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「えっ? 今なんて言ったの?」
ベッドの上で起きたばかりの私はカミラからの報告を聞き返した。
「クインは男性でした」
「……うそでしょ?」
だって、あの見た目で男性ってないでしょ?
確かに背は少し高いと思ったけど、それだけだ。
男性らしさはなかったように思う。
昨日の件で警備隊の屯所に突き出されたクインは、なぜ自分が捕らわれたのか大騒ぎし、身体検査される時にも嫌がり、女性の警備隊が無理やり身包みを引っぺがすとあるべき所に無く、ない所に有ったらしい。
引っぺがした女性隊員もさぞ驚いたことだろう。
無理やり女性隊員に裸を見られたクインは、何かを諦めたように大人しくなり、素直に取調べに応じているそうだ。
「彼の言い分によるとフィーお嬢様の傷痕を見て、どうしても治したかったそうです」
「……つまり」
「祈りの力が強く出てしまったと……言うことです」
「はぁ?」
なんなんだ、それ?
昨日夜散々思い描いた想像は全て外れており、単純に少しでも良くなればと祈ったが、祈りすぎて効果が大きく出てしまっただけだと……そう言うことなの?
「彼が嘘をついている可能性も考慮して、旦那様は警備隊に更なる厳しい取調べを要請したそうです」
「叔父様じゃなくたって疑うわよね」
もう一つ疑問が残るのは、彼が男性だと言う事を偽った件だけど……
「それで、何で女性の振りをしていたのかしら?」
「偽っていないそうです」
……はい?
「彼が言うには、自分が女性であると言ってないし、聞かれていない……だそうです」
あぁ……なるほど……
私の元へ来る魔法士は女性と決まっていたから、トーマスも見た目で女性だと思い込んだわけか。
しかもローブで身体的特徴や歩き方など隠れてしまったので、気づかなかった……と。
確かに、誰一人クインを見た時に男性だと疑う人はいなかった。
男性だとわかれば有無を言わさず追い出したんだろけど、あのアデルでさえ何も言わなかったのは完全にこちら側の落ち度だ。
……盲点だったわね。
「あっ、トーマスは?」
我が家の真面目な執事はクインを見抜けなかったことで落ち込んでいる気がする。
「……トーマスさんは普段と変わらないように見えますが、明らかに仕事にのめり込んでおります」
「やっぱり……」
「トーマスさんは見た目や表情には出ませんが、落ち込むと一心不乱に仕事の鬼となりますので……わかりやすいですね」
「はぁ……トーマスに気にしないよう伝えてくれる?」
「承りました」
しかし、昨日からずっと寝たままなので、そろそろ起きたい。
体を起そうとしたらカミラに止められてしまった。
「本日はお休みください」
「少し起きたいわ」
「ダメです」
「カミラ……お願い」
「ダメです」
「はい」
必殺「上目遣いでお願い」はカミラの前で撃沈したので、大人しく寝たままで過ごす事にした。
暇だわ……
「フィーお嬢様」
「なに?」
「男性に接触されてお嫌な思いをされたのでは?」
「えっ?」
「今までご家族以外ではお医者様のみだけでしたので」
「うん、大丈夫よ。特に気にしていないわ」
元々前世の記憶もあるせいか男性との関わりや、肌の露出度など実はそこまで気にしていないのだが、回りが気を使うので合わせていたに過ぎない。
体を見られたならともかく、腕を見られてショックを受けるほど実は繊細でもないしね。
私が笑えば、本当に気にしていないと伝わったカミラも微笑んでくれた。
「そう言えば、アデルとエマは?」
「屯所に行っております」
「まさか……警備隊と一緒に取り調べに参加してないわよね?」
「あの二人のことですから、恐らくは……」
華麗なキックをお見舞いしたエマだが、実は姉妹揃って格闘技に長けていたりする。
これは心配性の叔父が二人を雇った後に、私の警護も兼ねられるように習得させたためだ。
ただ、叔父はあくまでも護身術程度のつもりだったらしいのだが……
この姉妹、叔父が手配した先生の他にアデルにまで教わっている。
今では姉妹曰く「そこら辺の無頼漢なら問題ありません!」とのことだが、引篭もり令嬢の傍付きには不必要なスキルだと思うわ。
アデルに関しては彼の生い立ちにも関わってくるのだが、実は諜報活動や隠密行動などなど様々なスキルを持っている。
未だに私も全部は知らないのだが、間違いなく強い。
なんなら一欠けらの感情を見せずにあの世へ送ることも厭わないのではないかと思っている。
彼を雇う時の条件としてアデルの過去に関しては本人から話さない限り詮索無用と約束しているので、私も詳細は知らない。
彼も何で私に雇われているのかしら?
常々不思議に思うのだが、聞くとはぐらかされるので未だに理由を知らない。
「エマは熱血だしね」
「はい」
エマは熱血、カミラは冷淡、カミラの方が姉に見える事が多いが、実はエマが姉でカミラが妹だったりする。
頭に血が上ると猪突猛進になりがちなエマを妹のカミラが冷静に諭して落ち着かせるのが常らしい。
クインが男だとわかって、あの二人は余計に怒ってそうだな。
「……クインの祈りが強く出すぎたって言っていたけど、そう言うことってあるのかしら?」
私の疑問にカミラも首を傾げる。
「こればかりは専門的なお話なので……」
「そうよね……」
「ですが、その辺りも旦那様がお調べになられるかと……」
「……そうね」
やはり憶測の域をでないので、私はベッドから見える窓越しの空へ視線を向けた。
暫くぼーっと見つめているとドアがノックされたのでカミラが誰何する。
「姉上、アレスです」
「入れてあげて」
私の返事にカミラが扉を開けた。
アレスは早足で部屋の中へ入ってくるとベッド脇の椅子に腰を下ろし、私の手を握る。
「お加減は如何ですか?」
昨日さんざん心配させてしまった10歳の弟に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「もう、大丈夫よ。皆が心配するから大人しくしているわ」
にっこりと笑って答えれば、彼の緊張した表情が緩んだ。
「こんな時に姉上の傍を離れないとならないなんて……」
「もう行くのね?」
私の問いかけに彼は一瞬躊躇う。
「離れたくありません」
「アレス……」
「昨日の辛そうな姉上を見たら……僕は両親だけではなく、大好きな姉上まで亡くしてしまうのかと思うと怖くて……」
「アレス! 大丈夫よ。ほら見て、私は元気だから!」
寝たまま言っても説得力が無いのはわかっていたが、どうにかアレスを安心させたくて微笑んでみる。
「……止めます」
「え?」
「やっぱり、こんな時に姉上から離れるなんて、僕には無理です!」
「アレス!」
なんてこと! 私のせいでアレスの足を引っ張ってしまうなんて、そんなのダメ!
慌てて上半身を起すとカミラが背中にすかさずクッションを挟んでくれた。
「アレス、私のことは大丈夫だから予定通り寄宿学校へ戻りなさい」
「……いやです」
「本当に大丈夫なのよ。念の為に安静にしているだけで、体調は普段と変わらないし、むしろ今日は普段より体調が良いくらい」
「姉上、無理しないでください」
「無理じゃないわ。本当に……」
そう……本当に……
今日は体調が良いような気がするわ。
普段よりも体が軽いというか……
「姉上?」
「フィーお嬢様?」
急に黙り込んだ私に二人が心配して声をかけてくれる。
私は一瞬思考すると、徐に左手の袖口を捲り上げてみた。
「「「!?」」」
三人で袖口から現れた左腕を見て、目を瞠った。
「フィーお嬢様、火傷の痕が……」
「……どうして?」
「……」
引き攣れていた皮膚の状態が格段に良くなっている。
火傷によって毛穴が無くなりツルツルした部分や歪な皺がよっていた皮膚の状態が以前よりも薄くなっていた。
もしかして……
私はベッドから両足を下ろし、立ち上がると部屋の中を歩いてみた。
「姉上?」
「い……痛くない……」
普段よりも大きな一歩で部屋を歩き回ったり、屈んで立ち上がったりしても、痛くない。
今までなら無理やり動かそうとすると関節部分にピリッとした痛みがあったのに!
「フィーお嬢様!?」
普段よりも軽々と動き回る姿に二人とも驚きを隠せない。
「す……凄いわ! こんなに回復するなんて、信じられない!?」
「姉上、本当に? 無理はされていないのですか?」
首を何度も縦に振って肯定すると二人も驚きから歓喜の表情に変わった。
「フィーお嬢様……よ、良かった……こんなに動けて…」
間違いなくクインの治癒魔法のお陰だろう。
効果が出すぎてしまい私の体調が悪化したように見えただけで…
「クインのお陰ね。お礼を言わないと……あっ…」
って…彼は今、屯所で取調べ中だった。
「大変! カミラ、直ぐに叔父様へ連絡して頂戴! いえ、私が屯所に出向いた方が早いかしら……」
「フィー様!」
「カミラ、直ぐに着替えます。用意してくれる」
クローゼットのドアを開けたところで、アレスに腕を掴まれた。
「姉上、落ち着いてください」
「クインを助けないと!」
「僕が行きますから!」
「ダメよ、あなたは学校へ戻らないと!」
「元々余裕を持っていたから、1日や2日出立が遅れても問題ありません!」
「でも……」
「カミラ! 姉上をベッドへ。僕が行って説明してきます。魔法士を直ぐに解放してもらえるかはわかりませんが、叔父上にも経緯を伝えれば協力してくださるはずです。なので姉上は休んでいてください。体調が良くなったとはいえ昨日は倒れたんですよ!」
まさか10歳の弟に諭されるとは思わなかった。
昔から利発な子で、考え方も態度も10歳とは思えない。
「でも……」
「お願いだから、家に居て姉様」
久しぶりに「姉上」じゃなくて「姉様」と呼ばれた。
いつの頃からか呼び名が変わり、聞き訳が良くなり、とても勉強するようになった。
まだ幼い弟が早く大人になろうとしているのは、きっと私の為。
わかっていたけど、あまり認めたくなかった。
弟は賢い子なんだって、思い込もうとしていた。
でも、そうじゃなかった。
弟は自分を庇って大怪我をした私に責任を感じているんだと思いたくなかった。
逆の立場だったら同じ事をアレスもしたでしょう?
だから、これはアレスが責任を感じる必要なんかないの。
私を守るために、そんなに急いで大人にならないで欲しい。
アレスが入った寄宿学校は文武両道を目指す子供達が通うエリート校だ。
その学校の卒業生は、医者や武官、政務官など国を支える大事な役職に就く者が多い。
私のまだ幼い弟は甘えを封じ込め、こんなにも急いで大人になろうとしている。
潤んでしまった目から涙が零れないように、私は何度も瞬きを繰り返す。
可愛い弟がこれ以上心配しないように。
「アレス、本当にお願いしていいの?」
「はい、ちゃんと説明してきます」
「……向こうにはアデルもいるから、なにか困ったことがあれば彼に相談してね」
カミラに背中を押されるまま大人しくベッドへ入ったのを確認してからアレスは部屋を出て行った。
拙い文章を最後までお読み頂き誠にありがとうございます。
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