第010話 ダイニングルーム
「ルシウスのやつ大丈夫かよ……」
勇者一向をダイニングルームへ案内するルシウスをみつめながら俺はぽつりと呟いた。
「問題ないあるよ。
あー見えてルシウスはできる男ある」
後頭部で手を組んだリアンがあっけらかんと言い放つ。
相変わらず能天気なやつだぜ。
お洒落のつもりか首にネックレスなんてぶら下げてよ。
短いため息をつき、リアンの首元に掛けられた数珠繋ぎのネックレスをジト目で眺める。
ぱっと見ではターコイズに見えるが、あそこまで鮮やかな緑色は珍しい。
ってか、どこであんなネックレス見つけてきたんだ?
魔王城には金になりそうなお宝なんてひとつも残ってなかったはず。
魔王サタンによる長年の散財が原因だと諦めていたが、裏でこっそり隠し持ってやがったな!
「――ちょっといいか?
その首のネックレスどこで見つけたんだよ?
魔王サタンの財産は3人で共有する約束だろ?
売り払って生活費の足しにするからあとでルシウスに渡しとけよな」
「ち、違うある!!
これは自分で作ったあるよ!
マッキーの目を誤魔化せるとは、我ながら素晴らしい出来栄えあるね」
……作った?
どういうことだ?
錬金術師でもない限り宝石など作れないはずだが。
怪訝に思いつつ、目の前で得意げになっているリアンのネックレスを凝視するとあることに気付く。
「お、おいっ!!
よく見たらそれ、この前の晩飯のグリンピースじゃねーか!!
なんつーもん首からぶら下げてんだよ、おまえ!!」
俺がまがい物のネックレスを指さすと、リアンが頬を赤らめ不貞腐れたように言い返してきた。
「う、うるさいある!!
私だってほんとは宝石のネックレスが欲しいあるね!
マッキーが買ってくれないから、仕方なくグリンピースで代用しただけあるよ!
いざという時の非常食にもなる環境に優しいネックレスあるね!」
非常食でネックレスを作るなよ……
だけど、そう言われるとなにも言い返せなくなる。
貧乏な魔王で悪かったな。
「…………仕方ない。
あとで買ってやるからそれは外しとけよ。
流石に見ていて悲しくなってくる。
勇者にも変な気を遣わせたくないからな」
「ほんとうあるか!?
さすが新魔王マッキーは太っ腹あるね!!
本物の宝石のネックレス楽しみにしてるあるよ」
リアンは目をキラキラさせながらそう言うと、鼻歌混じりにルシウスの跡を追いかけて行った。
まぁ帝国と和平を結べば収入面はなんとかなるかもしれない。
魔国領の特産品を上手く売り込めば貧乏な生活ともおさらばできる可能性もある。
帝国内で需要があるのか分からないが。
目を瞑ったまま腕を組み、これから訪れる魔国領の明るい未来をなんとなく想像する。
にしてもこの先が思いやられるな。
勇者パーティーと比較してこちらのメンツが特殊すぎるからだ。
カチコチになったあがり症の男と首からグリンピースぶら下げた女が側近とは。
しかも魔王は女に性転換してるという酷い状態でもある。
――だが、失敗は許されない。
なんとしても俺の美貌で勇者をたらし込み、帝国との和平を成立させないと。
両頬を手でパチンと叩き気合を入れると、俺も急いでルシウスとリアンの跡を追いかける。
魔王城のダイニングルームに着くと、すでに勇者一行は料理の並べられた長机の前に集まっていた。
ギカントードの丸焼きにトラフマダラの幼虫のソテー。
沼地で採れたドブ貝のアヒージョやワニガメのスープまで。
どれも天才料理人であるルシウスが調理したものだ。
魔王城周辺で採れるゲテモノ食材をここまで美味しく調理できるのはルシウスしかいない。
ただ、その肝心のルシウスが一向に勇者たちを席まで案内しないのだ。
顔を強張らせ呆然と長机の前で立ち尽くしている。
どう見ても台本が飛んでいるようにしか見えない。
本来であればルシウスが席まで勇者たちを案内し、ひとつひとつ料理の説明をする段取りだったが………仕方ない。
ここからは俺が進行役になるか。
軽く咳払いしたあと、一週間の稽古で身に付けた朗らかな笑顔を装い、勇者たちに席につくよう声をかける。
「どうぞお席にお掛けになってください。
魔王城近辺で採れる新鮮な食材を使ったご馳走を用意しましたので」
「――おい、ふざけんなよ!?
俺たちにカエルや芋虫を喰えってのか?」
俺が料理の説明をしようとした矢先、茶髪の戦士が俺に突っかかってきた。
なぜか憤慨した顔で大皿に盛られた料理を指差している。
――なんだこいつ?
ギガントードやトラフマダラの幼虫を喰ったことがないのか?
「み、見た目はあれですけど味は絶品ですよ?
一度騙されたと思って食べてみてください」
「いらねーよそんなもん。
おまえら魔族と違って俺たち貴族は舌が肥えてんだ。
そんなもん喰ったら腹をくだすだろーが」
いけすかない野郎に煽られ、俺のこめかみにピキピキと青すじが入る。
お、落ち着け!!
ここでキレたらなにもかもおしまいだ。
こんな奴に俺たちの計画をぶち壊されてたまるか!
ひくひくと動きそうになる口角を押さえつけ、笑顔が崩れないようその場でグッと耐えていると、勇者が間に割って入ってきた。
「ルーカス!!
どうして平然とそんなことを……今すぐ訂正して謝罪しなさい!」
「はぁ?
おいおい待てよ、ランセル。
ちょっと魔王が美人だからって良い子ちゃんぶるんじゃねーぞ!
お前は芋虫やカエルを喰えるってのか?
こんなゲテモノ料理を平然と出してくる奴の気が知れねぇ。
毒でも入ってるのかもしれねーぞ?」
ルーカスは吐き捨てるようにそう言い放つと、トラフマダラの幼虫をつまみあげ、床に放り投げる。
その瞬間、俺の頭の中で何かがプツンと切れた。
「――おい。
調子に乗るなよこのクソ野郎……」




