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ニャートリー先生のエモいスローライフでJK女神もわちゃわちゃです。  作者: いすみ 静江✿
第3章 ピンクのキス ――第1節 さらば花園
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第36話 霊峰を駆けろ

「花園で明るいとき、暗いときが不規則ながらあったのだから、当然太陽もある訳だよな」


 上へ向かってペガサスに乗って駆けて行くのだが、暑くなる気配はさほどない。寧ろ涼しい感じもする。


「溶けなくてよかったですね」

「ホワイトシュシュはイカロスじゃないって」


 たてがみを撫でてあげた俺の手に、梅香さんが手を重ねる。ありり。これはまた、お恥ずかしい。


「ヒヒヒヒ……」

「おう、相棒、メスなのに気味悪く笑うなよ」


 ツンとたてがみを逃げるように引いた。嫌だったのか。


「ヒヒヒイー」

「懲りないお嬢様だこと。およしなさい」

「クスクス……。お嬢様? 大神直人さんも冗談を」


 俺にも言い分はある。


「だってさあ。ホワイトシュシュってうちの妹に優花ってのがいるんだけれども、なーんか似ているんだよな」

「まあ、優花さんですか。大神優花さん。素敵なお名前ですね。奇遇にも花を名に咲かせておいでです」


 ペガサスでどんどん花園を遠ざかり、雲の中に突入した。その後、雲が切れるまで、ちょっと鬱陶しい。誤魔化しに会話でもしよう。


「母さんがさ。園芸が好きなんだ。皆の花もどうして前もって知っていたかは、あずま大学も一般の経験も関係なく、うちの店に入るまでの飛び石に、四季折々の花を用意しているんだ。大分可愛がっているよ」

「ふふ。そのようなご縁がありましたの」


 梅香さんは、雲が切れそうな下界を覗いていた。


「私も。梅の花もありますか? 冬には梅が、凛として咲いているでしょうか」

「心配することは、全くないよ。さあ、雲から飛び出すようだよ。ホワイトシュシュ、一段と気を付けてくれよ」

「ヒヒヒー」


 軽くいなないただけで、雲のトンネルから、力強い風に煽られつつ抜け出た。


「もう、JK女神とドラゴンの暮らす花園もないのか」

「女神達は、ドラゴンは亡くなった訳ではないですから、今まで通りに生活をすると思いますよ」


 俺が気にしている所に届きそうで届かないな。


「ボクはね、ニャートリー先生はどうするんだということ。ニャートリーノも使えずに、【ドラゴン放水】や【火炎ドラゴン】はどうするんだ?」


 花園の守り神は伊達ではないと思っている。


「元々、花園のドラゴンから授かった力です。女神達が頼めば叶いましょう。それだけではなく、私達がドラゴンから逃れるときに使った技で、恐らく使用するには十分でなかった井戸も豊かに水を湛え、炎を絶やさずに使う術も知るでしょう。火守りを交代で行い、火種を維持すればいいのです」


 知った風景が見えて来たと思った。


「あれは――。あれは、霊峰富士では?」

「ヒヒヒヒーン」


 相棒が、二、三足踏みをした。羽も畳んでいる。


「どうした、ホワイトシュシュ。空中に立ち止まっちゃって」

「フヒヒン」


 首を振って、鼻息を荒くした。そして、俺達を丁寧に降りるように、かがんで促した。


「ここからは、階段で行きましょう」

「どうしてだ」


 梅香さんに続いて俺も降りると、足先に見えない足場を感じた。少し跳ねてみたが、落ちることもない。


「大神直人さんは、いいのですか? ペガサスのホワイトシュシュさんの力を借りて大地に降り立つのは、自力ではないのです。つまり、借り物の自分のままで、幽体なのですよ」

「ボクは死んでいるのか? んん? 梅香さんもそうなるのか!」


 梅香さんは透き通った肌を俺の胸に差し出した。


「消え掛かっているじゃないか!」

「大丈夫です。二人で手を取り合いましょう。身勝手な庭造りをした花園のドラゴンに比べたら、大したことないのです」


 ピンクの衣装が、階下から風がふわっと吹き上がって舞い上がる。俺は、見てはいけないと小指同士を繋いで、階段を降りようとした。


「小指だけですか?」

「ああー。ゴホン。ゲフン」


 偽の咳払いをしつつ、一本一本、指を添えて行った。


「恥ずかしいです……」

「おい! どっちなんだよ!」


 二人で笑い合いながら、一段目を降りる。


「なんてことないね」

「そうですよ。大神直人さんは、臆病ですよ」


 二段目を踏む。


「俺が、ゲフンゲフン。いや、ボクが臆病だったら、ドラゴンと対峙できるのか?」

「私がおりましたから」


 三段目へぴょんと降りる。


「言ったなー。でこっぴん」

「痛いですよ」


 おでこを押さえて、四段目に腰掛ける。


「どうですか? 富士山は近付いて来ましたか?」


 上を見上げると、思いのほか、ホワイトシュシュが遠のいていた。


「そうだった。相棒がいなくては、もう『勇者はペガサスを駆り迷宮に巣食うオーロラ魔女のサバトを阻止す』、略して『ペガサバ』の続きがプレイできないかも知れない。いや、無理だろう」

「大神直人さん……。でこっぴん」


 むくれた梅香さんなんて初めてかな。


「思ったよりも痛いよ」

「大切なことを考えてください。私は、降りる所が近付いたか訊いたのです。振り返って留まって欲しい訳ではありません」


 遠くでいななく相棒の声が聞えた。深い意味があるのだろうか。俺の背中を押したりしていないよな。


「もし、富士山に降り立ったとしよう。それから、透明なボクらはどうなるのかな」

「全くビジョンがないのなら、窒素でも酸素でも二酸化炭素でも、お選びください」


 透明な姿ってそんな意味があるのか。


「冷たいじゃないか」

「自分のない人間は、この階段の難所を乗り越えられないのです」


 心の中で、でこっぴんを三回はしたな。


「まさか」

「跳ねて歩けるのは中腹まで。そこに目には映らない富士の壁があります。選別して、落下させられても知りません」


 ニャートリーの面影があるな。こう、真っ直ぐで、シャキシャキとした所なんて、そっくりだ。あいや、本人だったな。


「あのさ、空気の成分を選べとか壁に弾かれろとか、おかしなことだよ」

「事実です。神の加護があるのなら、天罰もあるのです」


 神、おかしくないか。俺が悪魔を名乗ったのが祟ったかな。祟るって愚かなことだろう。


「ボクが悪いことしたかよ」

「もう直ぐ社会に出て行く一員として、怠けていませんでしたか」


 俺にゲームの話題を振るのは、それこそ逆鱗だよ。


「梅香さん。いつから説教臭くなったんだ」

「富士の壁を乗り越えてから仰ってくださいな」


 生意気だな。急に虫の居所が悪くなった。


「くさくさする。今までで一番だ」

「図星だからですよ」

「ああ、そうだろうよ……」


 一人で降りて行こうとした。


「駄目です!」


 後ろから抱き締められた。ああ、ピンクのふわもこだ。あたたかい。大切な存在。卵が上手く産まれなかったとき、必死だったじゃないか。一緒にドラゴンから逃れたじゃないか。俺はなんて愚かなことをしようとしていたんだ。恋しているとか愛しているとか、葛藤しただろう。素直にならなくては。


「駄目です。大神直人さん」

「そうか。うん……」


 後ろ手に、指を一つ絡める。


「――照れ屋だから」


 もう一つ絡める。


「守れないこともあるかも知れない」


 きゅっと手を握り締めた。梅香さんの顔を見ていないけれども、ハッとした呼吸が伝わった。


「でも、大切に想っている。例え、働きが悪くても、見放されないように、がんばるから――」


 よっしゃあと、階段を何段も駆け下りて行った。


「ボクの親友以上になって欲しい!」


 見えない翼を羽ばたかせて、八艘(はっそう)()びだ。


「いやっほーい!」

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