていたり、さらには帽子を被った少女の姿を一瞬見たという者さえいる」


「…………つまり、幽霊が潜んでいると?」


「ああ、そう報告する者も多い。

 魔力のない平民の悪戯にしては度が過ぎているし、その洋館の前の持ち主が大昔に没落した貴族のようでな。

 呻き声の正体はその貴族の一人娘の怨霊じゃないかと噂されている。

 結局、原因が分からないまま調査は打ち切りになってしまったみたいだが……」


 貴族の少女の怨霊だって?

 ばかばかしい。

 幽霊なんてこの世にいるわけないだろ。

 目の前で真剣に話し合っているふたりを呆れ顔で眺めていると不意にクレアと目が合った。


「そこでスカーレットの出番というわけだ。

 当代の魔王であるスカーレットなら魔族や魔物について詳しいはずだからな。

 本当に超常現象の原因が魔族や魔物の仕業ではないのか見極めて欲しい。

 どうだ?

 私と机に向かってマンツーマンで勉強するよりこっちの方がずっといいだろ?

 ちなみに原因を解明してくれたら報酬もはずむらしいぞ?」


 そう言うと、クレアはニヤリと口角を上げ俺との距離をぐっと詰めてくる。

 昨日、長々と俺に垂れてた勉学に対する説法はなんだったんだよいったい。

 まぁ細けえことはいいか。

 俺としてもわけ分からん勉強するよりこっちの方が楽そうだし。


「…………はい、分かりました。

 ちょうど魔物や魔族に詳しい従者もいるので心当たりがないか聞いてみます」


「うむ、君なら快く引き受けてくれると思ったぞ。

 今日から自由に洋館に出入りできるよう私から知人にも頼んでおこう。

 なにか分かったら何でも教えてほしい。

 呼び出した要件は以上だ。

 スカーレットは講義室に戻っていいぞ。

 すまないがガンダルディアはもう少しだけ残ってくれ」


 クレアの指示にキョトンとした顔を浮かべる勇者。

 なんで勇者だけ?

 勇者の顔を見るに心当たりはなさそうだ。

 だけど変に勘ぐるのも気が引けるし、この場は言う通りにしよう。

 不審に思いつつも椅子から立ち上がった俺はクレアに軽く会釈し、勇者をひとり残して部屋をあとにするのだった。


 ◇ ◇ ◇


 マキナ殿が立ち去り静けさに包まれた部屋の中で私はクレア先生の横顔をじっとみつめていた。

 クレア・グラファイト。

 帝国内随一の武闘派貴族であるグラファイト家出身の教員だ。

 その中でも彼女は希少な古代魔法の使い手だと聞く。

 古代魔法は現代の火・風・水・土・闇・光魔法の礎を築いた強大な魔法らしいが、私も実際に使っているところを見たことはない。

 私が兄に成り代わる前、帝都の離宮でたまに顔を見かけることもあったが、当時はお母様の教え子だと知らなかった。


「すまないな、時間を取らせてしまって」


「いえ、私は問題ありません。

 要件はなんでしょうか」


「まぁそう急かすな。

 少し世間話しでもしてからにしよう。

 どうだね? 学院での生活は?」


「どうって……別にどうもしません。

 講義もそれほど難解ではありませんし、これといった困りごともないので」


「そうか、同年代で仲の良い学友はできたかね?」


「………………」


「その反応を見るにまだのようだな」


 そう呟くと、クレア先生は悩ましげに髪を掻き上げた。

 学院の教員から見ても私は孤立しているように映っているのだろう。

 私に学友など出来るはずもないのに。


「クレア先生もご存知かと思いますが、私は過去に帝都の城下町で問題を起こしています。

 なので、他の学生は私のことを避けていますし学友など出来るはずがありません。

 それに私はひとりで過ごすことに慣れています。

 お気遣いは不要です」


「そのことはもちろん私も知っている。

 辻斬りランセルという蔑称も含めてな。

 私の方でも色々裏で調べたんだ。

 妹であるライラ第一皇女の死をきっかけに乱暴な素振りを見せなくなったこと。

 妹の仇である魔族の王と和解し、和平を結ぶ架け橋になったこと。

 魔国領で捕らえたガーゴイルにとどめを刺さなかったことも含めてな。

 流石に人格が変わり過ぎてはいないか?

 それにライラ第一皇女が命を落とした状況も私は腑に落ちない。

 離宮で他の者の死体が放置されている中、なぜ魔族はライラ様の遺体のみ跡形もなく消し炭にしたのか。

 特に魔族に恨みを抱かれていたわけでもないのにな」

 

 腕を組み淡々と自身の考えを述べるクレア先生。

 その力強い瞳に捉えられ私の心拍数が急激に跳ね上がる。

 もしかして――成り代わりを勘づかれている?


「…………なにが言いたいのでしょう。

 私が妹の死去に関して嘘をついているとでも?」


「いや、断定はしていないさ。

 あくまでひとつの可能性を示しただけだ。

 君の目はどことなくレベッカ様に似ているのでな。

 だが、仮にもし……もしも君の正体がライラ様なのだとしたら……いつでも私に打ち明けてほしい。

 レベッカ様は私を変えてくれた恩人だった。

 そのひとり娘であるライラ様を私は放っておけない」


 優しい顔で諭してくるクレア先生に私の心が激しく揺さぶられる。

 この場ですべてを打ち明けたい気持ちに駆られたが寸前のところで思い留まった。

 すぐにはこの人を信用できない。

 もし成り代わりが父上の耳に入りでもしたら私は帝国を欺いた罪で即日処刑されるだろう。

 帝都の離宮に閉じ込められていた頃はいつ死んでもいいと思っていたのに、今はこんな状況になっても生きたいと思っている。

 誰からも慕われていないのにおかしな話しだ。

 そんなことを考えてしまう自分がますます嫌になる。


「…………いいえ、クレア先生の勘違いです。

 私は正真正銘、ランセル・ガンダルディアなので」


 私がそう答えるとクレア先生が湿り気を帯びたため息をつく。


「…………そうか、すまないな。

 変なことを聞いてしまって。

 今の私の推察は全部忘れてくれ。

 話しを元に戻すと私が君をノブリージュ活動に参加させたのは他者との交流を築いてもらうためなんだ。

 たとえ君が気にしなくとも私は孤立している生徒を放っておけない。

 スカーレットが相手ならお互いに丁度いいと思ってな」


「ずいぶんとマキナ殿のことを買っているのですね。

 彼女は当代の魔王だというのに」


「ふふ、そうか?

 スカーレットは私以外の教員からの評判もいいんだぞ?

 講義はサボらず出席するし課されたレポートも期日までに必ず提出してくる。

 レポート内容がほぼ間違えていることを除けば学院内で1、2を争うまじめな生徒だ。

 他のやる気のない貴族たちにも少しは彼女の姿勢を見習って欲しいものだ」


「…………そうですか」


「ああ、まじめだが不出来な学生というのは教員から好かれるものだからな。

 こちらとしても教えがいがある」


 マキナ殿のことを嬉しそうに語るクレア先生を見て私の心がずしりと沈む。

 なぜならマキナ殿は私のことを嫌っているはずだからだ。

 父上との和平に向けて謁見の間まで案内する道中、彼女は私のことを睨んでいた。

 確実に兄であるランセルの犯した罪を知られているはずだ。

 そんな私なんかと仲良くしてくれるはずがない。


「私も学生の頃は異質な存在だった。

 もちろん、レベッカ様と出会うまで友人などひとりもいなかったさ。

 グラファイト家の貴族を見れば君も分かるだろ?

 どいつもこいつも頑固で癖のある変人ばかりだ。

 今の交友関係の広い私がいるのも当時の学院でのノブリージュ活動のおかげなんだぞ?

 よし! 私からの話しは以上だ。

 長くなってしまってすまないな。

 もうすぐ講義が始まるだろうから急いで講義室に戻るように!」 


 唐突に立ち上がったクレア先生が早く帰れと言わんばかりに私の背中を押してくる。

 どことなく頬が薄っすら赤い。

 きっと先生なりの照れ隠しなのだろう。

 そのまま有無を言わさず部屋の外へ締め出され、ガチャリと扉の鍵を閉められるのだった。

 

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