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SR満州戦記4  作者: 異不丸
第2章 1947年
13/31

4 東京


占領下日本、東京都、千代田区有楽町、


 アイオイ少佐は参謀第2部の自室で民間検閲支隊のタシロ中尉と会っていた。

「短い休暇ですまなかった、中尉」

「いえ、少佐。佐官級の船室を手配して頂きました。お陰でビルマの疑問が解けました。戦友たちに説明できます。それに、家に帰って両親に会うこともできました。十分です」

「MARS挺進部隊にいたのだったね。戦友に話すのはもう少し先にしてくれ」

「はい、了解しました。少佐」

 タシロの笑顔には屈託がなかった。アイオイは頷いて話を続ける。

「さて、中尉に頼みたいことがある。CCDの検閲内容から日本の非軍事化がどのように進んだかをまとめてほしい」

「非軍事化とは軍国主義者の権威の排除と軍国主義の影響の排除、でよろしいですか」

「それでいい。武装解除と非武装化は達成されている。軍国主義と侵略の精神の排除についてはGSの担当だ」

「わかりました。他に留意すべき事項がありますか。少佐」

「報告書を読むのは列国の外交官どのだ」

「誤解の余地がないクリアな資料を付けます」

「うん。君でよかった、タシロ中尉」

「はっ」

「座ってくれ、状況を話そう」


 マッカーサー元帥の早期講和発言を受けて、国務省は関係国と協議を開始し、講和予備会議の土台となる対日講和案を準備した。極東局日本課長ボートンの草案は激しい賠償を求めるとともに、二十五年間に亘って講和後の日本の非軍事化と民主化を米英中ソで監視するというものだった。これを政策企画室長ケナンは激しく批判した。『ソ連封じ込め論』を展開するジョージ・ケナンは、信頼しうる同盟国となりうるまで日本の政治的・経済的復興を優先すべきだと主張する。

 五月の中ソ紛争で状況は大きく変わった。ソ連は無警告で中国やアフガニスタンに侵攻する国なのだ。ケナンの論文『ソ連の行動の源泉』が再評価され、ソ連は危険な国と目される。国務省は招請を拒否したソ連を除いた十ヶ国で対日講和予備会議を開催することにし、SCAP/GHQに意見と資料を要請してきた。

「今、各部局では二年間の総括を行っている」

「なるほど。GSがまた検閲内容を要求してきそうですね」

「これまでどおりだ。G2の情報を外に出す時は評定が必要だと」

「これまでどおりですね。了解しました、少佐」

「今月末にドレーパー次官が来日する。君には通訳を務めてもらう」

 タシロは顔色を変える。ドレーパー少将は最近までドイツ占領連合軍の経済部長だった。彼の主張は、ナチス賛同者を使ってでもドイツ経済を復興させよだ。

「確実に潮目が変わったよ、中尉」

 アイオイは、タシロが答える前に立ち上がる。

「上のバーに行こう。ミッチーナの話を聞かせてくれ」





 民間情報教育局の各課でも総括が始まっていた。女性課長のウィード中尉は会議室に集まった課員を前に宣言する。

「封建主義的な家制度を破壊して家長の権威を無くすことによって婦人は解放された。女性の地位が向上したことで自由主義と民主主義はさらに進展し、軍国主義と侵略の精神は排除されつつある。ここまで、いいわね」

 ウィードは室内を見回した。

「では、女性課の貢献を具体的に上げて。最初に女性選挙権ね」

「ですが、婦人参政権は進駐前に閣議決定していました」

 一人の課員の言葉に、ウィードの顔色が曇る。まずい。入口近くに立っていた赤間加津子は身じろぎをした。

「カヅコ、そうだったの?」

「女性課は婦人諮問委員会を立ち上げ、十の女性団体を支援しました。一千四百万の女性が投票した最初の国政選挙で三十九人の女性が衆議院議員に当選しました。事実関係は以上で、因果は明らかです」

 ウィードがにっこりした。隣にいたオベロン軍曹がカヅコにウインクする。どうやら通じたらしい。課員は担当する事績を次々と上げる。

「こんなところかしら、軍曹?」

「はい、中尉。十分でしょう。ただ、いくつかは数値で検証されていない」

 オベロンの指摘に、ウィードは渋い顔で答える。

「G2はGSの要請を断わったそうよ。たぶん、うちもだめね」

「わかりました。省庁や県や市に新設された婦人少年局と女性教育課は、それ自体が成果です。これに市町村の婦人団体の数を上げます」

 会議の進行に、赤間はほっとした。それまで課員を仕切っていたサハーイ軍曹が帰国し、新任のオベロン軍曹はまだウィード中尉のやり方を習熟していない。情報課のカワノ軍曹も異動して、民間諜報局とのコネも消えた。赤間が会議室の隅に立っていたのはそれが理由だ。


 オベロン軍曹が見つめていた。

「民法改正による法的地位の向上は大きいわね、カヅコさん」

「はい、マールさん。姓の選択権は決定的でした」

「でも実際は妻の姓となった例はほとんどないのでしょう?」

「課長の最初の訓示には完了形と現在進行形があります」

「そうだったわ」

 オベロンは立ち上がって、女性課が貢献した事績を黒板に書く。完了と進行中に分け、成果が検証されたかもマークした。オベロンが着席すると、ウィードが立ち上がり、板書をなぞる。検証されていない事績は少なくなかった。

「家制度から婦人は解放された、ね。結婚後に家長と別居したかは集計できるでしょう。カヅコ?」

「はい、できます。夫婦と子だけの世帯は増加していると思います」

 答えながら、赤間は役場・役所がこれから行う作業量を思った。農地改革や借家増産、移住奨励を恣意的に運用することで、長男以外の独居・移動は増えている。

「女性の地位は向上して尊重されている。カヅコ、これは?」

「必ずしも職業婦人を指しません。そうですね、婦人が使える金額を調査したらどうでしょう」

「ええっ」

 室内にざわめきが起きた。ウィードも目を丸くしている。

「金額の多寡ではなく、夫の収入との比率で表せば、地位と尊重を推察できるのでは」

「そうだけど、やれるの」

「政府も新聞も調査したことはない。婦人諮問委員会にお願いしましょう」

 答えながら赤間は考える。戦前から、主婦は一家の金を預かって来た。俸給取りの夫は給料袋をそのまま渡す。自営の夫は収入から事業分を除いて渡す。主婦は渡された金額が収入と考える。それに内職やへそくりが加われば一〇割を超すかも知れない。諮問委員には丁寧に説明しておかないと。

「あ、いけない。生活改善運動があったわ」






千代田区霞が関一丁目、


 日本進歩党総務委員の斉藤隆夫は、赤レンガと通称された旧海軍省本省の一室で内装を見ていた。GHQは地方自治に執心で、新憲法にも明記されている。整合をとるために地方自治法が施行され、戦時立法の東京都は地方自治体の東京都となった。同時に、三十三あった区も二十三の特別区に再編され、中央官庁が多くあった麹町区は神田区と合併して千代田区となった。

 その会議室の造作は立派なもので、羅紗のカーテンを触りながら斎藤は思う。流石は世界三大海軍の一つだったことはある。昨年、海軍省は廃止され、残業務は第二復員省を経て厚生省に吸収された。東京空襲で厚生省は本省も分局も失っていたから、この赤レンガには厚生省の大部が入っている。ドアを叩く音がした。厚生次官の伊藤謹二に続くのは日本社会党の議員たちだ。四人の男女は、やはり部屋の中を見てため息をつき、カーテンの感触を手指で確かめる。

「本日はご足労いただきまして」

 斉藤が挨拶を始めると、恰幅のいい男が手を挙げた。一番年上の谷口弥三郎は産婦人科医で熊本医専教授、熊本医師会長で衆議院議員、二重三重に先生だった。

「斎藤先生は御忙しい。用件だけで結構です」

「それはありがたいですが」

 斉藤が見回すと、産婦人科医の太田典礼、医学博士の福田昌子、婦人運動家の加藤シヅエも揃って頷く。

「お言葉に甘えます。先生たちの国民優生法改正案ですが、党内を賛成でまとめます」

「ほんとうですか」

「何か条件というか、文言の変更とかありますか」

 谷口は満面の笑顔だったが、三人は警戒しているようでもある。

「変更といえば変更です。手続きを大幅に簡素化します。のんびり認可を待っている状況にはない」

「そのとおりです。全面的に同意します」

 加藤が即答した。


 遺伝的素質改善の目的で優良を保存し悪質を淘汰するという優生保護の考えは、『種の起源』に影響されたダーウィンの従兄弟によって英国で生まれた。政策として最初に法制化したのは米国で、欧州に伝播し流行となった。ドイツは大々的に取り入れる。日本では昭和一五年に国民優生法が制定された。加藤らの改正案は母体保護を主目的に堕胎や断種を合法化するものだ。

「さらに、名称を母体保護法に改めたい」

「ずばりですね」

「名称で目的や手段をはぐらかすのは卑怯です」

 伊藤次官が変更の内容を説明する。助産婦法の制定や関連する刑法や民法の改正も準備していると言うと、太田が頷いた。

「母体保護のためには産婦人科医や助産婦も守られなければいけません」

「助産婦から坊さんに変えなければなりませんな」

 谷口が茶化すと斎藤は大笑いで応じた。四人は目を丸くする。

「予算が十分ではないとの批判は的外れではないし、国を質に入れて米国保険業界から借金したというのも言い得て妙だ」

 党派工作なのかと社会党の四人は真顔に戻った。

「最低限の保障に留めて節約したいというのが首相の考えです。先生たちは是々非々で審議して議決してください。もちろん、母体保護法案もです」

「ひょっとして、他の法案とかお持ちですか」

「婦人保護ということでなら、戦争未亡人の救済法案を準備中です。やはり予算節約ですが」

「お聞かせ下さい」

 伊藤次官が説明を始めた。斎藤はさりげなく四人の反応を窺う。



 宇垣首相が目指す憲法改正に自由党は賛成すると、鶴見幹事長や太田政調会長らは考えているらしい。たしかに進歩党と自由党とで総議席の三分の二を超える。しかし、斎藤の考えは違った。自由党も鳩山党首もそれほどの保守とは思えないし、戦前のように党派党略で動くかもしれない。なにより、進歩党の内部で反主流派が形成されつつある。弁護側反証で名指しされた幣原や犬養が、首相が庇ってくれないと不満なのだ。公職追放から逃れるために与党に残留している者は少なくない。三田村や赤尾ら無所属が合流すると、彼らは一気に自由党や社会党へと動く。

 だから、自分の考えで是々非々を判断する議員は大事にしておかなければならない。斎藤は沈思する。







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