第011話 キレた魔王
俺がドスの効いた声を上げると広間に気まずい沈黙が流れた。
ルシウスはこの世の終わりみたいな顔を浮かべ、リアンは戦闘で料理が無駄にならないよう急いで口の中にかっ込んでいる。
やっちまった。
これでなにもかも、おしまいだ。
あんな素の野郎口調で喋っちまった以上、もうリカバリーはできねぇ。
こうなったら潔く勇者と戦って勝つしかねえ!
「――おい、いまなんつったおまえ?
女だからって何を言っても安全だと思ってんのか?
だとしたら、とんだ勘違いだぞ」
ルーカスが怒りに声を震わせ、身の丈ほどある大剣を俺に向けてくる。
「女だとか男だとか関係ねえんだよこの木偶の坊が。
食いもんを粗末にするやつは俺が許さねえ!
お灸をすえてやるから、かかってこいよ」
覚悟を決めた俺も握り拳をポキポキと鳴らし、中指を立てて相手を挑発した。
「くく、いい度胸じゃねーか。
やっと正体を現しやがったなクソ魔王め!!
俺がその首跳ね飛ばしてやらぁ!!」
啖呵を切ったルーカスが地を駆けながら俺の首めがけて剣を薙ぎ払ってくる。
魔王サタンに仕えていた幹部魔族の剣裁きに比べると驚くほど遅い。
冷静に剣筋を見極め、俺も唯一扱える身体強化魔法を呟いた。
「…………バフィカル」
ひとさし指を前に突き立て、首に届く寸前のところで剣を受け止める。
ギシギシと音を立て俺の指に押さえ込まれるルーカスの大剣。
いくら押せどもびくともしない剣に動揺したのか、ルーカスの顔がみるみる青ざめていく。
勇者の連れのくせに実力はこんなもんか。
でかい口叩く割りにたいしたことないなこいつ。
「おいおい……こんなデカい大剣振り回して女の指一本すら切れねぇのか?」
「う、うるせぇええ!!!!
たまたま1回受け止めたくらいで調子に乗りやがって!!
もう容赦はしねぇ。
次の一撃で確実にぶち殺してやる!!」
ルーカスが荒々しく声を張り上げ、再び大剣を振り上げたその時――
突如、光り輝く無数の剣が虚空から現れルーカスの周りをぐるりと囲んだ。
部屋の明かりに反射し燦然と輝くいくつもの白剣。
まるで鏡面のような剣身には周囲の情景が映り込み、幻想的な空間を演出している。
なんだよ、この膨大な魔力を帯びた白剣?
どっから湧いてきやがった?
ふと勇者の方を見ると聖剣を鞘から抜き、ルーカスに向けて突き付けていた。
「これ以上の勝手な真似は許しません!
ルーカス!!
早くその剣から手を離しなさい」
勇者が語気を強めると、ルーカスはお手上げと言わんばかりに剣の柄から手を離す。
なるほど……これが噂に聞く聖剣の能力か。
人間が魔族を殺すために生み出した唯一無二の最終兵器。
聖剣に適合した勇者はなにもない空間に無数の白剣を生み出せると聞く。
しかも魔族の苦手とする聖魔力を帯びた剣だ。
身体面で魔族に敵わない人間が歴代の魔王を討ち取れてきた要因のひとつでもある。
勇者が聖剣の切先を降ろすと、ルーカスの首を囲んでいた白剣も霧散した。
「――なんだよ。
俺が悪いってのか?
勇者のくせに魔王の肩なんて持ちやがって」
ルーカスが床に転がった大剣を拾い上げ、勇者の顔をギロリと睨みつける。
「別に肩をもっているわけではありません。
ただ、マキナ殿はこれまでの魔王と違い人間との和平を望んでいる。
これが事実なら命を賭けてまで戦う必要がない。
私はこれ以上、無益な争いをしたくないだけです」
「――おまえ本当にランセルか?
ガーゴイルにトドメをささなかったり、魔族と争いたくないとか寝ぼけたこと言いやがって。
俺たち勇者一向の使命は敵国である魔国領の魔族を根絶やしにすることだろうが!
どうしちまったんだよほんとに。
少なくとも俺の知ってるランセルはそんな奴じゃなかったはず。
まさか、新しい魔王が美人だからって俺をダシに気を惹こうとでも考えてんじゃねぇだろーな?」
「マキナ殿の容姿など関係ありません!!
私はガンダルディア帝国の第一皇子として、マキナ殿の申し出を父上にお伝えする義務がある。
よって、この場で魔王含む魔族を打ち滅ぼすことなどできません。
どうして理解して貰えないのですか!?」
「…………くそ! もういい!!
おまえがその気なら俺は抜ける。
あとからどうなっても知らねぇからな!
勝手に魔族と仲良しごっこでも演じてろよ、バカが」
ルーカスは俺と勇者を交互に睨みつけると、ダイニングルームの椅子を力任せに蹴飛ばし、ひとり魔王城から去っていった。




