第014話 狐火ジッポウ
宿屋のロビーで代金を支払った俺は今晩泊まる部屋のソファーに腰を降ろし今後のことをじっと考えていた。
帝国と和平を結んだあとはオペレーション・クロスドレッシングの次のステップに進まなければいけない。
すなわち、勇者からレベルキャップの解放手段を聞き出す必要がある。
まだ今の関係で探りを入れるのは難しいだろう。
そのためにも明日以降、勇者との親交をより深める必要があるわけだが、俺にはどう深めればいいのかさっぱり分からなかった。
――これからどうしようか。
ソファーの背もたれに片肘をつき、窓の外をぼんやり眺める。
すると暗闇に紛れて淡い火の玉が浮かんでいることに気付いた。
火の玉はゆらりゆらりと漂いながらこちらに近づき、窓の隙間からスルリと部屋の中に入ってくる。
そして俺の目の前までやって来ると空中でピタッと静止するのだった。
「なんだ、ジッポウか。
何しに来たんだよ」
『わざわざ魔王城から来てやったのにずいぶんと冷たい反応だなおい。
せっかく愛くるしい見た目に変わったってのに、冷淡さが増したんじゃないか?』
「おい、ふざけたこと言ってると水かけて消火すんぞ!」
俺がコップの水を掛ける素振りを見せるとポンと音をたて火の玉が姿を変える。
燃え盛る炎の塊に鋭い目と大きな狐の耳。
ルシウスの使い魔である狐火のジッポウだ。
諜報スキルは一級品なのだが誰に対しても口が悪いため普段はルシウスの持つ魔石に封印されている。
おそらくルシウスの伝言でも伝えに来たんだろう。
『水は辞めろっていつも言ってんだろ!!
ルシウスが今のおまえの状況を把握したいらしい。
とりあえず魔王城と繋ぐぞ』
そう言うとジッポウは大きな口を開け楕円状の鏡のような形態になる。
外周の燃え盛る鏡を覗きこむと魔王城で待機しているルシウスとリアンの姿が映った。
「魔王様!! 元気そうでなによりです!!
無事、帝都ガルディアに到着したみたいですね」
「おう、お前らも元気そうだな?
ちょうど帝国の聖女様に宿まで案内されたとこだ」
「聖女様?
あの勇者のそばに居たちんちくりんの女ですか?」
「――おい!!
だれがちんちんくりんの女だ!!
ハクアの姉御は金貨30枚もの大金を俺に恵んでくれた懐の広いお方なんだぞ?
お前らも聖女様には敬意を持って接しろよな」
「そ、それは失礼しました!!
帝国の人間にも寛大な御仁がいるのですね。
魔族たるもの恩義は倍返しが基本ゆえ謝礼するのも大変ですが……」
「それだけあれば私のネックレスも買えるあるね!
できればエメラルドがいいあるよ!」
ルシウスの頬を手で押し退け、急にリアンが会話に割り込んでくる。
あぁ、そういやそんな約束してたな。
魔王城でリアンと約束したネックレスのことをぼんやり思い返す。
こういう約束だけはしつこく覚えてるんだよなこいつ。
ただ、流石に金貨をネックレスに変えたとバレればハクアの姉御にぶん殴られるだろう。
その辺の雑貨屋でおもちゃのネックレスでも買って渡せば誤魔化せるだろうか。
そんなことを思案していると、ルシウスがリアンを手で押し退け再び鏡の前に現れた。
「それで魔王様!!
帝国との和平に向けてこのあとはどうするつもりなのでしょうか?」
「どうって……どうもしないつもりだぞ。
皇帝と謁見すれば勝手に和平も成立するだろうし」
「なにを甘いことを言ってるのですか!?
まだ和平を結べると決まったわけではありません。
今の内に打てる手は全て打っておくべきです。
ひとまず魔王様は勇者の気を引くことに尽力してください」
「いやいや、気を引くってなにすんだよ?
令嬢口調には慣れたけど色目の使い方なんて俺にはなにも分かんねーぞ!」
俺が両の手のひらを上に向けてお手上げのポーズをとると、ルシウスがやれやれと言わんばかりに自身のおでこに手を添えた。
「まずは簡単な色目の使い方から実践してみましょう。
いきなり大胆なセクシー路線でいくと引かれる可能性がありますので。
例えば――上目遣いなんてどうでしょうか?」
「上目遣い?」
「はい、魔王様の気の強い雰囲気を逆手にとった上目遣いは強力な武器になります」
「おぉ〜ギャップ受けってやつあるね!
さすがルシウス!
今のマッキーの顔面だったら、どんな男でもイチコロあるよ」
「ふふ、うまく使いこなせば勇者はさらに魔王様に惚れ込むはず。
私の計算に間違いはありません!」
「ほ、ほんとかよ、おまえら?
まぁそこまで言うなら今度やってみるけどよ」
ルシウスの提案に頷いていると急にジッポウの鏡形態が解除された。
どうやら制限時間のようだ。
この鏡面会話は便利ではあるが、ジッポウの魔力が尽きると維持できない。
通常の狐火状態に戻ったジッポウは魔力切れのせいか普段より覇気のない表情を浮かべていた。
「――大丈夫か?
死にそうな顔になってるぞ?
今晩はここに泊まってくか?」
『うるせぇ、ちょっと疲れただけだっての!
こんな人間臭い街で過ごしたら俺の鼻がもげちまうからな。
少し休んだら魔王城に戻る』
心配する俺をよそにいつもの悪態をついてくるジッポウ。
ふらふらと長机の上に降り立つと、大皿に盛られた果物をガツガツ食べ始めた。
それだけ悪態をつけるなら問題なさそうだ。
その様子をじっと眺めていた俺はふとルシウスの言っていた勇者の悪評を思い出す。
そういえば、帝都の城下町で情報を収集してたのもジッポウだったよな?
こいつに聞けば勇者の裏の顔を知れるんじゃないか?
「なあ、ちょっといいか?
帝都の城下町で情報を集めてたのっておまえだろ?
勇者の悪評について何か知ってたら教えてくれ。
ルシウスから勇者は好戦的な女たらしと聞いてるんだが、俺にはどうもそうはみえないんだ」
興味本位で尋ねてみるとジッポウは果物を食べる動きをピタッと止めた。
そのあと俺の方に向き直りニヤリと笑う。
『なんだ、あの勇者の裏の顔を知らないのか?
あんな美青年な顔して裏ではあくどいことやってる狂人だぞあいつ?
くく、ちょうど暇つぶしにもいいだろう。
お前が惚れさせようとしている勇者がどんな奴なのか教えてやるよ』




