第021話 学生寮
「ここが噂に聞くガルディア学院の学生寮あるか!
貴族のお嬢様が過ごす部屋なだけあって広々としてるあるね!」
学生寮の部屋に入るや否や俺の目の前ではしゃぎ回るリアン。
どうしてリアンが帝都に居るのかというと俺が従者として招き入れたからだ。
欲を言えばルシウスに来て欲しかったが、流石に男の従者を女子寮には呼べない。
「おい、あんまり大きい声で騒ぐなよ!
他の奴らに白い目で見られちまうからな」
そうリアンに忠告するのにも理由がある。
学生寮で過ごすようになってからもう1週間経つのだが、なぜか学生らしき令嬢とすれ違うたびに目を逸らされるのだ。
おそらく俺の正体が魔王だとバレてるのだろう。
なにせこの前も大人しそうな令嬢に道を尋ねただけで怯えられたくらいだ。
いったいどこから情報が出回ったんだか。
どちらにせよ、これ以上やばい奴だと思われるわけにはいかない。
大きなカバンを床に広げて荷解きしているリアンを眺めていると、窓の外からするりと何かが入ってくる気配に気付いた。
この気配はジッポウか?
顔を向けると狐火状態のジッポウが意地の悪い笑みを浮かべながら俺の方に近づいてくる。
『よぉ、魔王マキナ。
貴族のご令嬢と一緒に学院でお勉強するんだって?
身体を鍛える修行しかしてこなかったおまえに公務の勉強なんて出来るのかよ?
アホなことがバレて恥を晒すだけじゃねーのか?』
「う、うるせぇぇ!!
そんなこたぁ俺も重々承知だっての!!
冷やかしなら今すぐ帰りやがれ!!」
俺が水の入ったコップを手に取り吹っ掛けると、ジッポウはひらりと身を躱した。
『だから水はやめろって!!
ルシウスが連絡をとりたいらしい。
ひとまず魔王城と繋ぐぞ』
大きな口を開けたジッポウがいつもの鏡形態になると魔王城にひとり残されたルシウスの姿が映った。
「魔王様!!
伝書鳩で伝文を受け取った時は驚きました。
本当に帝都の学院に入学されるのですか?」
「……あぁ、ガルディア学院に通うことが和平条件のひとつらしいからな。
あの勇者も同じ学院に入学するらしい。
おそらく、俺を学院内に閉じ込めて勇者の監視下に置きたいだけなんだろうが」
「なるほど。
ですが勇者もいるなら逆に好都合ですね。
なるべく早く関係を築いてレベル上限の解放手段を聞き出す必要がありますから。
金貨10000枚もの税金など、天地がひっくり返っても払えませんし……」
「そうだな。
税金を集めようにもまず領民がいねぇ。
だけど、この前の上目遣いは失敗しちまったぞ。
勇者の野郎、俺の顔を見て引き攣ってたからな」
「――引き攣ってた?
そんな反応はありえない。
どんな上目遣いをしたのか一度見せて貰えませんか?」
ムスッとしている俺にルシウスが納得のいかない口調で尋ねてくる。
まじかよ。
またあれをやるのか?
もう二度と思い出したくない記憶だってのに。
仕方なく勇者にやった時と同じように目元に力を込め、鏡の向こうで怪訝な顔を浮かべているルシウスに向けてみる。
すると、横から俺の顔を覗き込んできたリアンが腹を抱えてゲラゲラ笑いはじめた。
「ギャハハハハ!!
それで上目遣いは無理があるあるよ!!
どう見てもメンチ切ってるようにしか見えないあるね!
勇者が引き攣るのも無理ないある!!」
俺の顔を指差しヒーヒー腹を抱えて大笑いするリアン。
くそ、こいつ今すぐ魔王城に送り返してやろうか。
イライラしながら部屋に備え付けてあった鏡を覗いてみると、確かにイカつい目で睨みを利かせている俺の姿が映っていた。
なるほど。
これでは確かに相手を威圧しているようにしか見えない。
こりゃ勇者の野郎が固まっちまうわけだぜ。
「ひとまず原因が分かってなによりです。
上目遣いはもう少し練習してからにしましょう。
あとは……リアン!
あれを魔王様に渡してください」
ルシウスが指示を出すとリアンは待ってましたと言わんばかりにカバンをガサゴソ漁りはじめる。
なんだよ突然。
また変なもんでも持ってきたのか?
しばらく待っているとリアンがツバの大きな赤い帽子をカバンから引っ張り出してきた。
「魔王様、帝都にいる間はその帽子を肌身離さず持ち歩いてください」
「帽子を? なんでまた?」
「万が一、木の棒で頭を叩かれた時の応急処置です。
魔王様だけでは性転換できませんから。
幸い魔王様は中性的な顔立ちをしているので、髪型さえ覆い隠してしまえば時間を稼げます。
緊急事態の時は帽子を被って誰かが救援に向かうまで身を隠してください」
そういうことか。
確かに何かのはずみで元の性別に戻ってしまう可能性も充分にありえる。
そうなれば誰かに木の棒で叩いて貰わないと女の姿に戻れない。
テイレシアスの呪いは自分の頭を自分で叩いても発動しないからだ。
そう考えると恐ろしいな。
仮に学院内で男だとバレちまった状況を想像すると身震いする。
そうなれば俺は帝都の女子寮に女装して侵入した変態魔王として未来永劫歴史に汚名を刻まれるはずだ。
まじで木の棒には細心の注意を払っておかねぇと。
「助かるぜ、ルシウス。
帽子は毎日持ち歩くようにする」
「はい、そうしてください。
非常時はリアンが魔王様を探し回りますので。
あとは勇者との親交を深めるだけですね。
なにか学院内で友好関係を築けそうなイベントがあればいいのですが……」
「確かにそうだな。
俺から執拗に声掛けするのも不審に思われるかもしれんし。
う〜ん、どうしたもんか……」
腕を組み俯きながら学院内での計画を考える。
それに勇者を前にした時の俺の異変も問題だ。
勇者と目が合うとなぜか胸がざわついてしまう。
こんなことは生まれてこのかた一度もなかった。
もしかして俺の体に流れてる魔族の血が関係してるのか?
実は俺の親が勇者と関係の深い魔族だった可能性も考えられる。
リアンに一度聞いてみるのもいいかもしれない。
魔族や魔物の生態にやたら詳しいからなあいつ。
そんなことを考えていると急にジッポウの鏡形態が解除された。
おそらく魔力が尽きたのだろう。
狐火状態に戻ったジッポウが覇気のない顔でぷかぷか浮かんでいる。
そんな死にかけのジッポウを介抱しているリアンを眺めていると、キョトンとした顔を向けられた。
「どうしたあるか?
私の顔になにか付いてるある?」
「いや、ちょっと相談したいことがあったんだが。
まぁいいや、忘れてくれ。
別にたいしたことじゃない」
「そう言われると逆に気になるあるよ!
マッキーが私に相談なんて珍しいあるね。
誰にもバラさないから早く打ち明けるある」
そう言うと、どこかワクワクした様子でリアンが俺の元に駆け寄ってくる。
こうなったらもう後には引けない。
聞くだけ聞いてみるとするか。
「相談したかったのは俺の魔族の片親に関してだ。
俺の体にどんな魔族の血が流れているか知りたい」
「マッキーの親?
なんでまたそんなことを?
今まで一度も興味を示さなかったのに」
「――いや、ちょっと俺の体がおかしくてな。
どうも勇者を前にすると変な動悸がするんだ。
リアンなら魔族に詳しいだろ?
俺の見た目からどんな魔族が関係してるのか推測できるんじゃないか?
それが分かれば動悸の原因も分かるかもしれない」
魔族と人間の混血の場合、外見に魔族の特徴を少し残している者が多い。
例えばルシウスは妖狐と人間のハーフなため髪の毛が妖狐特有の銀髪だ。
リアンは妖狸と人間のハーフなため頭部をよく見ると狸の耳が生えている。
俺の特徴と言えば燃えるような真紅の髪の毛くらいだが、それだけで関係する魔族の推測などできるのだろうか。
少なくとも、真紅の髪の毛を持つ魔族なんて俺はエミスしか知らない。
「え〜っと、つまりマッキーが勇者に惚れちゃったってことあるよね?
素直にそういえばいいのに。
まぁ確かに勇者は美形あるから、マッキーがひとめ惚れしちゃうのも無理ないあるよ」
真剣に悩む俺の前でリアンがニヤニヤと口角を上げ、からかってくる。
「おい!! どうしてそうなる!!
それだけは断じてありえん!!
俺は男なんだから勇者に恋心を抱くわけないだろ!」
「その外見で言われても説得力皆無あるね。
それにマッキーの親が雌雄同体の特性を兼ね備えた魔族だって可能性も充分ありえるある」
また雌雄同体の話しかよ!
俺をサイクロプスやオークの連中と一緒にするなっての!
反論しようと口を開きかけるも、急に真面目な顔になったリアンに遮られた。
「冗談はさておき、マッキーの外見から関係する魔族を推測するのは難しいあるよ。
私でも思い当たる魔族がいないある。
マッキーの特徴なんて真紅の髪の毛くらいしかないあるから」
「そ、そうか、リアンでも分からないか。
まぁいいや、ちょっと気になっただけだからな。
今のは忘れてくれ。
あと俺が勇者を前にして動悸がするなんて話し、絶対に誰にもバラすなよ。
特にジッポウに知られたら1日中笑われそうだからな」
「大丈夫ある!!
こうみえて私は口が堅いあるね。
だけど勇者を惚れさせる計画のマッキーが逆に勇者にひとめ惚れしちゃうなんて、これじゃミイラ取りがミイラになったようなものあるよ。
オペレーション・クロスドレッシングの計画が破綻寸前ある」
「だから俺は惚れてないっての!!」
俺が苛立ちまじりに反論すると、リアンは興味を失った野次馬のようにそそくさとジッポウの介抱へ戻っていく。
その後ろ姿を眺めながら俺は乱暴にベッドの上に腰かけた。
俺が勇者に恋心を抱くなんて絶対にありえない。
そもそも俺は魔族であり魔国領の魔王だ。
人間である勇者に見惚れるわけがない。
動悸はきっと別の要因が関係してるはず。
変なことを考えず勇者の気を引くことに集中してればいいんだ。
自分を無理やり納得させると今後の計画を練る方向に意識を集中する。
ただ、入学までの月日は待ってくれない。
気が付いた時にはあっという間に入学当日の朝を迎えているのだった。




