第022話 ガルディア学院
入学当日の朝。
俺は学生寮に隣接するガルディア学院の前で門を見上げていた。
間近で見るととんでもない大きさの建物だ。
ハクアの姉御によると帝国内で16歳を迎えた優秀な貴族たちを集め、2年間みっちり教育を施すための学び舎なんだとか。
教育は主に魔法を扱うための実技と領主としての公務を学ぶ座学に分けられるらしい。
なぜ実技が必要なのかというと、帝国では『力なき者に領民は守れない』という理念が根付いているからだ。
もともと、皇族に武闘派が多いのも関係しているんだろう。
まあ、力こそ正義な価値観は魔族と似たようなもんか。
ちなみに定期的に実施される試験にさえ合格すれば卒業できるため、必ずしも毎日通う必要はないらしい。
そんな緩い規則でいいのかよと思いつつ学院内に足を踏み入れると、舗道の先で立ち止まっている3人の令嬢が目に映った。
揃いもそろって金髪を縦巻きロールさせている絵に描いた風貌の令嬢たちだ。
なにやらこちらをチラチラ見ながらヒソヒソ声で喋っている。
「あれって……噂の魔王令嬢じゃないかしら?」
「きっとそうですわ!
ただならぬ目つきをされてますもの!」
「なんと恐ろしい……わたくし、魔王と一緒の学院なんて嫌ですわ!」
なんだよ魔王令嬢って。
変な呼び名つけやがって。
全部丸聞こえだぞ。
心の中で舌打ちしつつ素通りすると、学生で溢れかえっている学院の入り口が見えてきた。
入り口の前には簡素な台座が設置され、白いカッターシャツ姿の女性が学生を見下ろすよう立っている。
艶のある短い黒髪に鋭い目つきが印象的な女性だ。
「概ね揃ったかな。
私はクレア・グラファイト。
君たちの学年主任を任せられているガルディア学院の教員だ」
あれが学院の教員か。
壇上でハキハキ喋るクレアを眺めながらハクアの姉御が言っていたことを思い出す。
ガルディア学院の教員は帝国内でも特に優れた人材が選ばれるらしい。
さらに貴族の学生たちを教育するため特別な権限を与えられており、たとえ皇族であろうと教員に歯向かえば等しく懲罰を課せられるそうだ。
確かにクレアと名乗る女性からは只者ではないオーラを感じる。
魔力量をみても魔族の幹部クラスはあるだろう。
「さっそくだが君たちにはこれから試験を受けてもらう。
簡単な実技試験と一般教養を問う筆記試験だ。
試験といってもそう身構えることはない。
単に君たちの今の実力を確認したいだけだからな」
突如告げられた一言に周囲がざわめき始めた。
試験?
そんな話し聞いてないぞ!?
実技はともかく、筆記なんて準備ゼロだ。
突然の事態に困惑していると、どこからともなく現れた教員に実技試験会場へ連れていかれる。
試験会場は魔法を試し撃ちできるちょっとした広場になっていた。
「実技試験の内容だが甲冑に向けて魔法を放つだけだ。
どんな魔法でも結構。
各々が得意とする魔法を見せてほしい」
そう言うと、クレアは会場にそびえ立つ赤褐色のレンガの壁を指差す。
壁の前には的となる等身大の甲冑がずらりと立ち並んでいた。
魔法を放つだけって――俺は身体強化魔法しか使えないだぞ。
どうすりゃいいんだよ。
考え込んでいる間に、他の学生たちが次々と魔法を放ち始めた。
だが、命中率は低く、威力もそれなり。
正直言って魔族の下級兵士の方がマシなレベルだ。
貴族ってのは案外こんなもんなのか?
まぁ身体強化魔法しか使えない俺が呆れるのも変な話だが。
そうこうしているうちに俺の番が回ってきた。
クレアの鋭い視線がこちらに投げかけられる。
「――え~っと、クレア先生?
私は武闘家なので身体強化魔法しか使えません。
その、甲冑に近づいて軽く殴打する形でも構わないでしょうか?」
自分で言っといてなんだがひどい申し出だな。
魔法試験の内容で「近づいて殴らせてください」って、正気を疑われても仕方ない。
クレアは案の定、眉をひそめて黙り込んでいた。
だけど身体強化魔法しか扱えない俺にはこれしか見せる魔法がないのも事実。
申し出を呑んでもらうしかないわけだが。
そんな時、またヒソヒソ声が耳に入ってきた。
なんとなく聞き覚えのある声だ。
「今の聞きました? 拳で殴りつけるですって!」
「あの見た目に反してなんと下品な発言ですこと!」
「さすが魔王令嬢ですわ! とっても野蛮ですわ!」
くそ! ですわですわ煩いぞこの小娘共め!!
拳で殴りつけるなんて言い方してねぇだろーが!
全部筒抜けなの気付いてんのかあいつら?
我慢できず上目遣いならぬメンチ切りで威嚇すると、青ざめた顔で素知らぬ振りをする令嬢たち。
そんな様子を見ていたクレアが俺の前で肩をすくめる。
「身体強化魔法しか使えない……か。
分かった。
甲冑まで近づくのを許可しよう」
「あ、ありがとうございます!!
ちなみにあの甲冑は壊してしまってもよろしいのでしょうか?
私の武術は威力を抑えるのが少々難しいもので」
「構わん。好きにしろ。
言っておくがあれはアダマンタイト製の甲冑だ。
つまり魔力を遮断する特性を備えている。
決して拳で壊せるような代物ではない。
逆に拳の骨が折れても知らんぞ」
アダマンタイトの甲冑ねぇ。
忠告するクレアを尻目にゆっくりと甲冑まで足を運ぶ。
あんなの勇者なら一瞬で消し炭にできるだろ。
甲冑の前で立ち止まった俺は軽くため息をつくと、胸部のあたりにそっと人差し指を突きつけた。
衝撃を伝えるには拳ひとつ分の隙間さえあれば充分だ。
体幹部を引いてタメを作り衝撃を加える一点に意識を集中させる。
「――バフィカル」
身体強化魔法を唱えた俺は全身の動きを加速度的に伝達させ拳を前に突き出した。
バギッと鈍い音をたて陥没するアダマンタイトの胸当て。
そのまま後方に吹き飛んだ甲冑は爆音と共にレンガの壁にめり込むのだった。
ぱらぱらと瓦解する壁を眺め満足げに振り返ると、口をあんぐりと開けたクレアが呆然と立ち尽くしている。
「バ、バカな……ありえない!!
なぜバフィカルの魔法があれほどの衝撃を!?
まさか魔国領の——」
「はい、ご認識の通り私は当代の魔王であり魔国領の現当主でもあるマキナと申します。
以後、お見知りおきを」




