第012話 和平に向けて
――なんだよこの展開。
とりあえず勇者との殺し合いは回避できたと思っていいのか?
争いを望まないとか平和主義者みたいなこと言ってるくらいだしよ。
状況の急な変化についていけず、横目でチラチラ勇者を盗み見る。
淀みのない澄んだ瞳に女性のような端正な顔立ち。
どう見ても良識のある美青年にしか見えない。
実は女たらしって噂もデタラメだったんじゃねぇか?
頭の中でルシウスの掴んだ情報を訝しんでいると不意に勇者が話しかけてきた。
「ふふ、私には人望がないようです。
お見苦しいところを見せてしまいましたね。
ルーカスの言う通り私は勇者に向いていないのでしょう」
苦笑混じりにそう呟く勇者。
その横顔にはどことなく暗い影が見え隠れする。
「いえ、間違ったことは言ってなかったと思います。
それに勇者殿があの方を止めていなければ、私が完膚なきまでにねじ伏せていました。
むしろ、目立った外傷もなく帰れて幸運なくらいでしょう」
「――そうですか。
え、え〜と、あの……少しよろしいでしょうか?
先ほどまでと比べてずいぶん口調が変わられてる気がするのですが、私の気のせいでしょうか?」
俺の口調の変化に困惑したのか、勇者がチラチラ疑わしげな視線を向けてきた。
まずい……やはり気付かれていたか。
だけど、ここまできたらもう後戻りはできない。
この場は強引に押し通すしかねぇ!!
俺は咄嗟に顔面を両手で覆うと、恥ずかしがる乙女の素振りを演じる。
「っっ!!
さ、先ほどまでの野蛮な口調は恥ずかしいのでお忘れください!!
私も女がてら魔王まで登り詰めた女傑ですので、ついカッとなると男勝りな口調に戻ってしまうのです!!」
声を詰まらせながら適当な言い訳を見繕うも、我ながら聞いていて恥ずかしくなる弁明だ。
こんな大根演技が通じるだろうか。
恐る恐る指の隙間から様子を伺うと、勇者は目を丸くしてあわあわ両手を振りはじめた。
「す、すみません!!
とんだ失礼なことを尋ねてしまいました!!
外見とのギャップに少々驚いてしまいまして!!」
慌てふためきながら俺の顔色を伺ってくる。
よ、よく分からんが納得してくれたのか?
どんだけ純粋な心してんだよこいつ。
普通に考えてあんな口調の女がいるわけねぇだろ……
勇者のお人好しっぷりに呆れつつも俺は顔を覆っていた両手をおろすと、改めて真剣な眼差しを勇者に向けた。
「それより、本題に戻りますが勇者殿。
和平に向けて私たちは何をすれば良いのでしょうか?
先ほどは皇帝に判断を仰ぐと仰っていましたが」
俺が尋ねると勇者も真剣な顔になる。
「はい、マキナ殿にはこれからガンダルディア帝国の帝都ガルディアまでご同行いただきます。
王宮にてコルキス皇帝陛下と謁見し、正式に和平の締結を結ぶためです」
「なるほど……承知しました。
では、すぐにでも帝都に向けて出発しましょう。
ちなみに私の側近たちも同行させて良いですか?」
俺がルシウスとリアンのふたりを指差すと、勇者は申し訳なさそうに首を横に振った。
「いえ、帝都に同行するのはマキナ殿だけです。
さすがに魔王の側近まで都内にいれるわけにはいかないので」
「…………そうですね。
まだ和平を結ぶ前の段階ですし。
分かりました。
今の話しを側近たちにも伝えてきますので、少々お待ちください」
そう言い残し、俺は少し離れた場所にいるルシウスとリアンのもとに向かう。
ルシウスはダイニングテーブルの近くで呆然と立ち尽くしており、リアンはこんな状況でもお構いなしに料理を口に運び続けていた。
呑気な連中だぜほんと。
呆れ顔でリアンを眺めていると、我に返ったルシウスが俺の元に駆け寄ってくる。
「ま、魔王様!!
傍目にはまだ和平の道は潰えていないように見えますがどうなりましたか!?」
「あぁ、首の皮一枚で繋がったみてえだ。
素の俺をさらけ出した時点で終わったと思ったが、勇者はまだ俺が男だと気づいていない。
あいつ、ちょっと抜けてるとこあるぜ?」
「なるほど……となると、まだ私の目論見通りに事が進んでいるようですね」
ルシウスが顎に手を当て、なにやら意味深なことを呟いた。
「――目論見通り?
まぁ和平に向けた段取りは決まったから、目論見通りといえば目論見通りか。
だけど勇者を惚れさせる計画は頓挫しちまったぞ?
なにせあんな野郎口調で喋っちまったからな。
態度には示さないが内心ドン引きされてるはずだ」
「いえ、そんなことはありません。
私の推察ではすでに勇者は魔王様を好いています」
――は?
なに言ってんだこいつ?
ついにあがり症を拗らせて頭ん中おかしくなっちまったのか?
「いやいやいや、どうしてそうなる!?
今の流れでその展開はありえねえだろーが!!」
いくら見た目が良くても、あんな野郎丸出しの喋り方をした俺に惚れるわけがない。
そもそも、まだ色仕掛けの「い」の字も見せてないんだぞ?
よっぽどのウブな奴でもなきゃ、惚れる要素なんて皆無だろうが!
納得がいかず声を荒げる俺。
だが、そんな俺の両肩にルシウスの手がスッと置かれた。
「考えてもみてください!!
そもそも帝国側にとって、こちらと和平を結ぶメリットは大きくありません。
強いて挙げるなら魔族とのいざこざがなくなる程度。
向こうは魔国領と違って裕福な国ですから。
だからこそ、勇者を色仕掛けでたぶらかし強引に和平へ持ち込む必要があった。
なのに魔王様はその美貌に反して野蛮な姿をさらしてしまった。
流石の私も計画は頓挫したかと思いましたよ」
「だろ!? なら――」
「ですが、勇者はなぜか和平を反故にしない。
もはや勇者が魔王様に惚れている以外の説明がつきません!!
世間一般において恋は盲目と言いますから、その口調も気にならなかったのでしょう!」
あまりのルシウスの勢いに気圧され、俺は思わずたじろいだ。
まあ、確かにルシウスの言い分も少し分かる。
帝国側からすれば魔王サタンの軍勢が壊滅した時点で俺たちと和平を結ぶ旨みがほとんどない。
むしろ強気に出られてもおかしくないはずだ。
だけど、それと「出会って数時間で惚れられる」のは話が別だと思うんだよな。
「う〜ん、単純に勇者が平和主義者なだけじゃないか?
無駄な争いを望まないようなことも言ってたし……」
「いえ、絶対にありえません!!
あの帝国の第一皇子ですよ!?
帝都内では女たらしで好戦的な狂人と悪評が立つ、とんでもない奴です!!
私の使い魔が帝都の城下町で収集した情報に間違いはありません。
魔力量もあちらが格上な以上、目の前で良い格好を見せたかっただけでしょう」
「ほ、ほんとかよ!? 信じていいんだな?」
「もちろんですとも!!
ですが魔王様もこれ以上の失態は許されません!
皇帝が和平に向けて前向きになるよう、勇者との親交をさらに深める必要があります。
魔国領の未来のためにも引き続きオペレーション・クロスドレッシングの遂行をお願いします」
「あぁ、分かった!
あとのことは俺に任せとけ!!」
半ば強引にルシウスに丸め込まれたが、俺も流れで快諾する。
それにしても、あの整然たる立ち振る舞いの勇者に悪評が立つ理由が分からない。
まぁ気にしても仕方ねぇか。
どうせ帝都に出向くなら自分の目で確かめた方が早い。
どのみち俺たちが生き延びるには帝国と和平を結ぶ以外に道なんてねぇからな。
この後のことをルシウスに伝えると急いで勇者の元に戻り、そのまま帝都に向けて出発するのだった。




