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SR満州戦記4  作者: 異不丸
第1章 1947年5月
4/25

日曜日


中華民国、黒竜江省綏陽県、綏陽


 山口実少校の綏芬河国境守備隊は綏陽まで下っていた。国境から西へおよそ三十キロ、鷲巣山八百六十四メートルの山頂付近から航空攻撃の戦果を見届ける。その後、連隊本部に無線を入れて変更がなければ下城子まで退く。

「来ました。六時、四式戦一個中隊十二機です」

 桑原中士の声が響いた。山口は双眼鏡を真南に向ける。侵攻して来る敵の先頭は戦車部隊だから、四式戦はタ一〇二弾五十発を内蔵した三式四十粍撒布弾改を両翼に吊るしている。全機で千二百発のタ弾。上空では別の一個中隊が護衛しているはずだ。

「警報発令」

「中隊、対空防御、友軍が爆撃を開始する。繰り返す・・」

 まだ戦争ではないから国境至近に落とすわけにはいかない。領内に一〇キロ入った辺りに落す。ここから二十キロはあるが、ま、用心に越したことはない。四十粍撒布弾は空対空の爆撃機編隊攻撃用として開発されたが、内蔵するタ弾子を開放する時限は固定であり、投下の時機・高度・方位などを見計らう高い練度と技術が要求された。むしろ空対地に用いた方が攻撃も容易で戦果も大きい。それでも、風に流されないように高度一千近くで投下することもある。

「弾着、今」

 南から北へ二キロに渡って連続した火柱が立った。通常爆弾と違って撒布弾は穿甲弾で、弾子一発の炸薬も少ないから大きな爆発ではない。しかし、日没後の薄暮れの中では異様に赤く不気味であった。

「すいぶん高度を下げたようですが、上空は風が強いんですかね」

 撤収の指示を終えると、桑原が聞いた。山口は綏芬河国境を見て首を傾げる。

「薄暮攻撃の練度を見せるため、かな」

「露助が考えてくれればいいですが」



 砲兵観測所は鷲巣山のすぐ西の鷹巣山に開設された。須々木少尉は設置された砲兵鏡を覗き込んで視界を確かめる。無線機の傍にいた岡本准尉が大声を上げる。

「航空隊、守備隊、共に撤収。射界に友軍なし。初弾発射まで二分」

「ヨシ」

 岡本が右手につけた腕時計を見て秒数を読み上げ始めた。須々木は全員の配置をもう一度確認する。

「・・十一、十、九、八・・」

 ガガーン、ガガガーン!

 榴弾の炸裂が夜空を赤々と染める。タ一〇二弾の着弾の比ではなかった。弾口径で四倍以上、重量は十倍以上もあり、成形炸薬弾と違って弾体に空隙はなく炸薬がびっしりと詰まっている。

「照準ヨシ、送れ」

 重砲は国境から二〇キロ、かつて浜綏線と綏寧線が分岐した辺りを狙っていた。目標は航空攻撃を掻い潜った敵機甲軍の先鋒だ。しかし、旧日本陸軍の大口径砲はそれほど残っていない。かつて関東軍には三十糎榴弾砲が二十門、二十四糎榴弾砲が四十門、十五糎榴弾砲が三十六門あった。今は支那派遣軍のものを合わせて二十四榴二十四門と十五榴十二門がやっとだ。破甲榴弾も使いきって、榴弾しかない。

「指揮所全力射撃発令」

「ヨシ」

 ガガーン、ガガガーン!

 着弾は間隙なしに続く。砲弾同士の干渉を避けるために発砲には時間差があるが、三十六門の全力では連続となった。須々木の顔は赤く照らされ、岡本の軍服の左袖が風に靡く。

「敵サンは考え直しますか」

「砲撃の最中には来ないだろう」

「命令されれば進むのが兵隊です」

「軍司令部も知っているさ。命令を出す方だからな」

 敵砲兵の進出が通知されるまで重砲は移動しない。砲撃は一晩中続く。





黒竜江省楊楼県、下城子


 義勇日本軍独立特科第六連隊の本部は満ソ国境から五十キロの下城子に置かれていた。連隊本部といっても仮設テントが十余りで、周囲の景色と合わせると避難民収容所と呼ぶ方がふさわしい。一つだけホワイトスターのマークがある四角い小屋があった。車輪がついていて牽引できる。通信小隊のテントを出た谷口准尉はそのモービルホームに入る。中では澄田少校が待っていた。

「報告、夜間偵察機上がりました。ここまで演習計画どおりです」

「東寧の方は何かあったか」

「異状なし。東北軍司令部は引き続き演習を進めよと」

「了解。コーヒーがあるぞ」

「いただきます」

 澄田は中央のテーブルの脇を通って奥の机に向かう。ここの主のミヤシタ少尉は退屈そうに数個のサイコロを振っていた。澄田は机を軽く叩く。

「ミヤシタ少尉」

「聞いています。砲弾は明朝までもつのでしょう?」

「うむ。ま、砲身の命数が先に切れる」

「東寧が罠であることは見え見えです。敵は来ない」

 そう言ってミヤシタは大きなあくびをした。ソ連機を撃墜したので攻め込んでくるかと思っていたらしい。現に特殊部隊が機体の回収に動いた。だが、その後は動きはない。

「実弾演習をぶつけた効果があった」

「ここまではそうですね」

「夜間偵察機の報告を待ちましょう」

 コーヒーを飲みながら谷口はのんびりとした口調で言った。げんなりした二人は話題を変える。

「国連の方は何か?」

「安全保障理事会では中国とソ連が互いに相手の挑発と言い争っている」

「撃墜地点は中国領内、国境侵犯は明らかだ」

「RB-29の偵察写真を常任理事会で公開するらしい」

 谷口は澄田と顔を見合わせる。

「いいのですか」

「知りません。見せていいものを見せるのでしょう」


 RB-29はB-29の偵察型で、在中国米陸軍は中ソ国境、主に新疆と黒竜江方面で運用していた。新疆の騒乱、共和国残党や反中勢力の背後にソ連がいることは明らかだった。中国陸軍新疆軍によって中ソ国境を厳重な管制下におき、空からRB-29によって監視する。慎重に中国領内だけを航行するが、高度一万二千メートルだから遠く国境外まで見渡せた。結果は意外なものだった。ソ連は外蒙古を経由して武器弾薬を搬入していた。

 一方、黒竜江方面での偵察行では、深い森林に拒まれてソ連軍浸透の証跡を探知できなかった。その代りにシベリア鉄道の異状を発見する。そして、定点監視を継続中に冬の悪天候となった。中米合同参謀会議で蒋介石総司令官は行動開始を主張した。浸透戦を看過すれば軍事侵攻が起きる。今、中国は新疆と東北で危機に瀕している。軍事侵攻を阻止するにはソ連に戦略的な脅威を与えるしかない。合同参謀会議は作戦を立案した。

 天候回復を待ってRB-29の偵察が再開された。ソ連軍の東北方面における軍備が急速に整いつつあった。

「撃墜は想定外でした」

「新鋭のジェット機を落とされたのだ。いずれ動く」

「今、ニューヨークは日曜日の朝です」

「遅くなってもソ連は出て来るさ、偵察写真は見逃せない」

「つまり、しばらくは動きはない」

 朝まで仮眠することになった。ここは在中国米陸軍の前進連絡所で、二人は米中両軍の連絡士官だ。開戦までは出番がない。コーヒーを飲んだばかりの谷口は考える。一応は連隊本部で夜間偵察の報告を聞いてみるか。外に出れば尿意をもよおすかもしれない。そっと立ち上がり、室内を振り返る。

 テーブルの作戦地図には敵味方の駒が置いてある。赤の駒は下城子から穆陵に集中し、青の駒は牡丹江の前面にあった。二年前の満ソ戦争の停戦直前の配置によく似ている。しかし、それは今回の作戦の最終形だった。





清津府、清津港


「要するに、陸路を断てばよかったのだ」

「モントゴメリー元帥閣下は相当にお疲れのようです」

 昨年、中華民国は英国占領下の朝鮮北東部、咸鏡北道の大部分を中国領とし、清津府を置いた。併合と同時に軍を派遣したが、英国の要請により中国軍の一部は咸鏡南道から両江道、慈江道、平安北道にまで進駐する。朝鮮仮政府は実効のある治政を行うことができず、英軍は占領統治に倦んでいた。国際連合の信託統治理事会と総会はこの措置を承認する。ソ連代表部は異議を唱えたが、占領下の東欧・南欧の処置を問い質されると口を噤んだ。

「つまり、蒋介石は先例を鑑みたのだな」

「日清戦争の原因となった李氏朝鮮の二股外交ですね」

 中国海軍第3艦隊司令官の佗美少将が呟くと参謀長の河野少校が応じる。二人は天馬山の艦隊司令部から清津港の夜景を眺めていた。といっても、演習が開始されてから府内は灯火管制下にあり、艦隊の威容を窺うことはできない。ウィスキーを舐めながら話すことで眠気を誤魔化しているのだ。

「閣下、出撃は明日以降と思われます」

「そうか、ソ連は必ずここに来る」

「ですが。戦は陸、いや空から始まります。露助は夜は飛べません」

「うぅむ」

「閣下、払暁まで仮眠されてください」

「そうか。うぅむ」





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