第10話 リンリン百合愛りん
「ニャートリー先生、いつものを頼む」
「疲れているニャン」
「もう、生ものだの海亀化だのおちょくらないから。ねえ」
「分かったニャリヨ」
疲れているとはいえ、馬力満タンの飛行で上空へ消えたかと思った途端だ。どの猛禽類かと思う狙った獲物を目指すが如く滑空し、すかさず啼いた。
「この女神のニャートリーノ投影!」
ニャートリーから女神様の後ろに大きくブルースクリーンが出された。
◆百合の女神◆百合愛・特技【猛愛】
「はあーい。百合愛よ。ゆ、り、あ」
片手を腰に当てて、名前に合わせて、俺に指を振って来た。
「四柱目の女子高生女神だ! 百合に愛と書いて百合愛さんか。一番、萌え萌えするな」
左手でさらりとボブヘアを風に任せてかきあげると、ふわりと元の髪型にまとまった。艶っぽい娘だな。
「ボクは、大神直人」
「じゃあ、直きゅんって呼ぼうっと」
「直きゅんですか。はい。分かりました!」
百合愛さんの小首を傾げる仕草も愛らしい。名前の通り、愛があるのかもね。
「ふふふ。ボクも女神四柱に囲まれるとは。モテるでないかい。わくわくするね」
「大神くん、いいキャラでしたのに、崩れて来ています」
「すまぬ。櫻女さん。悪代官風にしたんだ」
百合愛さんの前に緑のセーラー服が立つ。菜七さんだ。長い車ひだのスカートが、カッコいいな。
「お久し振りです。百合愛さん、お祖母さんがご心配していらしたと思う」
「ふむ、お祖母さんとな?」
俺が頭がクエスチョンになっていると、百合愛さんは滝汗を掻いた。
「い、いずれ会うんじゃね?」
菜七さんのお節介ではなく、本当に心配している様子が分かる。
「呑気になさっていますが、たった一人のお孫さんのことを心配していらしたと思うの」
「あのオババは、魔女なのよ。だから。い、い、の」
百合愛さんは、頬を膨らませた後、恥ずかしかったのか両手で叩くように顔を包んだりしている。
「それにしても、魔女か……。本当にそんな存在があるんだな」
俺は、顎を擦りながら、魔女の典型的なイメージを思い浮かべていた。
「ボク。青春を後悔した分、ここでやり直そうっと」
「どうしたンニャ?」
「櫻女さん、菜七さん、紫陽花さん、百合愛さん、ニャートリー先生、ここに輪になって欲しいな」
ぞろぞろと集まって来る。呼ばれた順なのが妙におかしい。
「よかったら、座って。気になったら葉っぱでも敷くとか」
「この葉っぱ、ちっちゃ。直きゅん」
「よし、木陰の裏に生えていた巨大な単子葉植物はどうだ!」
「ん。いー感じだよ。リンリン」
百合愛さんも満足いただけたようだし、結局皆使っているし、いい発見をした。俺も使おう。
「それで、百合愛さん。ここでの生活で、自己紹介をしてくれると、馴染みやすいと思うんだが」
「どうして、自己紹介なんか要るの? 私は、パス」
そっぽを向かれてしまった。俺って、飼い犬に噛まれた気分。
「百合愛さん……。何か困っているの? 何でも話して欲しいと思う」
「おー。菜七さん。ナイスフォロー」
「菜七さんには、話してもいいね。男の子信じられないからね」
ガーンだぞ。俺は男の子だからな。
「秋田県湯ノ沢町にいたの。学校は、女子桃乃高等学校の一年松組って、それ位?」
「ご趣味を教えてくれると嬉しいと思うの」
ウキウキして話してくれた。
「菜七さんだよね? 何てったって、美少女と温泉じゃない。リンリン」
おふん。本当に女子が女子を好きとか、温泉が好きとか話題にするとは、おじさん、わくわくしますよ。
「恋人はいるの? 百合愛さん。ボクではなくて、皆に教えて欲しいなあ」
「好きって言えないじゃん! やだ、リンリン」
つぶらな瞳をウインクをして訴えられてもなあ。大抵の男は、コロッと行くよ。これはこれで、可愛いと思うけれども、男の子が好きではないって問題だね。百合愛さん。
「色々と話してくれてありがとう。嬉しく思うよ」
おお、菜七さんのフォローはいつも惚れ惚れするよ。
「私は、全然語れていないのに。ふう……。そうです」
「茸焼きができるんだから、大丈夫! 紫陽花さんに乾杯だよ。ニャートリー先生、百合愛さんにも食べさせてあげようか? 着火を頼むぞ」
「了解だニャン」
どうして、猫鶏なのに、ドラゴンの力があるのだろうか。不思議と思う所でもあるが、俺が信じなくてどうする。なんってたってニャートリーだからな。
「聖なる火竜の力よ、我より出でよ。【火炎ドラゴン】――!」
プフ――。
今、炎がスカしなかったか。
「トライアゲインだ。頼む」
両翼をよく広げ、小さな嘴から、炎をせり出す。その大技をがんばってくれ。
「聖なる火竜の力よ、我より出でよ。【火炎ドラゴン】――!」
大神直人の蝋燭にある命の雫が滴り落ちる。俺は、本当の懇願を初めてしたものだ。
「やったニャン!」
ボホ――。
「これはいい。鉄板ごと焼けそうだよ」
茸はそんなに耐火性があったかな。がっつり焼けた後、毒見を紫陽花さんが申し出てくれた。
「先ずは、危なそうな傘から。ふう……。亡くなったら、又、紫陽花の私を植えてください。様々な色の花を咲かせましょう。……ふう」
「味見なら、リンリン百合愛りんでも、いいんじゃーん?」
「いいんだ。紫陽花さんが自分のやれることを見い出してくれたから。ありがとう。百合愛さん」
小枝を二本揃えて、箸に見立てる。オババが魔女の鉄板茸に紫陽花さんが手を震わせながら腕を伸ばして行く。だめだっ。目を瞑ってしまって、どの茸かも見えていない。本当に紫陽花さんに、女子高生女神に託していいものか。道路工事でもするかのような音が俺の心臓から流れて行く。
ドドドド、ドドドド……。
胸を押さえても、心の臓を握れる訳ではない。ハートブレイク。これが、四柱の女子高生女神と鉄板を囲った俺の拍動だ。
「う……」
「どうした?」