飛ばされた帽子の行き着いた先が、狂犬男爵様だった私の心情。
泣きそう。
いや、泣いていいですか?
騎士として国に重用され、魔物討伐でメキメキと頭角を現し、近々子爵位を賜るんじゃないかと噂されている、ロペス男爵。
自身よりも大きな獲物を狩る狂暴性に、強面の見た目と相まって、彼は「狂犬」と呼ばれていた。
庭園を散歩中。強風で飛ばされた小さな帽子を、そんなロペス男爵が拾い上げたのが事の発端だった。
「これ、嬢ちゃんのだろ?」
トクン……
何だこの好みド真ん中なワイルドイケメンは。
前世は病弱で、ほとんどを病院のベッドで過ごし。モヤシみたいな身体付きだった私には、健康的な肉体というものに憧れめいたものがあった。
その立派な胸筋はどうやったら出来上がるのかを考える前に、今はお礼が先ね。
コチラに近づいて来た、騎士服を纏う男性から帽子を受け取るために腕を伸ばす。
「ありが──」
「ヴァネッサ!」
感謝を口にする前に超過保護なパパに掻っ攫われ、自分ではろくな礼も出来ずに家路に着く。
本日は王宮主催の茶会が開かれており、私はその場を抜け出していたのだ。散々お説教を食らった後に自室に戻る。
「ふぅ〜……なんとか乗り切った」
ここはゲームの世界。悪役令嬢が攻略対象者と会わないように振る舞うのは容易ではないけれど、今日を何とかやり過ごせた。
それにしても、あの方素敵だったなぁ。
後日。焼き菓子を持参して彼に礼を述べた。パパには内緒だけど、ママの許可はもぎ取ったので問題なし。むしろニヤケながら送り出される始末。
私はその日から、ロペス様のために騎士団に差し入れに行ったり、訓練を見学させてもらったりと、忙しい日々を過ごした。
甘い物好きで、ストイックなまでに己に厳しく。
獰猛な笑みを湛えて訓練に明け暮れる姿は、何年たっても見飽きなかった。
誰が見ても明らかな程、ロペス様にラブな私を攻略対象者達は避けて通り。
しかし、時と共に降り積もる恋心を育み続けた私は、自分の立場を忘れていた。
ロペス様に恋人が出来たのだ。それもゲームのヒロイン。
二人を応援すれば良かったものを、私は運命に抗った。
けれど、結局は最後に断頭台の上に立っていた。
視界が暗転して──
ぶわりと舞った風に、帽子が飛んで行く。
「これ、嬢ちゃんのだろ?」
頭で理解する前に、心が理解した。
初恋だった。
どうしても最後まで諦め切れなかった。
たとえ愛されなくても、大好きだった。
二度目の恋は、一度目のソレよりも、
さらに大きく高鳴って、
私は新たなる恋に落ちた。