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SR満州戦記4  作者: 異不丸
第1章 1947年5月
5/25

月曜日


清津府清津港、第3艦隊司令部


 夜明け前、作戦室で仮眠中の河野参謀長は、廊下の足音に気付いた従兵に起こされた。入って来たのは佗美司令官で、作戦地図を一瞥して怒声を上げる。

「怪しからん、何をやっている」

 中ソ両軍の配置は昨晩とほとんど変わりがない。河野は説明する。

「蒙古軍の進捗に合わせるのが作戦です」

「わかっている。怪しからんのはソ連軍だ。動かないのか」

「まだ決めかねているのではないでしょうか」

 従兵が熱いコーヒーを持ってきた。二人は煙草に火を点ける。

「空戦のことだな。衝撃だったと」

「はい。新鋭のジェット機がレシプロ機に落とされたのです」

「そして東北軍の演習は航空攻撃から始まった」

「あれは挑発に見えたでしょう。ソ軍に制空権はとれないと」

 佗美は愉快そうにコーヒーを飲む。今日の演習は東寧から石門子での戦車機動戦、これもなかなか挑戦的だ。

「貴様ならどうする」

 河野にはピンときた。司令官は何か思いついたらしい。

「はい。もっと数を揃えるか、さらに新型を投入するか」

「モスクワ軍管区かキエフ軍管区からフェリーするなら日数がかかるな」

「はい。新型なら整備兵や消耗部品も必要です」

「なんだ、ずっと仕事しないつもりか」

「ソ軍に仕事させる方策を司令官はご存知です」

 佗美はにんまりとして答える。

「もちろん。まず、うちが仕事するんだ」

 二人は嬉々として作戦地図に駒を並べはじめた。

「東北軍司令部より入電。米国西太平洋海軍が沖縄を出港」

 通信参謀の声に、二人は駒を動かす手を止める。

「第7艦隊か。ここに着くのはいつになる」

「はっ。木曜の夜から金曜日の未明かと」

 考え込む佗美に、河野は進言する。

「大丈夫です、水曜日には始められます」

 佗美は頷いて決心する。

「第32戦隊と第33戦隊は直ちに出撃!」





黒竜江省楊楼県下城子、在中国米陸軍前進連絡所


 早朝から澄田小校とミヤシタ少尉の机上演習が続いていた。

「羅子溝への空挺降下か。着眼は良い」

「今日、褒められるのは初めてだ」

「輸送機の護衛はどうする、制空権は無理だろう」

「三十分間です。旧型機を含めて全戦闘機を出撃させます」

「数で来たか。良かろう、さて」

 ミヤシタは澄田が振ったサイコロの目を見て喜ぶ。それは出撃した二個空挺師団の四分の三、三個空挺連隊の降下着陸を認めるものだった。

「上出来だ」

「どうやって連結する。国境から百キロある」

「いえ、持久です。停戦まで一週間もてばいい」

「ソ軍らしい。だが、こちらも放置だ、戦力は割かない」

「え。少佐どの、戦略拠点ですよ。飛行場が造れるほどの」

「いや、無視だ。分散策には乗らん」

「無視はないでしょう。空挺は精鋭ですよ、少佐どの」

 またかと谷口准尉は首を振ってモービルホームを出る。本部では未明までの重砲兵演習の判定中だった。今日の予定を再確認して、通信小隊のテントに向かう。澄田宛の電文を受領し、電文綴りを一瞥する。いろいろとはじまっていた。二人は喜ぶだろう。

 電文を読んだ澄田は壁のアジア全図を睨み、ミヤシタを手招きする。ミヤシタは朝食のパンを口に咥えたまま応じた。二人は、満蒙疆のあちこちを指差しながら情報を検討する。

「なかなかいい絵になってきましたね」

「もう一押し欲しいな。なにせ歩きは時間がかかる」

「山越えですからね。こちらも応援しましょう」

「東寧の戦車演習か」

 澄田が呟くと、ミヤシタが我が意を得たりと頷く。

「こういうのはどうです」

 ミヤシタはポケットから青い駒を取り出した。谷口はあんぐりして凝視する。それは九七式中戦車だった。

「チハでスターリンを撃とうというのか」

「ヴァシレフスキーの後顧の憂いを断って進ぜましょう」

「あーはっは」

 二人は大声で笑い出した。





黒竜江省東寧県、石門子


 義勇日本軍特車教導連隊は、今回の演習のために中国陸軍戦車学校の教官と車両が集められ編制された。教導団だから旧式戦車や鹵獲戦車も保有している。演習は、今日が二個戦車中隊による機動と射撃、明日が二個装甲車中隊を加えた歩兵直協運用だった。この四個中隊の他に連隊には偵察中隊がある。

 その演習地のど真ん中に、澄田中校とミヤシタ少尉を乗せた三式指揮連絡機がふわりと降り立った。S1と書かれた青い三角旗を掲げた三式中戦車がその横に停止する。車長ハッチから上半身を見せた島田連隊長は、据え付けた九九式軽機関銃の引き金に指を当てていた。演習を中止させられて機嫌が良くないらしい。澄田とミヤシタは両手を上げて外に出る。

「澄田、どうした」

「米陸軍より提案です」

「そうか、やむを得んな」

 機銃から手を離した島田が戦車を飛び降りた。二人は手を下ろして話す。

「連隊長、早速ですが旧式はありますか。チハとか」

「旧式は急坂機動の比較用に持って来た。九七式中戦車が二両、九五式軽戦車が三両、九七式軽装甲車が二両。偵察中隊の所属で出番は明日からだ」

 ミヤシタは目を輝かせる。

「おお、ハ号やテケもありますか」

「ああ。明日の演習では山岳突破を・・」

「同志書記長はテケだ、ハ号はベリヤ。何処にありますか、連隊長」

 ミヤシタは飛び跳ねながらまくし立てる。

「うるさいな、旧式はあの丘の向こう側だ」

 ミヤシタがいなくなると、澄田が詳しく説明する。

「なるほど、それは刺激的だ」

 合点した島田が不敵に笑った。

「ソ連戦車の装甲は厚いが、穿甲榴弾はない」

「そこは工夫しよう。うちは教導団、整備も工作も一流だ」

「塗装はこれです」

 澄田は数枚の写真を島田に渡す。ミヤシタが戦後のベルリンで撮ったもので、ソ連重戦車のIS-1やKV-85が写っている。

「なかなかやるものだ」

「アメさんですから」

 戦車の上ではミヤシタが酒瓶を持って笑っていた。もう片方の手はソ連看護兵の腰に回っている。





吉林省長春市洪熙街、満映撮影所


 第三スタジオの司令部には甘粕機関が陣取っていた。といっても甘粕はいない。南京の蒋介石総司令官はエデマイヤー中将だけでは抑えきれない。暴走させないためには甘粕が見張っている必要があった。司令官席には飯島が座り、比良たちと一緒にラジオを聞いていた。南京放送は蒋介石の声明を繰り返している。

「朝から四度目だ」

「少し変えましたね。領海侵犯が加わりました」

 それは、ここまで来れないのか、とソ連軍を煽るものだ。進言したのは第3艦隊の佗美司令官で、飯島は甘粕に仲介した。ついでに艦隊出動の承認も取ってやった。

 第3艦隊は中国海軍の所属だが、総動員令下の今は東北軍隷下にあって、出撃には東北軍司令部の命令が必要である。だが、清津は東北三省ではなく政府直轄府だ。佗美は清津府軍管区司令も兼任であり、軍政の権限でなら出動できた。清津港は対米貿易の最大拠点で、アジア横断鉄道の出発地でもある。居留する米国人も多い。米国の歓心を得て巨額の投資を引き出すには、いろいろと融通が必要なのだ。

「なぜ第32戦隊も必要なのかな」

 第3艦隊は強襲上陸と敵前輸送を本務とする艦隊であり、それゆえに強襲揚陸艦と武装輸送艦の第31戦隊が主力であった。航空機の運用はできるが砲戦能力は乏しい。そこで巡洋艦と駆逐艦が主体の第33戦隊が護衛につく。

「佗美少将のことだ。第7艦隊の鼻を明かそうというのでは」

 比良がそっけなく言う。

「対馬海峡に先回りして魚雷でもかますとか」

 そう言った加茂は行進曲を流し出したラジオの音量を下げる。

「それは考えた。しかし第32戦隊には魚雷がない」

「あ」

 第32戦隊は隠密輸送を任務とし、ゆ号潜水輸送艦が主体だった。


「おおお、命中だ。見事にスターリンを仕留めたぞ」

 外の歓声に飯島の思考は中断した。何事かと構えた司令部に、喜色満面の本間が大股で入って来る。手には大判の写真を持っていた。

「東寧の特設撮影分隊からの電送写真だ」

 写真には撃破されたソ連の駆逐戦車SU-100が移っていた。広い側面が射抜かれており、複数の破口で途切れたスローガンは読めない。

「なんて書いてあったんだ」

「これが命中前の写真だ」

 戦車の側面には大きく『スターリンの臆病者!』と書かれてあった。

「あーはっは」

「まだあるぞ」

 他にも、『ベリヤの変態』とか『モトロフの弱虫』と書かれた戦車がある。

「あーはっは」

 一頻り大笑いした後、飯島は真顔に戻って言う。

「フィルムはあるんだろうな」

「百式司偵で向かっている」

 飯島は拳を額に当て、一秒間だけ考える。

「加茂、甘粕に電話だ。各国の放送局を抑えろと」

「朱監督、テレビジョンで流す。特速で編集だ」

「スターリンは宵っ張りだ。まだ起きていない」

「やつが寝ている間に世界中に広めるんだ」

 満映は大車輪で回り出した。





中ソ国境、図們江河口沖


 佗美少将は高速艇甲の舳先に立っていた。潮風に負けないように大声を出す。

「まだ来ないかあ」

「なかなか喰い付きませんねえ」

 河野参謀長は船橋から半身を出して、佗美の体に巻いた命綱を握っていた。艇の手摺は前方キセル型通風筒からで、風取りの先に立っては拠り所がない。佗美は気休めに、低いマストから舳先に伸ばした満艦飾の紐を掴んでいた。二人とも鉄帽から救命胴衣、軍衣の下の肌着までびっしょりだ。

「もう三〇分だぞ、ちきしょう」

「日没はまだ先です。レーダーに探知なし、いや。あっ」

「どうしたあ」

「入電です。二時に航空機、露助の偵察機らしい」

「そうかあ、幟を揚げろお」

 高速艇の後ろには大漁旗と万国旗を揚げた漁船が十隻ほど連なっていた。先頭の一番大きい漁船のマストにするすると大きな幟が揚がる。幟には墨痕鮮やかにキリル文字で『ようこそ ソ連の方々』と書かれてあった。

「どうだあ、見たかあ」






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