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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第二章 呻きの洋館
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第025話 テイレシアス


 盲目の賢者?

 なんだよ突然。

 もしかして、俺が喰ったテイレシアスの尻尾が関係してるのか?

 

『なんじゃ、反応が薄いのう。

 おぬし、妾の意識を宿した蛇の尻尾を食べたじゃろ?

 食べた者に賢者の知識を授ける。

 それがテイレシアスの尻尾の正体じゃ』


「やっぱりあの尻尾のせいか!!

 くそ、なんでまたこんなタイミングで。

 今さら出てこられても遅いってのに……」


『くく、追い詰められとるようじゃな。

 さっそく妾の出番というわけか。

 初交流の証に妾の力で助けてやろう』

 

「助けるって……どうすんだよこの状況で?」


『説明するより実際に見た方が早い』

 

 テイレシアスがそう告げると、突如青白い地図のようなものが目の前に広がった。

 なんだこれ?

 眉をひそめ半透明の地図を凝視すると学院の館内図のように見える。

 俺のいる女子トイレには赤い点が点滅し、他の場所には複数の青い点がせわしなく動き回っていた。

 これって……俺の現在地と周囲の人間の動きを打点で表してるのか?


『妾は数秒先の未来を予知できる。

 これはその力を応用したものじゃ』


「まじかよ……すげぇなおい!

 つまりこの青い点を避けて移動すれば誰にも見つからないってことか?」


『ああ、そうじゃ。

 本来は戦場での索敵に使うんじゃが。

 まぁ今の状況でも役に立つじゃろ』


「確かにそれが本当ならこれ以上のアイテムはねえ。

 よし! こうなったら覚悟を決めて寮に戻るか。

 ずっとここで籠城するわけにもいかねぇしよ」


 勢いよく便座から立ち上がると、眼前の地図を頼りに周囲を警戒しながら女子トイレを抜け出す。

 しばらく地図を頼りに廊下を進んでみたところ確かに誰とも遭遇しない。

 どうやらテイレシアスの言ってたことは嘘じゃなかったみたいだ。

 だとすればとんでもない地図だぞこれ。

 これさえあればどんな建物にだって忍び込める。

 それこそ王宮に侵入して皇帝の寝首を搔くことだって出来るはずだ。

 ひとまず今は早いとこ寮に戻って女の姿に戻して貰わねぇと。

 

 テイレシアスの地図を頼りに慎重に廊下を進み、目的地である女子寮までたどり着くと一目散に自分の部屋へ飛び込んだ。

 閉めたドアを背にヘナヘナとその場にしゃがみ込む。

 なんとか戻ってこれた。

 もうこんなピンチは金輪際ごめんだぜ。

 ほっと胸を撫で下ろし顔を上げると、鏡面状態のジッポウを通してルシウスと喋っているリアンの姿が目に映った。


「お〜マッキー今日はずいぶん早いあるね!

 ありぁ? なんで男の姿に戻ってるあるか?

 学院内で女装癖にでも目覚めたある?」


「…………俺がスリルを求めて男の姿に戻ると思うか?

 トラブルに決まってんだろ!!

 頭を教鞭で叩かれて元の姿に戻っちまったんだ!!」


 能天気なリアンに悪態を突きソファーに近づくと、頭に被っていた帽子を力任せにぶん投げる。

 今思い返しただけでも背筋がゾッとするぜ。

 無事に部屋まで戻れたのが奇跡に近い。


「ま、魔王様?

 もしかして男の姿を誰かに見られたりしてませんか?」


「いや、誰にも見られてない。

 なぜだか分からんがテイレシアスの尻尾を食べた効果がここにきて現れたんだ。

 それこそ脳内に語りかけてくるカタチでな」


「テイレシアスの効果……ですか?」


「あぁ、それから人の動きを写し出す地図をテイレシアスに作ってもらった。

 今は消えちまったみたいだけどよ。

 その地図のおかげで誰にもバレずにここまで辿り着けたってわけだ」


『くく、感謝するがいい。

 妾がいなければ今頃おぬしは誰かに見つかり打首にされていたはずじゃ』


「はは、間違いねぇ。

 今回はまじで助かったぜ!」


 俺がテイレシアスに感謝の言葉を返すと、リアンがポカンとした表情を浮かべる。


「マッキーは誰と喋ってるあるか?」


「誰って……おまえらには聞こえないのか?」


『妾の声はおぬし以外に届かぬ。

 声が聞こえるのは尻尾を食べた者だけじゃ』


 テイレシアスの声が再び脳内に響いた。

 なるほど……俺にしか聞こえないのか。

 だとすると少し注意しないといけないな。

 学院でこいつと喋ったりしたら独り言を呟く変人だと思われてしまう。

 そんなことを考えていると顎に手を当てたルシウスが言葉を続ける。

 

「どうやらテイレシアスの尻尾を食べた魔王様だけが意思疎通できるみたいですね。

 いずれにせよ頼もしい仲間が増えてなによりです。

 賢者の知識があればオペレーション・クロスドレッシングの遂行も捗るはず。

 勇者の気を惹く方法について相談してみるのも良いかもしれません」

 

 勇者の気を惹くねぇ。

 鏡面の向こうで突拍子のないことを言い出すルシウスにジト目を向ける。

 こいつに人間の色恋沙汰なんて分かるのか?

 トンチンカンな提案されて、上目遣いみたいな落ちになるのは嫌だぞ。

 あの時のことを思い出すと今だに陰鬱な気持ちになるからな。

 ちょっとした不信感を抱きつつも、リアンに木の棒を手渡し軽く頭を叩いてもらう。

 そのまま部屋にあった備え付けの鏡を覗き込むといつもの見慣れた女の姿に戻っていた。

 もはや男の姿より違和感を感じない。

 その内、本来の俺の姿を忘れてしまわないか心配になるぜ。


「そ、そういえば魔王様!!

 勇者を前にすると動悸がするという話しは本当なのでしょうか!?」


 ルシウスの予想外の問いかけに俺の動きがピタリと止まった。

 なんでそのことを知ってるんだ?

 リアンしか知らない話しのはず。

 勢いよく振り返りリアンを睨みつけると罰が悪そうな顔を浮かべている。

 こいつ、口を滑らしやがったな。


「おい! 誰にも口外しない約束だっただろ!!

 な〜にが口が固いだ!!

 ひと月も経たずに知れ渡ってるじゃねーか!!」


「ちょっと口が滑っただけあるよ……

 だけどマッキーも良くないある!

 私たち3人の中で隠し事はダメあるね!!

 それともなにあるか?

 ルシウスは仲間じゃないってことあるか!?」


 すぐに立ち直ると捲し立てるように訳の分からない反論をしてくるリアン。

 なんで俺が悪いことになってんだよ。

 少なくとも俺に非はひとつもねぇだろ。


「魔、魔王様!! 酷いですよ!!

 そんな大事なことをリアンにだけ打ち明けるなんて」


「そうあるよ!!

 私にだけ重荷を背負わせるなんてズルいある!!

 見損なったあるよマッキー!!」


「へ? お、俺が悪いのか!?」


「もちろんある! 今後は気を付けるあるね!」


「…………わ、わりぃ」


 目の前でふんぞり返っているリアンに軽く頭を下げると、分かれば宜しいとでも言わんばかりにウンウンと頭を頷かれる。

 いや、なんで俺が謝ってんだよ。

 どう考えてもこいつが一番悪いだろ。

 くそ……これからは間違ってもリアンになんて相談しねえ。


「で、どうするある? また学院に戻るあるか?」


「いや、今日はもういい。色々あって疲れた。

 学院はまた明日だ。今日はもう寝る」


 それだけ告げると現実逃避するようにベッドに仰向けになる。

 ひとまず正体はバレずに済んだが問題は山積みだ。

 まずはクレアへの弁明をどうするか。

 突き飛ばして部屋から逃走した以上、なにかしらの言い訳を考えなければいけない。

 はぁ〜明日以降どうなることやら。

 頭の後ろで手を組み天井を眺めつつ、今日逃げだした言い訳を必死に考えるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇


 翌朝、俺は何事もなかったかのように学院に向かい講義室で講義が始まるのを待っていた。

 この学院には座席の指定がない。

 各々が好きな席に座って講義を受けるルールになっている。

 俺はいつも目立ちにくい窓側の角席に座り周囲の様子を観察するのが日課になっていた。

 入学して数日も経つと仲の良いグループが形成され皆集団で行動するようになる。

 ちなみに今でもひとりで行動しているのは俺と勇者くらいだ。

 俺は魔王だから仕方ないにせよ、俺と同じくらい勇者も他の学生全員から避けられていた。

 

 おそらく帝都で町娘の首を刎ねた前科が尾を引いているのだろう。

 帝国の皇太子のはずなのに積極的に絡みに行く者が誰もいない。

 自業自得と言いたいところだが、ぱっと見では良い奴に見えるだけに少し不憫に思えてくる。

 ひとりでぽつんと席に座っている勇者をチラチラ見ながら前回の講義のレポートを書いていると、脳内でテイレシアスが喋りかけてきた。


『…………おい、ほとんど間違えておるぞ』


「う、うるさい!

 そんなことは俺も分かってる。

 とりあえず書くことに意義があんだよレポートってのは」


『そうなのか?

 妾が正しい答えを教えてやっても良いんじゃぞ?』


「…………いや、いい。

 教えられても俺の頭じゃ理解できねぇ。

 それに急に賢くなったら教員に怪しまれるだろ?

 むしろほどほどに間違えてるくらいが丁度いいんだよ」


『なるほどのう。

 じゃが、ほどほどにしては適当すぎやせんか?

 もはや正答してる箇所を探す方が大変じゃ。

 これでは間違え探しならぬ正答探しになってしまうぞ』


「う、うっさい!!

 細けえことはいいんだよ。

 あと講義室で喋りかけてくんな。

 独り言呟いてる変な奴だと思われるだろ!」


 なるべく小声でテイレシアスに応答するも周囲の視線を集めていないか心配になる。

 レポートから目を逸らしこちらを伺っている者がいないか見渡すと、いつもの令嬢トリオの姿が視界に入った。

 何やらヒソヒソ声で囁きあっている。


「聞きました? 魔王令嬢の噂?

 教員を振り払って補習から逃げ出したらしくてよ」

「もちろん聞いてますわ!

 なんでも机や椅子を蹴飛ばして逃走したんだとか」

「とんでもない不良令嬢ですわ!

 クレア先生が不憫でならないですわ!」


 なんでそんな話しが広まってんだよ。

 逃げ出すところを誰かに見られちまったのか?

 くそ! 朝からイライラする!

 素知らぬ振りをしてレポートを書き続けるもつい指先に力が入り過ぎ万年筆をへし折ってしまった。

 漏れ出したインクで黒く染まるレポート用紙。

 まじかよ……せっかく8割くらい書けたってのに。

 ついてないぜ。

 

 おじゃんになったレポート用紙を前に深いため息をつくと力任せにぐしゃりと握り潰す。

 そんな俺の振る舞いに怖気付いたのか令嬢トリオは血の気の引いた顔で硬直していた。

 ここに来てから何回目だよこの展開。

 そそくさと散開する令嬢たちをジト目で眺めていると不意に勇者が立ち上がった。

 部屋の壁に備え付けられた時計をチラチラ眺めながら俺の席に近づいてくる。

 なんだなんだ?

 これまで学院内であいつから俺に絡んできたことなんて一度もないのに。

 なんか嫌な予感がするぞ。

 そのまま俺の席の前に来ると勇者は申し訳なさそうな顔で口を開いた。


「マキナ殿、少しよろしいでしょうか?

 クレア先生に連れてくるよう指示されたもので」

 


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