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女装魔王と男装勇者  作者: 柳カエデ
第二章 呻きの洋館
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第024話 補習の末路


 入学試験から数日後。

 俺は学院の廊下に張り出された数メートルはあろう長尺紙を遠くから眺めていた。

 長尺紙には学生の名前がずらりと羅列されている。

 この学院では筆記試験の結果が点数順に並べられ、全生徒に公開されるからだ。

 なんでも学生の競争心を煽って学力を向上させる狙いがあるらしい。

 それなら実技の結果も一緒に貼り出せよな。

 実技がおまけみたいな扱いになってるじゃねーか。

 心の中で悪態をつきつつ、先頭から順番に点数と名前を確認していく。

 

 90点、80点、70点、60点…………

 一向に現れない俺の名前。

 周囲のガヤガヤが俺の焦りに拍車をかけてくる。

 このままだとまずい。

 補習を阻止するには最低でも30点は必要だ。

 果たしてそんな点数が俺に取れてるのだろうか。

 手応えがまったくないだけに、当てずっぽうに書いた数字がたまたま当たっているのを祈るしかない。

 

 50点、40点、30点…………

 と、ここで何故か点数の表記が途切れていた。

 30点より下の者の名前がない。

 どういうことだ?

 俺の名前がないぞ?

 教員がうっかり書き忘れたんだろうか。

 腕を組み首を傾げていると、大きく空白の空いたあとに何かがひっそり書かれていることに気付いた。

 

『マキナ・スカーレット 3点 補習要』


 なんだよこれ?

 くそ、こんな隅っこにひとりだけ省いて書きやがって!

 壁に手をつきガックリ項垂れていると、どこからともなくヒソヒソ声が聞こえてきた。

 

「見ました? 3点ですって!

 わたくし信じられませんわ!!

 どうしたらあんな低い点数取れますの?」

「教員たちもざわついてるらしくてよ!

 学院の最低点を大幅に更新する点数なんですって」

「逆に凄いですわ!

 とんでもないおバカ魔王令嬢ですわ!!」


 くそ!! あいつら許さん!!

 勢いよく振り返り、もはや恒例となった上目遣いで睨みつける。

 目が合った瞬間、令嬢トリオはヒッと短い悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように俺の前から逃げだすのだった。

 けっ! 思い知ったか!

 しばらく背中を睨みつけていると入れ違うようにクレアが前からやってきた。


「ここにいたのかスカーレット。

 その様子を見るに筆記試験の結果を見たようだな。

 ちょっとあそこの部屋まで来て欲しい。

 これからのことを話さねばならん」


 深刻な顔で俺の肩をポンと叩くと、クレアがとある部屋を指差す。

 話しって――どうせ補習のことだよな。

 いったいなにをやらされるんだか。

 これから待ち受ける補習とやらにげんなりしつつ、クレアのあとをとぼとぼついていく。

 指示された部屋に入るとガラクタの入った山積みの箱が目に飛び込んできた。

 他にも薄っすら埃の被った棚や椅子が無造作に置かれている。

 おそらく今は使われていない部屋なのだろう。


「とりあえずその辺の椅子に座りたまえ」


「は、はい。ありがとうございます」


 クレアに促されるまま近くの椅子に腰掛ける。

 なんの部屋だよここ?

 少なくとも講義室じゃないよな?

 そこまで広い部屋でもないし。

 棚の中に収納されていた古い彫刻をしげしげ観察していると、机を間に挟んで俺と向かい合うようにクレアも椅子に腰掛けた。


「ちなみになんで呼ばれたか分かっているか?」


 手にした教鞭で机をトントン叩きながらクレアが尋ねてくる。


「例の補習の件でしょうか?

 私の筆記試験の点数が悪かったようなので」


「お〜察しが良くて助かる。

 学年主任の私が補習を任せられてな。

 どんな補習にするか丁度思いついたところだ。

 それにしても3点は驚いたぞ。

 今まで教育を受けてこなかったのか?」


「――魔国領は力こそ全ての国ですから。

 頭の良さなど生きていく上で不要。

 私も身体を鍛える鍛錬しかしていません」


「なるほど――ただ、帝国ではそうはいかん。

 ここは秩序の上に平和が築かれているからな。

 当然、君にも勉学に励んでもらう」


「………………」


 クレアの宣告にそっと俯き押し黙ってしまう。

 リズミカルに机を叩く教鞭の音だけが静かな部屋の中で響き渡っていた。

 くそ、あんな筆記試験で点数を取れたからってなんの役に立つってんだ。

 それに補習を受けたくらいであの訳の分からん問題が解けるようになるとも思えん。

 これなら武術の新しい型でも編み出してた方がマシだぜ。

 そう考えると段々腹が立ってきた!

 なんで俺だけこんな目に。

 長々と説法を垂れているクレアを尻目にぼんやり他ごとを考えていると、突然教鞭でピシャリと頭を叩かれた。


「おい、ちゃんと聞いてるのか?」


「も、もちろん聞いてますとも!!」


 咄嗟に叩かれた頭を手でさすり反応するもすぐに違和感に気付く。

 なぜかいつもより俺の声が低いのだ。

 それに胸のあたりも急に軽くなったような気がする。

 んん? なんかおかしくないか?

 違和感に眉をひそめ、そっと視線を落とすと大きく隙間の空いた襟ぐりが目に映った。

 なぜか見慣れた豊満な胸がない。

 

 おいおいおいおい、まじかよ!!

 いつの間にか男の姿に戻ってる!?

 なんでだ!?

 頭を木の棒で叩かれていないのに!!

 冷や汗を流しつつ原因を探っていると、クレアの手に握られた木製の教鞭に焦点が合った。

 くそ! あれのせいか!!

 すかさず背中に括りつけてあった帽子を手に取り深々と頭に被る。

 そんな俺の奇行を見たクレアは訝しげに眉をひそめた。


「なんだ突然? 帽子なんか被って」


「…………い、いえ、少し悪寒がしたもので」


 なるべく女っぽい声で返すも違和感しかない。

 こりゃバレるのも時間の問題だ。

 早いとこ隙をついて脱出しねぇと!!


「悪寒? 体調でも悪いのか?

 確かに声もどこかおかしい気がする」


「…………はい、少々喉の調子が悪くてですね」


 愛想笑いを浮かべつつ椅子から立ち上がり、自然な振る舞いで部屋から出ようと試みる。

 だが、そんな俺の前にクレアが先回りして立ち塞がった。


「待て待て待て!!

 急にどうした!?

 いったいどこに行くつもりなんだ?」


「……いえ、ちょっと…………」

 

「ちょっと?

 ちょっとってなんだ?」


「ちょっとはちょっとですわぁぁぁあああ!!!!」


 頭の中がパニックになった俺は奇声をあげながらクレアを両手で突き飛ばす。

 そのまま片手で帽子がずれ落ちないよう頭を押さえつけ邪魔な机を蹴り飛ばすと、部屋を飛び出し、全力疾走で廊下を走り抜け、たまたま近くにあった女子トイレに逃げ込むのだった。

 まずいまずいまずいまずい!!!!

 どうすんだよこれ?

 トイレの個室に籠城した俺は頭を抱えて便座に座り込む。

 

 こんな姿を誰かに見つかったらおしまいだ。

 女装して女子トイレに忍び込んだ変態魔王のレッテルを貼られ罵られながら打首にされるはず。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 だけど、ここにいることをどうやってリアンに伝える?

 仮にリアンが異変に気付いたとしても俺の隠れている場所を見つけるなんて不可能だ。

 ちくしょう!!

 こんなことなら事前に避難場所を共有しておくんだったぜ。

 絶望に打ちひしがれ頭をワシャワシャ搔きむしっていると、どこからともなく誰かの喋り声が脳内に響いた。


『……おい! 聞こ―――え……とる……か―――返事を……しろ……!!』


 なんだこの声?

 キョロキョロと辺りを見渡すも人の気配はない。

 どういうことだ? 幻聴だったのか?

 確かに古風な女の声が聞こえた気がするんだが。

 もう一度脳内に意識を集中させると今度はよりハッキリと同じ声が聞こえてきた。


『やっと気付いたようじゃな。

 (わらわ)はテイレシアス。

 盲目の預言者とも称された大賢者じゃ』

 

 

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