第019話 和平の条件
勇者と同じ金髪で整った顔立ち。
顔のいくつかのパーツは勇者と似ているが、醸し出す空気はまるで別物だった。
無垢で純粋な勇者の瞳とは対照的に、コルキスの目は氷のように冷たい。
まるで虫ケラでも見るような眼差しを俺に向けてくる。
勇者とハクアの姉御のせいで勘違いしていたが、あれこそ本来の人間が魔族を軽蔑する目だ。
俺がまだガキの頃に人間の村でよく向けられていた視線。
たとえ魔族と人間の混血でも関係ない。
魔族の血が流れているだけで、俺たちハーフは人間社会から爪弾きにされる。
忘れかけていた過去の情景が蘇り身構えていると、コルキスが無表情のまま口を開いた。
「お前が魔国領の新しい魔王マキナか?」
「…………はい、そうです」
「くく、魔族のくせに人間と和平を結びたいとは面白い奴め。
なにが目的だ?
どうせくだらぬ悪だくみでも考えているのだろう?」
「いえ、そのようなつもりは……
ただ、私はこれ以上無益な争いをしたくないだけです」
「戯言を……
野蛮で狡猾な魔族とは思えぬ発言だな。
その優れた顔立ちを利用して、ランセルを欺いているだけではないのか?」
コルキスの鋭い指摘に心臓が一気に跳ね上がる。
俺の心を読んでいるのかと錯覚するほどの洞察力だ。
下手なことを喋ればボロが出かねない。
俺が唇を噛んで答えに窮していると、勇者が一歩前に進み助け舟を出してきた。
「陛下! そのようなことはありえません!
マキナ殿はあの大魔王サタンの軍勢を壊滅させています。
本心から我々との和平を望んでいるはずです!」
急に割り込んできた勇者にコルキスの冷淡な視線が注がれる。
その瞳はおよそ息子に向けるものとは思えないほど冷たかった。
なんだよこいつら?
親子なのに仲が悪いのか?
明らかに空気が重くなったぞ。
ふたりの異様な雰囲気に困惑していると、コルキスがおもむろに目を閉じ深いため息をついた。
「…………まぁよい。
ひとまずはその口車に乗ってやろうではないか。
ただし、条件が3つある。
ひとつめは同盟関係ではなく魔国領は帝国の属領とすること。
つまり我々の支配下におくことになる。
これが最低条件だ」
「…………属領ですか?」
「なんだ? 不満なのか?
ならば和平の話しはここで打ち切りだ。
我々が魔国領を滅ぼせば済むだけのことだからな」
逆撫でするようなコルキスの口ぶりに俺の怒りが沸々と湧き上がる。
落ち着け!!
同盟関係だろうと属領だろうと関係ねぇ。
ようはレベル上限の解放手段を聞き出すための一時的な時間稼ぎだ。
最終的には帝国を蹂躙したのち、あいつを血祭にあげればいい。
その時までグッと堪えるんだ!!
「…………いえ、不満はありません」
「そうかそうか、それは良かった。
ふたつめの条件は納税に関してだ。
魔族だとしても帝国の領主となるからには納税の義務が伴う。
来年までに金貨10000枚。
それが魔国領に課す納税額だ」
き、金貨10000枚!?
あまりの金額に思わず目が見開いてしまう。
さすがに1年足らずでその金額は無理だ。
魔国領の財政を理解した上で言ってるのかこいつ?
言葉を失う俺をよそに、コルキスは3つ目の条件を続ける。
「最後の条件は帝都にあるガルディア学院に通うこと。
学院では貴族社会の常識と領土を運営するための公務を学んでもらう。
教養のない者に魔国領の領主など任せられんからな。
どうだ? 魔王マキナよ?
全ての条件を受け入れて我々と和平を結ぶ覚悟はあるか?」
まるで譲歩の余地など与えない口ぶりだった。
だが、こちらも今は従うしかない。
この場で逆らえば、和平どころか即処刑という筋書きもあり得る。
今の勇者に立ち向かったところで返り討ちにあうのが目に見えてるからな。
いつか復讐の機会を得るまで耐えるしかない。
強く握っていた拳をそっと緩めると、俺はまっすぐコルキスの目を見据えた。
「分かりました。すべての条件を呑みます」
「くく、賢明な判断だな。
物分かりのいい魔王で助かる。
それではこちらも和平とやらを結んでやろうじゃないか」
偉そうな口振りでそう言うと、コルキスが満更でもない顔でほくそ笑む。
なにが和平だ。
完全に植民地じゃねーか。
「条件を飲んでもらう以上、こちらも相応の対価を用意せねばな……よし、こうしよう。
魔王マキナには辺境伯の爵位を授ける。
魔国領の当主として、帝国を守る強大な戦力を築いてもらおうではないか」
コルキスの言葉に周囲がざわつきはじめた。
辺境伯? なんだよそれ?
人間社会ではすごい爵位なのか?
「あとは従者をひとり帝都に入れることを許す。
ガルディア学院に通う者は学生寮で過ごす決まりだからな。
従者のひとりもいなくては流石に不便だろう」
「――お気遣いありがとうございます」
慣れない所作でドレスの裾をつまみ、形だけのお辞儀を返す。
なにはともあれ生き延びることには成功した。
あとはどう金貨10000枚もの大金を生み出すかだが、あまりの金額に準備できる未来が見えない。
納税できなければ和平は破棄されるのだろうか。
そうなれば俺たちはおしまいだ。
そうなる前に早いとこ勇者と親睦を深めてレベル上限の解放手段を聞き出さねーと。
そんなことを考えていると、俺は帝国の衛兵に連れられ謁見の間をあとにするのだった。




