第015話 勇者の裏の顔
あの純粋そうな勇者の裏の顔ねぇ……
魔王城で会った時の印象からは想像がつかない。
なにかの間違いじゃねーのか?
俺が疑心暗鬼に満ちた目を向けていると、ジッポウはほくそ笑みながら喋りはじめた。
『まず勇者はコルキス皇帝陛下の息子であり第一皇子だ。
名前はランセル・ガンダルディア。
僅か10歳足らずで聖剣に適合し、勇者となった天才剣士でもある。
その類稀なる才能と優れた容姿も相まって幼少期からずっと持て囃されてきたそうだ。
そのせいか傲慢な性格に育っちまったみたいでな。
徐々に他人を見下す性格になっていったらしい』
「う〜ん……他人を見下す?
喋った限りではそんなことなかったけどな」
『そんな見てくれになっても一応魔王だからだろ。
向こうも最初は警戒してたんじゃねーか?
父親であるコルキスも選民思想を拗らせたヤバい奴らしいからな。
その息子である勇者も似たり寄ったりの思想なはずだ。
それから勇者は毎日の剣の稽古もサボるようになり、女遊びと酒に溺れていった。
そこで留まっていたら勇者もただの遊び人で良かったんだ。
だが、ある日の朝――帝都の城下町で事件は起きた』
「…………事件?」
『あぁ、その日は朝から深酒したのか勇者は酷く酔っぱらっていたらしい。
城下町を歩いていた勇者はとある大通りで町娘に出会った。
誰にでも愛想がよく容姿も美しいと評判の娘だ。
さっそく勇者は口説きにかかったが、拒絶されたみたいでな。
激昂した勇者は聖剣を鞘から抜き町娘の首を刎ねた。
当然、大通りはてんやわんやの大騒ぎよ。
勇者は衛兵に連行されるも町娘が不敬を働いたと主張するばかり。
そして、周囲に目撃者がたくさんいたにも関わらず勇者は無罪放免となった。
仮にも帝国の皇太子殿下だからな。
皇帝の力が働いたんだろう。
その事件以来、勇者は辻斬りランセルと蔑称で囁かれるようになったって話しだ』
「……………………」
勇者の蛮行を聞いて唖然とするあまり言葉が出てこない。
あの優しい佇まいの勇者が領民の首を刎ねただって?
それだけは絶対にありえない。
俺は昔から人の本性を見抜くのに自信がある。
魔族と人間の混血だと、人間社会で迫害された過去があるからだ。
目を見ればそいつがどんな奴かある程度分かるため、俺の直感がジッポウの言葉を否定していた。
『くく、その顔を見るに俺の話しを信じられないってか?
ならおまえも城下町で聞いてみるといい。
帝都の住民なら誰でも知ってる事件のはずだ。
帝都ガルディアの住民で第一皇子を好いてる奴などひとりもいねぇ。
むしろ憎んでいる奴の方が多い。
父親であるコルキスに咎められたのか、最近はなりをひそめているみたいだがな
――どうだ?
勇者の裏の顔を知って?
惚れさせるのに躊躇いが生まれたんじゃねーか?』
そう言い切ると嗜虐的な笑みを浮かべるジッポウ。
その顔は実に楽しそうで喜悦に満ちていた。
相変わらず捻くれた性格してるぜこいつ。
「――いや?
勇者が本当に噂通りのクソ野郎ならこっちもやりやすいってもんだ。
レベルキャップの解放手段さえ聞き出せば勇者は用済みだからな。
惚れさせてから殺すのも悪くねえ。
その町娘の無念を晴らすために、じわじわとなぶり殺しにしてやるよ」
『ははっ、確かにおまえの言う通りだ!
どうせ殺すなら悪人の方が後味も悪くねえ。
作戦の成功を期待してるぜ魔王マキナ』
吹っ切れた俺の顔を見て満足したのか、ジッポウは耳元まで裂けた口を大きく開けガハガハと笑った。
果物を食べて魔力が回復したのだろう。
いつの間にか顔色もだいぶ良くなっている。
そのままふわふわ浮かび上がると、窓の外に勢いよく飛び出し、魔王城に向けて一目散に帰っていった。




