第013話 帝都ガルディア
「ここが帝都ガルディアか……」
はじめて訪れた帝都の光景に俺は言葉を失うほど圧倒されていた。
広大な敷地を覆うようそびえ立つ大小様々な建物。
舗装された美しい石畳の街道が真っ直ぐ続いており、その両脇には宿屋や飲食店がずらりと立ち並んでいる。
勇者に聞いた話しでは周囲を城壁で囲まれた帝都は別名城塞都市とも呼ばれているらしい。
なんでも王族や貴族たちが暮らす世界一安全な場所なんだとか。
「私はこれからコルキス皇帝陛下へ事情を説明しに向かいます。
謁見の準備が整い次第、声を掛けますのでマキナ殿はしばらく帝都内でお過ごしください。
ハクアはマキナ殿が迷わないよう帝都の案内をお願いします」
勇者は微笑みながらそう言い残すと、踵を返し俺たちの前から去っていった。
急に勇者の仲間であるハクアとふたりっきりになり気まずい沈黙が漂う。
なんだよこの嫌な雰囲気――
こんなことなら帝都に着くまでに仲良くしとけばよかったぜ。
「え、え〜と、これからどうします?」
なるべく朗らかな笑顔を装いハクアに声を掛けてみる。
魔王城でのごたごたの後も俺は何ごともなかったように令嬢口調を貫いていた。
幸い勇者から必要以上に追求されることもなく、勇者の仲間であるハクアからも変な勘繰りを入れられることはなかった。
正直ここまで男だとバレていないのは奇跡に近い。
俺の令嬢口調がよほど上手いのか、はたまたこのふたりが鈍感なだけなのか。
気まずい沈黙に耐えていると、ハクアがムスッとした顔を俺に向けてきた。
「あんた、歳いくつ?」
「えっ? 歳ですか? 16歳ですけど」
「ふ〜ん、私より年下か。
なのになんで私よりずっと背が高いのよ。
発育も私よりだいぶ進んでるようだし」
顎に手を当てたハクアがなにやらぶつぶつと呟く。
なんだよ突然……身長が低いこと気にしてるのか?
まぁ確かにぱっと見は子供みたいに見えるが。
反応に困り愛想笑いを浮かべていると、目の前でフンと鼻を鳴らされる。
「ごめん、自己紹介が遅れたわね。
私の名前はハクア・ルクソール。
帝国の頭脳と称されるルクソール公爵家の長女よ。
ちなみに歳は18歳で帝国の聖女でもあるわ。
あんたより年上なんだからちゃんと敬うように!!」
そう言うと、ハクアはドヤ顔で腰に手を当てえっへんと胸を張った。
純白のローブ越しに見てもなんとも慎ましい胸だ。
どことなくリアンに似た雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
帝国の聖女様はお淑やかで気品に満ちた姿なんだと思っていただけに、どう言葉を返せばいいのか反応に困ってしまう。
「は、はぃぃ……
よろしくお願いしますハクア様」
「うむ、分かればいいのよ分かれば!
さ、早いとこ帝都を散策しましょ!」
乾いた声で返事をした俺の手を引くと、ハクアは上機嫌に都内を案内しはじめた。
ハクア曰く、帝都ガルディアは中央噴水広場を中心に4つの区画で構成されているらしい。
俺たちのいる南区には中央噴水広場へ続く大通り沿いに宿屋や飲食店が立ち並び、城壁外から来た貴族で賑わう観光区域になっているんだとか。
そして、西区には鍛冶屋や衣料品店といった商業施設が広がっているそうだ。
帝国随一の腕前を誇る職人が集められた西区は別名商業区とも呼ばれているらしい。
さらに中央噴水広場から北に進むと帝都の象徴であるガルディア城がそびえ立ち、東区に進むと貴族の学生たちの通うアカデミーがあるとのことだった。
「今日は時間もなかったし、さらっと南区を案内したけどどうだった?」
一通り南区を歩き回ったところでハクアが俺に尋ねてくる。
「――想像以上に発展していて驚きました。
荒れ果てた魔国領とは大違いの街並みです」
「うんうん、そうでしょそうでしょ?
私もはじめて帝都に来た時は同じように思ったもの。
そろそろ日も暮れてきたし続きは明日にしましょ。
今晩はあそこの宿に泊まるといいわ」
沈みかけの夕日が街道を照らす中、ハクアが見るからに高そうな店構えの宿を指さす。
おそらく、観光や仕事で訪れた貴族ご用達の宿屋なんだろう。
「はい、ありがとうございます。
ちなみに宿泊費はどの程度掛かるのでしょうか?」
「ん? 宿泊費? 金貨10枚くらいかな?
そこまで高い宿ではないわ」
「……………………」
あまりの想定外な価格に思わず絶句してしまった。
1泊で金貨10枚!?
ありえないだろ!!
魔国領なら1ヶ月は飲み食いできる価格だぞ!?
ハクアとの金銭感覚の違いに戸惑いつつ、ポケットの中をちらりと覗いてみる。
どう見ても銀貨5枚くらいしか入っていない。
そんな俺にハクアが怪訝な顔を向けてくる。
「どうしたの?」
「いえ、少々持ち合わせが足りなくて。
もう少しお手頃な宿を紹介してもらえると助かるのですが……」
「そうなの?
お手頃っていってもこの辺りだと最低金貨8枚は掛かるわよ?」
「そ、そうですか……」
金貨8枚が最低ラインなんて今まで聞いたことねぇよ。
こりゃ今日は隠れて野宿するしかねぇか。
目が泳いでいる俺を見て何かを悟ったのか、ハクアはため息をつき、貨幣の入った巾着袋を差し出してきた。
「金貨30枚は入ってるわ。
これでしばらく生活できるでしょ」
「――え!?
いやいやいや、流石に受け取れないですよ!!
私ならその辺で野宿でも大丈夫ですから」
「――はぁ?
なに言ってんのよ、あんた!!
年頃の女が野宿なんて、野盗に襲ってくださいと言ってるようなもんじゃない!!
これはあのルーカスに恥をかかせてくれたお礼として受け取ってちょうだい。
久々にあいつの青ざめた顔を見れて、私も最高に気分が良かったもの」
半ば強引に俺の手に金貨袋を握らせるとハクアはニカっと笑った。
ずっしりとした金貨の重みが腕に伝わってくる。
俺は目の前の光景が信じられずその場で固まっていた。
金貨30枚もの大金をこうも容易く他人に恵むなどありえない。
しかも欲深いとされる帝国の貴族がだ。
「あ、ありがとうございます!
このご恩はいつか必ず返させて頂きます!」
「別に返さなくていいわよ。
とりあえず、南区以外の案内は明日してあげるから今日は解散ってことで。
明日の朝になったらまた迎えに来るわ」
子供のようにぶんぶん手を振りながら、ハクアが俺の前から去っていく。
――変わった人間もいるもんだな。
宿屋の前で残された俺は手渡された金貨袋をまじまじとみつめ、感慨深い気持ちになる。
というのも、基本的に魔族は人間から忌み嫌われる存在だからだ。
それは人間と魔族の混血だとしても例外ではない。
俺も生まれつき瞳の色が赤いという理由だけで周囲の人間から迫害され続けてきた。
それ以外の外見はほぼ同じだというのに。
結局、親の顔も知らない戦争孤児の俺は人間社会での行き場を無くし、藁にもすがる思いで辿り着いたのが魔国領だったわけだ。
俺にとって力こそ全てを理念に掲げる魔国領は人間社会より幾分過ごしやすい場所だった。
魔国領では戦闘能力さえ秀でていれば、血の濃さなど些細な違い程度にしか思われない。
もっとも、純粋な魔族に比べると混血はなにかと不利なため最初の頃はそれなりに苦労したわけだが。
昔のことを懐かしむように思い返していると、日が完全に暮れてしまったことに気付き、慌てて宿屋に向けて歩き始める。
幼少期を魔国領で過ごした俺は自分のことを人間ではなく魔族だと思っている。
クソみたいな場所ではあるが、力を純粋に追い求める魔族の生き様は嫌いではなかった。
仮にオペレーション・クロスドレッシングが成功し、帝国を支配することになっても、ルクソール公爵家には最上級のもてなしをしなければならない。
魔族は人間と違って義理堅い種族なのを忘れてはいけないからだ。
宿屋の前にたどり着いた俺は扉を開けながら、そう固く誓うのだった。




